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第7話 逃げた背中

合同祭での一件以来、阿久津の暴走はとどまる所を知らなかった。 もはや独占欲なんて可愛い言葉じゃ片付かない。 俺が教室で隣の席の奴と数学の答え合わせをしていれば背後から無言で威圧し トイレに行けば入り口で腕を組んで待っている。 放課後、コンビニに寄ろうものなら どこからともなく現れて「誰に色振りまいてんだよ」と、被害妄想じみた暴言を吐き捨ててくる。 まるで、執念深い蛇にでも憑りつかれた気分だった。 「───おい、阿久津。いい加減にしろよ。俺はおめぇの私物じゃねぇし、監禁されてるわけでもねーんだぞ」 放課後の部室裏 またしても俺の進路を塞ごうとした阿久津の胸元を、俺は力一杯突き放した。 いつもならここで「あぁ!? 誰に口聞いてんだ!」と怒鳴り返してくるはずの阿久津が、その時は違った。 「…………っ」 突き放された衝撃でよろめいた阿久津は、信じられないものを見たような顔をして立ち尽くした。 その目は、いつも俺を食い殺そうとしていたギラついた猛獣のそれじゃない。 捨てられた犬が、何が起きたか理解できずに震えているような… 見たこともないほど脆くて、情けない顔。 「……お前が、…お前が可愛すぎるのが悪いんだろ」 絞り出すような阿久津の声は、微かに震えていた。 「可愛くて、憎たらしくて、見てるだけでイライラして……。視界に入るたびに頭ん中ぐちゃぐちゃになるんだよ!」 「お前さえいなきゃ俺は普通でいられるのに、お前のせいで、もうどうすればいいか分かんねぇんだよ……っ」 阿久津にとって、俺への「可愛い」という感情は、もはや許容範囲を超えていたんだ。 「可愛い」と思うたびに、それを認められないプライドが「憎たらしさ」へ変換される。 その変換機能が、俺への執着によってオーバーヒートを起こし、制御不能のバグと化している。 俺を独占したい、壊したい、抱き潰したい。 その矛盾した衝動の泥沼の中で、阿久津自身が一番溺れかけていた。 「……顔、見せんな」 阿久津は顔を歪め、吐き捨てるようにそう呟いた。 俺を睨むその瞳には、一滴の涙にも似た絶望が混ざっている。 「……しばらく、俺の前に現れるな。お前見てると、なんか変だし」 そう言い残すと、阿久津は俺が引き止める間もなく、逃げるように背を向けて走り去った。 夕暮れの校舎に、アイツの荒い足音だけが空虚に響く。 いつもなら「こっちのセリフだクソボケ!」と罵声を浴びせてやるところなのに。 なぜか、アイツの後ろ姿を見送る俺の胸の奥は 経験したことのない冷たい風が吹き抜けたような感覚に陥っていた。

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