1 / 1
第1話
ズキズキとした痛みで目が覚めた。
あーそーいや昨夜は好きだった子に振られて、友達に慰められながらやけ酒で限界以上に飲んだんだ。
頭が割れそうなくらい痛いのは二日酔いのせいかと何とか目を開ければ、そこは全く見たことがない部屋だった。
「は?何ここ、高級ホテル?いや、馬鹿な」
高級ホテルなんか泊まったことないから知らないけど。そもそも実家暮らしの平凡な大学生の俺がラブホならいざ知らず、こんなお高そうな部屋に泊まれるわけがない。目が覚めたら隣に知らない女性が寝てました。てなこともなくだだっ広いベッドにはきっちり着込んだ俺しかいないわけで。
ただ、やけに肌触りがいい寝巻きに見覚えはない。
「あー頭痛い。喉乾いた」
備え付けの冷蔵庫があるような良心的な宿ではなさそうだし、ルームサービスとかのがしっくりくる感じだがそう思って馬鹿みたいな広さの部屋を見回してみるがお目当てのものはやはりない。
とりあえず着替えを探すかとベッドからノソノソと降りると近くの鏡に映る姿に足が止まった。
「は?誰これ……いや…俺だな。ん?」
ユフィル・アルデン。
鏡に映るのは間違いなく俺だ。
じゃあ、今頭にある記憶は誰のだ?
「あーもしかして、前世の記憶思い出しました系か?……いやいや、あれは漫画の話だろ。リアルでそんなことあるわけ…」
でも実際。ユフィルとしての記憶が断片的だがあるし、自分がユフィルだという認識もある。
そこに大学生だった記憶が混じって…
「婚約って名目でよく分からん貴族に売られたんだったな、確か。支度金は負債に当ててもうないし。それで確か…やけ酒してたよな?あれ?振られてやけ酒?」
鏡をじっと見たままブツブツと独り言を言うヤバいやつになっているが、何となく思い出してきた。
そして認めたくはないがやはり前世の記憶なんだと思う。
佐伯悠真。好きな子に告白して見事に振られた。これといって取り柄もない普通の大学生だ。ヤケ酒に付き合ってくれるくらいの友達がいるし、会社員の父とパート主婦な母、弟が一人いる。いた?
「てか前世で死んだってこと?いや、さっきまで友達と飲んでなかった?酔って死んだの?え、ださ」
頭が痛いのは二日酔いだけじゃない気がする。
こめかみを抑えながら唸ればユフィルの記憶も当たり前だがあるわけで
ユフィルの実家は貴族だが、父も母も金遣いが荒く遊び金欲しさに一人息子である俺を売り飛ばすような親だ。奴隷じゃないだけマシなんだろうが、というか婚約者を金で買う令嬢とか性格に問題があると言っているようなものじゃないか。
「あー!ダメだ!わからん!いや!だとしてもここどこ!」
叫んだら頭に響いた。
どちらにせよ。やけ酒はろくなことがないのは分かった。前世だろうがなんだろうが、見知らぬ場所で休むほど肝も座ってない。痛む頭を抑えながらドアに手をかけようとすれば、その前にガチャリと音を立ててドアがひとりでに開けば、メイド服を着た見知らぬ女性が、俺を見て驚いた顔をした。
「…コスプレ?あぁ、違うな…メイドか」
「だっ…」
「だ?」
「旦那様ー!!ユフィル様がお目覚めになられました!」
「え、ちょっ!」
メイドは叫び声を上げると呼び止める間もなく、慌てたように廊下をかけ戻って行った。
使用人としてそれもどうかと思うと廊下の半分ほどまで進んでいたメイドはぐるりと体を反転させるとこちらにかけ戻ってきた。
「ユフィル様!ベッドでお待ちください!そのような場所で待たれては旦那様に叱られてしまいます!私が!」
「いや、お前かよ」
思わずツッコんでしまったが多分ユフィルっぽくはないだろうな。ユフィルとしての自分がイマイチ掴めないがなんとなく違うだろうなとは分かる。
そんな俺をメイドは全く気にすることなく、グイグイと部屋に押し込むと念を押すように同じセリフを吐くと部屋を出ていってしまった。
「…俺が知ってるメイドとなんか違う」
メイドってもっとこう…プロ意識とかあるものなのでは?漫画で読んだ知識しかないけどそんなイメージだ。
いやいや、そうじゃなくて。
アルデン家は貧乏貴族でそもそもメイドがいないから比べる対象がない。
仕方なく大人しくベッドに戻ってはみたが頭が痛いせいなのか、どうにも記憶がぐちゃぐちゃでユフィルなんだか悠真なんだか分からなくなる。
「ん?あのメイド、俺の名前呼んでたよな?」
酔って倒れてた俺を介抱してくれる優しい人がいただけかもしれないし。なんて呑気に考えてみたがたぶん違うとすぐに気づいた。
とりあえずは旦那様とやらに話を聞くしかなさそうだとため息をついた瞬間、思っていたよりも早くドアが開く音がして、顔をあげればこれまた全く見覚えがない男と目が合ったと思えば大股で近づいて来たと思えばその腕に抱きしめられた。
「え?」
「よかった」
「はい?」
「2ヶ月も目を覚まさないから心配したんだ」
「はい?!」
さらっととんでもないことを言われたがやけ酒でしただけで二ヶ月も寝てたの?!
