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最終話

 年末になるとどうして時間が早く過ぎるのだろうか。  いつもと同じように仕事と家事をこなしているのに、気がつけばスーパーが年末セールを開催し、街の装いがクリスマスから正月飾りになっていた。  枇呂がようやく人心地ついたのは大晦日の夕方だ。手作りおせちを重箱にきっちりと詰め、年越しそばも準備し終えた。  あとはやることはない。  枇呂が洗い物をしているとリビングにいる花島から声が飛んできた。 「この出汁、家と同じ味がする」 「叔母さんにこの前作り方を聞いたんだ。てか兄ちゃんはいつまでいるの?」  大晦日の朝一に来た花島はそのまま仮眠し、昼食を食べて、あとは枇呂が忙しく動き回っているのをキッチンの隣にあるリビングの炬燵から眺めていた。 「年末年始は店が休みなんだよ」 「だったら実家に帰ってあげれば?」 「父さんたちは北海道旅行いってる」 「つまり寂しいんだ」 「枇呂のくせに生意気」  棘のある言葉だがいつものことだ。もう慣れている。 「はい、蕎麦できたよ」  枇呂は蕎麦とつゆを天板の上に置くと花島はにっと口角を上げた。 「これこそ年末の過ごし方だよな」 「三波さんの様子を見てくるからちょっと待ってて」 「ねぇ、さっき天ぷら揚げてたでしょ。それも持って来て」 「人の話を聞いてよ」  文句を言いながらも枇呂は花島に言われた通りに天ぷらを並べた。今夜は豪華に海老天やさつまいも、カボチャ、イカなど種類を揃えている。 「いただきます」  ついでだからとつまみも並べると花島はどんどん食べてしまう。  お節は食べられないように蓋をして、食器棚の上に隠した。 「はぁ〜終わった。てか花島、まだいんのかよ」  仕事納めがようやく済んだ三波がリビングにやってきた。炬燵で食べている花島を認めると眼光が鋭くなる。  昨夜からほとんど寝ずに作業していたので、三波の目の下には濃いくまがあった。  花島は挑発するかのように片頬を吊り上げている。 「おまえんちの冷蔵庫、空にしてやろうと思ってな」 「花島が言うと冗談になんねぇよ」 「ま、さすがに昼からこんだけ食わされたら腹いっぱいだよ。枇呂、わざとやってただろ?」 「バレた?」  花島の食欲はよく知っている。骨のように細く、横から見たら薄っぺらいまな板のような体型なのに、花島は大食い選手顔負けな量を食べる。  一体あの身体のどこに入るのだ、と叔母はよく嘆いていた。  花島が猫のようにコタツから動かないので、限界まで食べさせて追い出そうと枇呂は密かに計画を立てていたのだ。  天板に顎を乗せた花島は目を瞑っている。 「とういうわけで僕は当分動けそうもありません。今夜はここに泊まります」 「さっさと帰れ」 「無理〜腹いっぱいで動いたら吐く」 「……最悪だ」 「すいません。おれ、失敗しちゃいましたね」  花島を追い出す作戦のつもりだったが、ミイラ取りがミイラになってしまった。満腹で動けなくなるとは盲点だ。  枇呂が肩を落とすと三波はそっと撫でてくれた。 「気にするな。こいつが悪い」  甘い笑顔に心がざわざわする。好きだな、と口をつきそうになり、慌てて押さえた。  父親の一件が片付いてからというものの、枇呂は三波に想いを告げられないでいた。   ーー『戻ったら話したいことがあるんです。聞いてくれますか?』  そう言ったのにまとまった時間が取れず、うやむやになっている。  太一は可奈子の説得もあり、病院へと行った。そこで「強迫的性行動症」と診断がつき、薬物療法や集団精神療法などで治療をしている。  そんな太一を可奈子は支えると決めてくれた。浮気相手ともすっぱり手を切り、いまは三人で仲良く暮らせているそうだ。  