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第30話
その日以降、政忠は店に顔を見せなくなった。
飛鳥はどうしたのだろうかと不安になったが、きっと自分のために金を集めてくれているのだろうと思うようにする。
けれど、日に日に不安は増すばかり。
「本当に、彼は約束を果たしてくれるのだろうか」
そう考えながら仕事の支度をしていると、後輩の蘭から声をかけられた。
「どうしたんですか?飛鳥さん」
「え?」
「何か悩んでるんですか?あ、もしかして和音さんと喧嘩?」
興味津々といった具合に聞いてくる蘭に、飛鳥は少しムッとした。
「違うよ。そんなんじゃない」
飛鳥が否定すると、蘭がニヤリと笑う。
「知ってますよ。上客が来なくて落ち込んでるんでしょ?」
言い当てられて、飛鳥は驚いた。
「どうしてそれを!?」
「だって、皆噂してますよ?飛鳥の上客が来ていないって」
確かに政忠は、飛鳥が申し訳なくなるほどに良く通ってきてくれていたと思う。
男娼たちの間でも、政忠の存在は知られたものだった。
「そうだったのか……」
「それと、あの客に水あげしてもらうんでしょ?和音さんが年季明ける頃に」
そこまで蘭が知っているとは思いもしなかった。
他の男娼には、一々話したことなどなかったから。
「ちょっと待て。そこまで知っているのか!?」
「はい。噂になってますよ?」
一体、どうして噂が広まったのだろう。
別に悪いことなわけでは無いから、知られても問題はないのだが……。
「早くここから出ていきたいってのが男娼たちの気持ちですし、水あげしてもらえるならいいじゃないですか」
その蘭の言葉に、飛鳥は僅かに救われた気がした。
「そうだよな」
「そうですよ。きっと金を用意してきてくれますよ」
「あぁ。僕もあの人を信じているよ」
そうだ。
飛鳥には信じて待つことくらいしか今はできない。
和音の年季が明けるまであと僅か。
それまでに、政忠がここにやってきてくれると願うことが、飛鳥にできることだ。
それから時は流れ、和音の年季明けが三日後に迫った。
その日も、和音は客をとっていつものように働いている。
政忠は一向に飛鳥の前に現れず、飛鳥を日に日に不安にさせた。
金策が上手くいっていないのか、それとも他の理由があるのか……。
「まさか、もうここへは来てくれないんじゃ……」
そんな思いが、飛鳥の胸中を浸食していく。
そしてついに和音が香煌楼を去る日がやってきた。
彼はその日も変わらずに、接客をすると言っている。
飛鳥もいつもと同じく接客をしていたが、心ここにあらずであった。
「どうしたんだ?」
最近になり通ってきてくれている客に問われ、飛鳥はハッとする。
政忠のことに気を取られて集中できないとは、目の前の客に対して失礼だろう。
そう思い直し、飛鳥はその客に対してより丁寧に接客をしたのだった。
そしてその日の仕事は終わり、結局政忠は飛鳥の前に姿を表さなかった。
これで、和音の香煌楼での日々が終わったわけだ。
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