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第32話

そしてついに和音が香煌楼を去る日がやってきた。 彼はその日も変わらずに、接客をすると言っている。 飛鳥もいつもと同じく接客をしていたが、心ここにあらずであった。 「どうしたんだ?」 最近になり通ってきてくれている客に問われ、飛鳥はハッとする。 政忠のことに気を取られて集中できないとは、目の前の客に対して失礼だろう。 そう思い直し、飛鳥はその客に対してより丁寧に接客をしたのだった。 そしてその日の仕事は終わり、結局政忠は飛鳥の前に姿を表さなかった。 これで、和音の香煌楼での日々が終わったわけだ。 もう翌日からは、晴れて自由の身となることができる。 しかし飛鳥は、まだこの場で客たちに奉仕をしなければならないのか……。 そう考えると、どん底に突き落されたような気持ちになる。 「あぁ……僕は明日からどうすればいいのだろう」 和音がいない日々を想像するだけで、絶望してしまう。 最後の客を送ってから、飛鳥はしばらく呆然として部屋に残っていた。 するとそこへ、突然に東堂がやってきたではないか。 「東堂さん、どうしたんですか?」 飛鳥がそう問うと、東堂は表情を崩さずにこう告げた。 「明日、和音と共にここを去るといい」 「え!?それは一体どういうことですか!?」 いきなり言われて、飛鳥は大いに戸惑う。 「先程お前の政忠という客が来てな、約束の金を置いていったんだ」 「ま、政忠さんが!?」 「そうだ。お前には、会うと未練が残るからと会わずに帰っていった」 この場を出られるかどうかの瀬戸際になり、政忠は約束を果たしてくれたというのだろうか。 まだ礼が言えていないのに、それすらできないというのだろうか。 彼がどんな思いで金を届けに来たのかを思うと、飛鳥は切なくなった。 「彼は、政忠さんは何か言っていませんでしたか?」 飛鳥が問うと、東堂は思い出したように口を開いた。 「あぁ、そうだった。お前に、幸せになるようにと言付かった」 何も言わずに、去っていった政忠。 感謝の気持ちは大きいが、飛鳥は申し訳なさも感じたのであった。 そしていつか、再会することがあれば感謝を伝えて恩返しがしたいとも思った。 「夜が明けたらここを出て、和音とどこへでも行け」 東堂の言葉に、飛鳥は大きく頭を下げる。 「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」 ようやく、自由を手にすることができそうだ。

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