それが解決すると、年末ということもあってか他の依頼が怒涛ときた。  枇呂は日常生活を回すのに必死で三波と仕事以外の会話ができていない。  だから探偵事務所が休みになる、この年末年始にすべてをかけるつもりでいたのに、朝から花島に邪魔をされている。  一人で年越しするのが淋しいんだろ、と三波は言っていた。花島の気持ちをよくわかっている。  三波と花島はかなり気心が知れているようだ。 「そういえば三波さんと兄ちゃんって、いつから友だちなんですか?」 「花島とは友だちじゃねぇよ」 「え?」  三波の言っていることが理解できず、枇呂は首を傾げた。  花島はメガネのフレームを押し上げる。 「三波、言ってなかったのか」 「言うタイミングがなかったっていうか」  珍しく三波の歯切れが悪い。二人からの独特な空気に枇呂はごくりと唾を飲み込んだ。 (もしかして、恋人……とか?)  そしたら自分の想いは邪魔になる。告白する前でよかった。それならずっと隠しておける。  自分の中から熱いものが込み上げてきて、目頭が熱い。泣かないように喉を締めると出口を失われた涙のせいで頭が茹ってくる。  枇呂は自分のスウェットの裾を掴んだ。 「お、おれ……三波さんと兄ちゃんが恋人でもここにいてもいいですか?」 「違げぇから!」  三波の悲鳴がリビングに轟いた。 「保護司なら最初からそう言ってくださいよ」 「忍野が話聞こうとしなかったんだろ」 「だって……」 「人の話は最後まで聞くんだな」  枇呂の目尻に残った涙をスウェットの袖で拭われ、三波にやさしくデコピンをされた。  あまりに親密な三波と花島の様子に付き合っているのだと思い、自分の気持ちは邪魔になると枇呂は泣いてしまったのだ。  追い打ちをかけるように花島は「三波との夜はなかなか激しくて」と言い出し、怒った三波が花島を家から追い出した。  めそめそと泣く枇呂を三波は根気強く慰め、花島との関係を話してくれている。  ずずっと洟を鳴らし、枇呂は最後の涙を拭った。 「てか保護司ってなんですか?」 「犯罪や非行をした人が社会復帰できるように支援するボランティアのことだな」 「三波さんは犯罪者じゃない!」 「世間は犯罪者だと思ってるよ」 「そんな……」 「ま、名前が報道されてるからな。就活も無理だし、電車も乗れなくなっちまった。でも働かないと生きていけない。そのとき花島が色々サポートしてくれたんだよ」  まさか花島が裏でそんな活動をしていたとは思わなかった。  花島は口が悪く、一緒に住んでいたときはいつも揶揄われていた気がする。  ボランティア、と聞くと心やさしい人がやるイメージがあるので、花島の人柄と真逆ではないのか。  枇呂の困惑に気づいたのか、三波はぽんと頭を撫でてくれた。 「花島はあんなんだけど、いいヤツだよ。俺に探偵事務所やったらって提案してくれたのもあいつだし」 「そうなんですか?」 「事務所立ち上げるのも色々協力してもらったんだよ。バーの客を寄越してくれたり、仕事が軌道に乗るまでサポートもしてくれた。忍野もそうだろ?」 「……確かに兄ちゃんは部屋を借りるときに保証人になってくれました」  住む場所一つ借りるのにも自分にはなにも後ろ盾がないのだと痛感した。  だけど花島が保証人に名乗り上げてくれたお陰でアパートを借りることができたのだ。  結局、家賃や光熱費が払えなくて追い出されたが、もしあのまま居座り続けていたら花島に迷惑をかけていたのだろう。  そのことがわかっていたはずなのに、花島は保証人になってくれたのだ。  そんな気がする。  口は悪く、褒められた態度ではないものの、いつも枇呂を気にかけてくれていた。亡くなった弟と重ねているのだろうか。  きっと花島はいいお兄ちゃんになっていたに違いない。 「……兄ちゃんに酷いことしちゃいましたね。