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第16話 理性のリミット
「裕介…部屋番号は?」
俺の肩に文字通り預けられたその身体はすっかり弛緩しており
まともな思考力は残っていないようだった。
耳元で小さく問いかけると、彼は微かに眉を寄せて、子供が寝言を呟くような掠れた声を絞り出した。
「ん〜…にひゃくろくごぉしつぅ……」
返事はあっても腕の中の裕介は既に寝息を立てている。
完全に夢心地の彼をしっかりと支え直し
俺はアパートの薄暗い階段を一段ずつ慎重に上り始めた。
ほんのり甘いシャンプーの香りにクラクラしながら階段を踏み上がるたび
彼の柔らかな髪が俺の首筋を擽る。
裕介の呼吸が俺の肩越しに肌を掠めていく。
その規則正しく温かい吐息が皮膚に触れるたび、俺の頭の奥で何かがジリジリと焦げ付くような感覚に襲われた。
(…早くベッドまで運んで帰ろう、さすがに理性が持たない)
これ以上この無防備な温もりに触れていたら
これまで必死に築き上げてきた「優しい同僚」という仮面が粉々に砕け散ってしまいそうだったからだ。
ようやく目的の部屋の前に立ち、鍵を探すために裕介のバッグを探る。
彼の持ち物を漁る背徳感に胸を痛めつつも、ポケットの奥へと手を伸ばした。
すると小さな猫のキーホルダーの付いた鍵が出てきた。
少し擦り切れたそのキーホルダーを見つめながら、俺の口元は自然と緩んでいた。
(猫……やっぱり可愛いセンスしてるな)
どこまでもこいつらしくて安心する。鍵を鍵穴に差し込み
静かに回すと、カチャリと小気味良い音が響いた。
鍵を開け、部屋に入る。
玄関を抜けるとシンプルで整理整頓されたワンルーム。
主の性格がそのまま表れたような、無駄なものがなく清潔感の漂う空間だった。
ベッド、ロータイプのチェスト
小さなダイニングテーブルがバランスよく配置され、壁際には本棚があって綺麗に整頓されていた。
背表紙の並びすら整然としていて、思わず感心してしまう。
(想像通り、清楚な部屋…)
こいつのプライベートな空間に足を踏み入れた高揚感を抑え込みながら
俺は部屋の奥へと進んだ。
裕介を起こさないように慎重にベッドに横たえると、そっと背中の重みをシーツへと移した。
カーテンの隙間から覗く街灯の明かりに照らされた寝顔が可愛らしくて、思わず息を呑んだ。
少し上気した頬と、微かに開いた形の良い唇。
昼間のしっかりとした彼からは想像もつかないほど無邪気で
脆くて、あまりにも無防備な姿がそこにあった。
「じゃあ、俺は帰るからね」
これ以上見つめていたら引き返せなくなる。
自分に言い聞かせるように低く呟き、そう言って祐介から離れようとした瞬間だった。
「や、やだぁ」
急に、祐介にぎゅっと抱きつかれた。
まるで行っちゃダメ、とでも言いたげな力加減と表情だ。
シーツに沈んでいたはずの彼の両腕が、驚くほどの素早さで俺の首の後ろに回される。
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