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第1話
その昔、女が男を待つ遊郭があったが、男が男を待つ遊郭もあった。
幕府に統治されていた時代、国内に存在した男娼の集まる遊郭。
そんな遊郭では、様々な恋模様が展開される。
その欲望渦巻く世界で、男娼をしている男がいた。
十六歳の飛鳥は、いつの頃からか同じ人物の夢を頻繁に見る。
夢に出てくるその男は知人というわけでないし、どこの誰だか分からない。
けれど、密かにその人物に会ってみたいと思うようになっていた。
そんなある日、飛鳥は父親から部屋に呼ばれた。
部屋へ行くと、父親は辛そうな表情でこう言ったのだ。
「申し訳ない、士郎。お前には男娼になってもらう」
「え?だんしょう?何だ、それ?」
十六歳だった飛鳥には、何のことだか分からない。
「その……男の相手をするんだ」
相手をすると言っても、無垢な飛鳥には意味が分かるはずもないだろう。
理由を問うと、父親はこう言った。
「うちの商いの状況が芳しくなくてな。多額の借金を抱えてしまったんだよ」
父親は先代から続く米問屋をしており、羽振りが良かった。
しかし、競合する他の問屋に負けてしまったらしい。
「嫌です!私はここを離れたくありません!」
飛鳥が拒否をしても、「お前に稼いでもらうほかないんだよ」と言われてしまう。
自分には選択する権利もないことを知り、飛鳥は気力を失くす。
その日の夕飯に、母親がさめざめと泣いていたのを飛鳥は忘れない。
遊郭に売られる日、朝から母親は泣いていた。
「士郎!」
走り寄ってくる母親に、飛鳥は「母上、達者で暮らしてください」と声をかける。
そして父親と共に、これから身を置く遊郭へと旅立った。
何日もかけて到着したのは、町外れにひっそりと佇む屋敷。
林を切り開いた中に建てられており、世間とは隔絶されているようだ。
看板には、香煌楼と書かれている。
多少なりとも不気味さを感じた飛鳥だったが、父親に引っ張られ建物の中へと足を踏み入れた。
ここに入ってしまえば、しばらくは出られないことも知らずに。
玄関でちょうど通りかかった人物に声をかけ、主のいる部屋へと通される。
主の「入れ」の合図で、飛鳥は父親と共に部屋に入った。
部屋まで連れてきてくれた人物は、頭を下げると立ち去っていく。
部屋には、細く鋭い目をした短髪の男が立っていた。
何を考えているのか分からない感じがするものの、飛鳥は怖くなる。
「今日からお世話になります、草加士郎でございます」
挨拶をして頭を下げた父親は、飛鳥の頭を押さえつけて強制的に頭を下げさせた。
目の前にいる男の、品定めをするような視線が突き刺さる。
「そうか、待っていた。後は私に任せるといい。悪いようにはしない」
「で、では、息子をよろしくお願いいたします」
幾度も頭を下げた父親は、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
二人きりにされ、飛鳥は身を縮こませる。
「そう怯えるな。お前に危害は加えない」
「……」
飛鳥は無言で男の顔を見た。
「私は東堂。お前の名は……たった今から飛鳥だ」
士郎が、飛鳥になった瞬間だった。
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