俺の中では昨日の感覚だし、二ヶ月も寝てたわりには頭以外元気ですけど…いや、ちょっと歩きにくいなとは思ったけど、二日酔いだと疑わなかったし。
「えっと…それは、大変ご迷惑を…」
抱きしめられたままそう言えば見知らぬ男の力が少しだけ弱まった。弱まっただけで離す気はないみたいだが。
「迷惑じゃない。ユフィルが無事でよかった」
「あ、りがとうございます?」
やけに親しい気がするが、イケメン貴族の知り合いなんかいたことないぞ。たぶん。
お陰で変なお礼になってしまった。
「あの…離してほしいんですけど」
ずっと抱きしめられたままなのも変だろうとそえ言えば、男の優しい雰囲気が急に圧を増した。
だからなのか、思い出したことがある。
ルシアン・ディアフォード
貧乏貴族の俺が公爵家と繋がりなんてあるわけがない。確か23歳という若さで公爵を継いだ上に女性がほっとかないほどの美形な上に物腰も柔らかで令嬢達の噂の的。みたいな噂があった気がする。
ただ…物腰柔らかは嘘だと思う。現に今、全く柔らかくない。
「…また、逃げるつもりなのかな」
「逃げる?何の話しを…俺は貴方と会ったことはないですよね?いや、会ったから寝てたのか?」
「…覚えてないの?」
「ちょっと…記憶が曖昧で…自分と貴方の名前くらいしか分からないです」
前世の記憶を思い出したばかりで未だに混乱してるし、なぜかユフィルとして生きた20年間の記憶がツギハギだらけだ。それに急に雰囲気が変わったルシアンを信用していいのかも分からない。
記憶喪失ではないけど、似たようなものだろう。そういうことにしといた方がめんどくさくもないし。
その考えは意外と間違っていなかったとルシアンの言葉ですぐに実感させられた。
「自分の夫の事も名前しか分からない?」
「…夫?え、貴方も俺も、男ですが?」
「本当に覚えてないの?正式に申し込んで支度金も受け取ったよね?」
支度金は、確かに貰った。
見てないけど、両親が言っていたし。
いやでも…婚約しただけで、結婚まではいっていない。両親はどういうわけか頑なに婚約相手を教えてはくれなかった。結果やけ酒に走ったわけで…
「え、まさかとは思うけど…異世界BL?」
「なにそれ」
ですよね。言ってて俺も分からない。
悠真の時は面白ければジャンル問わず、BLだろうが少女漫画だろうが読んでいた。
今流行りの異世界転生だって読んだし、少年漫画だって読んだ。そのせいで意外と冷静に考えていたと自分でも思うんだが…
ちなみにゲームはやらないので「ゲーム世界に転生してしまった!」みたいなフラグ回避系だった場合は詰みだ。かといって「あの漫画の主人公に俺が?!」でもないと思うから
「支度金は両親が貰ったと言ってましたがっ…婚約…しただけ…だ、と…」
言ってておかしい。
婚約だけで支度金なんか出るわけがないじゃないか。両親には萎縮するばかりで意見なんか言えなかったから考える事すら放棄していた。
「それは覚えてるんだ?」
しまった。
混乱しすぎて余計なことを言ってしまった。
「あ、いえ、記憶が曖昧なのは本当です。現に夫とか言われてもよく分かりませんし。そもそも男同士で結婚?て、変ですよね」
「同性婚は別に普通だけど」
同性婚が普通とか…間違いなくBL世界じゃないか。
そう考えると、ルシアンの雰囲気が変わったことも「逃げる」という発言には思うところがある。
そんなこと言い出すやつは決まって執着系BLの攻側だ。夫とか言ってるし…この流れ、俺が受側じゃないか。
BLは読むけど自分が受とか普通考えないし、転生した先の両親が浪費癖とか知らない間に嫁がされてるとか…BL設定がすぎるだろ…。
「あー頭痛い…」
「まだ調子が悪いのかな?後で主治医にちゃんと見てもらわないと」
普通に心配そうな顔をするから執着系っぽいがヤンデレではなさそうだ。そこはよかった。いや、受の時点で全くよくないけど。
たしかに物腰は柔らかいけど…なんか違和感が…
「とりあえず、水かなにかもらえますか?喉カラカラで」
「記憶がないのは嘘じゃなさそうだな…ユフィルが俺に敬語を使うわけがない」
そうなんだ。年上だし公爵様だから自然に敬語になってただけなんだけど…それなら、このまま敬語の方が記憶喪失っぽくていいな。
後は、実は両思いでしたとかじゃないことを祈りたい。
ルシアンが最初に会ったメイドに水を持ってくるように伝えるとキッチリとした動きで部屋を出ていくから、最初に見た彼女はやっぱり変だったらしい。
あっちが素だったらまぁ、好きにはなれそうだが。
メイドが運んできてくれた水をルシアンから受け取ると一気に喉に流し込んだ。
そして、むせた。
ともだちにシェアしよう!