こんな寒い中、追い出しちゃって」 「それはアイツが邪魔してくるのが悪い。それに今夜は大晦日だ。一晩中、電車が動いてるから帰れるだろ」 「でも」 「なに? やっぱ「兄ちゃん」にいて欲しかったわけ?」  含みのある言い方に枇呂は眉を寄せた。 「そういうわけじゃないです」 「ならなんだよ。いとこだか、はとこだか知らねぇけど花島のこと「兄ちゃん」て呼んで」 「それは花島さんが呼んでって言ったからだって前も言いましたよね」 「……気に食わねぇ」  唾を吐き捨てる勢いの三波にはたと気づく。 「もしかして、嫉妬してるんですか?」 「してるって言ったらどうなる?」  いたずらっ子のように片頬を上げる三波は枇呂の反応を楽しんでいる。さっきまで怒っていたくせに、いまはもうすっかり汚れが落ちたような笑顔を見せていた。 (三波さんの手のひらで転がされてる気分だな)  三波の方が年上で、人生の酸いも甘いも知っている。恋愛ごとに対して余裕も見えた。  だからいくら枇呂が背伸びしても敵わない。 (なら正面突破しかない)  枇呂はそっと三波のスウェットを掴んで、厚い胸板に頬を寄せた。 「あの日言えなかった続きを、言ってもいいですか?」  伺うように視線を上げると三波は一度瞬きしてから目尻を下げた。彼の手が枇呂の頰に添えられる。  温かい手のひらに自分のものを重ねた。触れているだけで、かさぶたの心の傷が癒えていく。 (人を好きになるってこんな満たされるものなんだ)  充足感にうっとりと目を閉じかけるとつんと頬に爪が当たった。早くしろ、と言わんばかりに三波の意地悪い顔が迫って来る。  悲鳴を上げそうになる唇を一度閉じ、枇呂ははやる胸を押さえた。 「三波さんが、好きです」 「うん……俺も好き」 「えへへっ」  三波の返事に照れ臭くなってしまい、頰が熱くなる。  なんとなく三波の好意は伝わっていた。というもの父親の件以降、三波のスキシンシップがあからさまだったのだ。  料理をしていると後ろから抱きしめてきたり、風呂に一緒に入ろうと言ってきたり。  そうやって少しずつ枇呂の気持ちが整うのを待ってくれていたのだろう。  わかっていても、いざ言葉にしてもらえると心に染み渡る。 「抱きしめてもいいですか?」 「可愛いこと言うね」 「だめでした?」 「いいよ。おいで」  枇呂はおっかなびっくり三波の背中に腕を回した。冷たくて無機質だった模型とは全然違う。  胸に耳を当てるととくとくと心音が聴こえる。 「じゃあ俺も」  背中に腕が回ってきて、隙間がないほどぎゅうと抱きつかれた。ふわりと包まれる甘い匂いに酔ってしまいそうだ。  心地よい体温に頰を擦りつけると三波はふふっと笑った。 「猫みたいだな」 「じゃあしっかりマーキングしておきます。三波さんは魅力的だから、すぐ他の人に盗られちゃう」 「なんだそれ」  三波はなおも笑っている。心外だ。こっちは真剣だというのに。 「枇呂」  名前を呼ばれて顔をあげると三波と鼻先がぶつかる。睫毛の際がわかるほどの距離にどくんの心臓が強く脈動した。  黒曜石の瞳にはいま枇呂しか映っていない。 「キスしたい」 「おれ、も」  三波は僅かな距離を詰めてキスをしてくれた。でもすぐに離れてしまう。枇呂は三波の胸元を引っ張ると三波は意地悪く笑っている。 「足りなかった?」 「……もっと」 「可愛すぎんだろ」  がぶりと唇を噛まれ、交わりが深くなる。三波の舌がぬるりと入ってきて、歯を一本ずつ丁寧に舐められた。ざらついた舌の感触が気持ちいい。  枇呂の膝が震えてきてしまい、立っていられなかった。三波のスウェットを皺が寄るほど強く掴むと唇が離れてしまう。 「続きはベッドでもいいか?」 「続きって……」  キスの先を想像してしまい、頭がぽんと湯だつ。求めているのは自分だけではないらしい。  枇呂が小さく頷くと三波は手を繋いでくれた。  