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第38話
ひぃっ――と喉が鳴り、涙が滝のように溢れ出し頬を伝う。肩を震わせ、唇を噛みしめながら樹は号泣していた。
「お前とやり直したい。その許しを乞いに裕の墓に来た。一周忌に。もしかして樹に会えるんじゃないかという期待を込めて」
一歩多嶋に向かって足を踏み込んだ。
多嶋も同じように一歩前へ進む。お互いの息遣いさえ感じる距離になった。
そっと腕が伸びてきて、抱き寄せられ、そして強く抱きしめられた。
もう嗚咽を我慢することは不可能だった。
目の前に恋い焦がれ、生きていてほしいと切望していた人がいる。それだけでも樹には奇跡のように感じたのに、樹とやり直すことを考えていてくれていた。
感無量。まさにそんな感じだった。
裕のことを思う。
多嶋と裕。裕と樹。そして樹と多嶋。今なら裕が何を考えていたのかわかる気がする。裕は功基も樹も好きだと言った。好きすぎてどちらも選べない。選べないならいっそのことふたりに繋がってほしい。そう思ったのかもしれない。何となくだが樹はそんな風に納得した。
「裕が、俺に多嶋さんを引き合わせ……多嶋さんに俺を引き合わせた……」
「ああ、そうだ」
多嶋ははっきりと樹の耳元でそう言った。
樹は顔を上げ多嶋の目を見上げる。その目は何かふっきれたようにキラキラしていた。
「俺と、生きてくれるの?」
樹の言葉に多嶋が微笑んだ。
「ああ、お前と一生を共にしたい」
樹は涙を止めることが出来なかった。
裕、ありがとう。本当にありがとう。
裕を見たくて墓の方に目を向けようとしたとき、視界に広がる空に光を見つけた。雲の割れ目から一筋の光がキラキラと雨上がりの空を照らしている。みるみるうちにそれは虹となった。
「見て、虹だ」
樹は虹の方を指差した。
多嶋は樹の指先の方に視線を向けた。樹は自然に多嶋の背中に回した手に力を込め抱き寄せる。
じわっと心が満たされていくのを感じた。多嶋の体温、匂いさえ感じる。その温もりに、その存在に感動していた。
「あなたが生きていてくれただけで俺嬉しいよ。あの虹の向こうに裕が連れて行くんじゃないかって……怖かったんだ」
多嶋が樹の肩に手を置き体を離させ顔を覗き込んだ。
「樹……。俺はお前を置いて自分から命を絶つようなことはしない。絶対にしない。そうされたらどんな苦しみを味わうかを知っている。だから絶対そんなことはしないと誓う」
樹は何度もうなずいた。その度に涙が飛び散った。
「いつまでもこうやって功基さんの傍に居たい。居させて……くれる?」
自然と言葉に出てしまった想いに、多嶋はそっと顔を下げ、樹の唇に触れるだけのキスをした。
「お前こそ。ずっと俺の傍に居てくれるのか? 俺の方が早くおいぼれになってお前の世話になるかもしれないぞ」と笑う。
樹は多嶋を睨むように見つめ返し「俺が最後まで面倒見るよ。おいぼれになっても」と言ってやった。
多嶋はくすくす笑っている。それにつられ樹も一緒に笑っていた。
色が濃くなりつつある虹を見ながら樹は思った。
結局、お前の思い通りになったよ。
裕、俺は恋を知って苦しんだ。裕の苦しみを理解できるようになった。
この気持ち、この痛みを俺に教えたかったんだろう? 裕。わかったよ全部。お前の考え付いた俺への復讐。
でも裕が引き合わせてくれたんだ。俺と多嶋の懸け橋となってくれたんだな……この虹のように。
裕には全てわかっていたんだね。俺が功基さんを愛してしまうことを。
樹は多嶋に視線を向けた。視線がぶつかる。お互いの気持ちが溶けあうのを感じた。
裕は永遠に俺たちの中で生き続ける。
それが裕の勝利なら、お前は勝ったんだよ。裕。ありがとう。裕。俺に愛を教えてくれて。
心の中の声が届いたのかさらに虹は輝きを増しそして薄れていった。
―fin―
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