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第2話 もはや変態です。

 教鞭(きょうべん)(ふる)うさい生徒に特別な感情を抱くことは、私の中では史上稀であった。新宿の喫茶店「サヴォ」(Savo)で、午後一時に待ち合わせをしておいたのだけれど、私の教鞭の都合で、十二時半につくことができたので、近くの古書店によってからと、サ店を(のぞ)くと、既に彼はちょこなんと着席してアイス・コーヒーにストロオを()(くわ)えては、ちょびちょびと嗜んでいた。  黄金の頭髪、まゆ毛がきれいに整えられてあり、鼻筋もきれいに徹り、両の頬や口回り、目の縁取りには、そばかす一つない。唇は真ピンクに染まってぼってり、聖潔(せいけつ)な首回りと喉仏(のどぼとけ)に、薄っすら筋肉が着いていた。(まも)られた腕のほか、顔全体は色白(いろじろ)であるが、身体の要所は夏の光に侵され、茶色に日焼している。  着衣姿を見ただけでは、(およ)そ想像も尽かぬほど美しい肉体美――テニスで鍛えられた――をもっており、その筋肉質の身体には、ネックレスや指環などのアクセサリーは付けられておらず、質素な白シャツに淡蒼(たんそう)のジーンズが良く似合っていた。髪の毛ですら真っ黒でぴかぴかしていた。 「おせーよ先生。」 「おそいって君が早いんじゃ…。」 「え、オレのせいっすか?」 江見夫は(まぶた)を閉じて唇を(すぼ)ませる。その表情は毒気なく純少年製の若気の(いたり)であって誰しもに許された特権ではない。 「君のせいだよ。」と私が云うと笑う。 爛々(らんらん)耀(かがや)ける彼の瞳は、何処か、生きているでも、死んでいるでもない、中間地点、エレベーターの止まらない空の位、そこにくっきり現るは異常な迷光(めいこう)――われわれ大人の多淫余淫(たいんよいん)な一面を、くっきりと沈める淫猥(わいざつ)な滝の(そば)から浮彫(うきぼり)にする。しかし彼は私の職歴において最も奇妙な生徒の一人でもあるに違いなかった。  たとえば――これはこのだいぶんあとの話だが―― 「先生。オレさ、マジで先生のチ〇ポのこと思う、眠れないんだよ。ずっとしゃぶっていたいんだ。このまえ初めてしゃぶった時、オレさ、先生のオシッコ飲みたかった。でも出してくんなかった。それから先生の大きさにはクレームを入れたい。マジで……でも先生、聴いて。ここから本気だかんね。」と前置きした上で、大胆なことを云うに構える。  その前に私たちの属する大学についての紹介が必要であり、少々遅れたが、関東屈指の難関医大とも云える都内の医科薬科大で、私は医学博士・准教授と云う位置にいる。私の専門は悪性腫瘍の外科術だった。その為に上談(じょうだん)からも知れぬが、彼はズルズルと2杯目に選んだメロンソーダを飲み干し、大胆不敵にふっとえんで見せ――「抗がん剤って手に入る?」と神奇妙(かみきみょう)なことを云い出した。 「そんなもの何でいるんだ?」 「云いにくいんだけどさ、今度もってきてくれない? オレ変なんかなァ。先生にオレのゲロ飲ませたい。先生が、嘔吐したらそれ、飲ませてほしい。指突っ込んでも、吐けないよ。他に薬ないからさ。ねえ先生、お願い……。」 「馬鹿。それだったらオレが探して来てやっから。その辺の毒キノコでも良いでしょ。」私は意地悪く答えたが、正直、嬉しさで飛び跳ねたい気持ちであった。 「食中毒はそのあとエッチできないじゃあん。」彼の膨れてスネた笑顔に顔射(がんしゃ)したくなったが抑えて冷静にさとした。私はどうやら江見夫のまえでは正気を失うかも知れぬと云う恐怖を抱えてしまうのだ―― しかしそれにしてもどうやら彼は誠に欲望を語ったと云うのである。 ――吐しゃ物の相互飲食―― この行為への渇望(かつぼう)が表すもの、それは愛情の深さの裏づけではなく愛情の異常度の証明であって、神をも恐れぬ男たちの恐るべき儀式、パプア・ニューギニアの成人儀式の為に男性の皮膚を喰うと云う、異次元の祝祭を超えた、変態的性愛性の極北を示していた――。  倒錯と云う意味で、彼のデビュウは(はなは)だ衝撃であったが、たった今、私が招待された礼拝堂の巨大迷宮の少年館を眺めつつも、この10年ばかりを振り返るってゆくと、矢張り凄まじい妄想症と明晰(めいせき)な頭脳を、彼が示していたことに間違いはない、と実感されるのである。 [第二話終了]

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