一度だけ一緒に寝たことのあるベッドはあのときとは違う淫靡な存在感を放っている。  はやる胸を押さえていると背中から抱きしめられた。 「怖い?」 「三波さんとだから怖くないです」 「俺への信頼、厚すぎだろ」 「だっておれを最初に認めてくれたから」  「ホンネ」が見える能力を知る前に三波は枇呂を受け入れてくれた。  花島から枇呂の話を聞いて、厄介事になるとわかっていたはずだ。  それでも枇呂をそばに置こうと思ってくれた。  そんな人を好きになるなって言うのが無理な話だ。 「自分に似てるって思ったからだよ」 「え」 「痴漢をしてないって言っても誰にも信じてもらえなかった。つまり、それまでの俺を誰も認めてくれてなかったんだってわかってさ。俺はそうなりたくない」 「三波さん」  三波の傷にまた触れ、痛みで枇呂が泣いてしまいそうだった。どれほどの孤独だったか、三波の気持ちがよくわかる。  肩越しに振り返るとキスをされて、ぐっと身体を押される。耐え切れなくなり後ろに倒れると、柔らかいベッドが受け止めてくれた。 三波に覆いかぶさられると唇の交わりがまた深くなった。  キスの合間にお互いの服を脱がせ、裸になって肌を合わせる。鎖骨やあばらの位置がピタリとはまり、枇呂たちの隙間を埋めてくれた。  パズルのピースみたいにお互いの存在が足りない箇所を補っている。 「気持ちいい」 「裸で抱き合うのもいいよな」 「はい」  三波の厚い胸元に頬を擦りつけた。しっかり自分の匂いをつけておこう。  そんな子どもっぽい枇呂を嘲笑うかのように三波の唇は頰、首筋、鎖骨とおりていく。準備運動みたいにこれから行われることを丁寧に教えてくれる。  三波は胸から顔を上げた。 「嫌だったら言うんだぞ」 「嫌なんてことない……」 「……頼むから俺の理性を試すな」 「試してな……んっ」  赤い突起を舌で舐められて枇呂の背骨が浮く。普段意識しない箇所が、三波の舌によって性感帯へと姿を変える。  堪えきれない快楽の連続に枇呂は唇を噛みしめた。 「んぅ……んんっ、ふ」 「声、だせよ」 「やっ……だって……へん、んっ」 「可愛いからもっと聞かせろ」  ふるふる首を振った。自分の甘えたような嬌声は気持ち悪い。三波を萎えさせてしまうのではないか。  だが枇呂の不安をよそに三波はさらに突起を強く吸いあげた。強い刺激に枇呂の四肢が震える。 「やぁ……それ、んっあっあぁ!」  咄嗟に三波の頭を掴んだ。引きはがそうにも三波の力の方が強い。  ふわりと香るシャンプーの匂いに肌がざわつく。 「ふ、は……あっあぁん」  赤子のように乳首を吸われているだけなのに下半身に熱が集まった。一度も触れていない男根から愛液がじわりと溢れる。  それに気づいた三波が指の腹で枇呂の亀頭をくるくると撫でた。 「ここも反応してんのな」 「んぁ、だって気持ちい……んん」 「そうだな」  突起を舐められながら下肢を弄られると射精感が一気に駆け上がってくる。むくむくと性器が張り詰めてしまい、視界が明滅した。  限界が近い。 「あ、あぁ……だめっ、出る……イクっ」 「いいよ」 「んんっ……ふ、あぁっ!!」  扱かれる指に力が入り、あっという間に追い詰められた。  全力疾走をした後のような疲労感に枇呂はベッドに四肢を投げ出した。全身が重い。  精液を手のひらで受け止めた三波は、指先にまとわしている。 「いっぱい出たな。あんまり処理してなかった?」 「……そういうこと言わないでください」  狭い部屋で二人きりとなれば処理したくてもできるはずがない。  恨みがましく三波を睨みつけるが、三波の肩は弾み、目の光はさらに鋭さを増していた。 (もしかして三波さんも?)  三波も枇呂と同じ条件だ。  となれば三波も溜まっていてもおかしくはない。  初めての枇呂のために三波は丁寧に愛撫をしてくれていた。自分の欲を抑え、枇呂を傷つけないようにしてくれたのだろう。  嬉しいけど、与えられるだけは嫌だ。  枇呂は起き上がって三波を押し倒した。  三波の切れ長の瞳がまん丸になっている。予想外だったのだろう。  その顔がちょっと幼く見えて可愛い。なんでもしてあげたくなる。 「おれもする」  枇呂が突起を舐めると三波はくつくつと笑っている。  その余裕そうな笑みに焦りが出てくる。 (三波さんにされると蕩けそうになるのになんでだ)  意地になって舐めたり吸ったりを繰り返していると、頭を撫でられた。 「擽ったい」 「気持ちよくないですか?」 「視覚的には最高」 「う〜なんで」  三波の舌が魔法なのか。それとも経験の差だろうか。  このままでは三波を気持ちよくさせることはできない。 (それならここしかない)  枇呂は身体を下にずらし、三波の性器に手を伸ばした。自分のより一回りは大きい。  一度も触れていないはずなのに硬く兆していた。  両手で包みながら舌でペロリと舐める。苦いような不思議な足がした。  亀頭の割れ目をちろちろ舐めていると三波の足の付根がピクリと跳ねる。  段々と性器が硬さを増していくのが手の中で感じられた。  嬉しくてずっと舐めているとぐいっと頭を押されてしまう。 「もういいだろ。口離せ」 「やだ」 「無理すんな」 「無理なんてしてません」 「枇呂が気持ちよさそうにしてるだけで充分だ」 「それだけじゃ嫌なんです」  与えられるだけで満足したくない。自分が持っているものを三波にもあげたいのだ。  それが愛し合うっていうことだと三波が教えてくれた。  枇呂がじっと見返すと三波は肩を落としている。 「……わかった。でも無理するなよ」 「はい」  三波が頭を撫でてくれる。それだけで幸せになれる。この気持ちを伝えたい。  枇呂は歯を立てないようにそうっと三波の性器を口に含んだ。  大きすぎて半分も入らない。  裏筋を舌で舐めたり、亀頭を啜ったりを繰り返した。唾液を纏わせると滑りがよくなってくる。  かなり拙い動きだろう。それでも三波は感じてくれているのか、性器が張り詰めてくる。咥内で脈打つのを感じられた。 「ふっ……」  三波の色っぽい吐息に枇呂の下半身が再び熱を取り戻す。膝を擦りつけながらも口淫に夢中になった。 「……出る。口離して」 「やっ……あ」  三波が達する直前に顔を離され、精液が枇呂の顔にかかってしまった。熱い飛沫と雄の匂いにぞくりと背筋が震える。  口の端について精液をぺろりと舐めた。 「しょっぱい?」 「悪い!」 「大丈夫です」 「顔にかけるつもりはなかったんだけど」  照れ隠しのつもりなのか、ティッシュで顔を乱暴に拭かれた。頬がヒリヒリする。 「目には入ってないよな?」 「はい」 「ほら、気が済んだだろ」  乱暴な言い方なくせして枇呂を寝かせるとき三波は頭に手を添えてくれた。  なんだかんだやさしい。  だけど三波から見下ろされる瞳は飢餓直前の獣のようだ。  その眼光だけでぞくぞくと背筋が震える。  三波の大きな体躯で両足を割られた。自然と足を大きく広げる体勢になり、気恥ずかしさで身体が火照ってくる。  手のひらに残ったままの枇呂の精液を蕾に塗りつけられた。身構えてしまい、全身に力が入る。 「んっ……」 「痛いようにしたくねぇから、力抜け」 「は、はい」 「……悪い。ちょっと限界。嫌なら殴ってくれ」  三波の額にはびっしりと汗が浮かんでいる。エアコンの効いていない室内は寒いくらいなのに、三波の体温は燃え盛っているようだ。  視線を下げると三波の性器は再び張りつめている。一度達したのに興奮は冷めていないらしい。  枇呂が息を吐くタイミングに合わせて三波の指が入ってくる。縁を爪先が触れられた。  円をぐるりとなぞり、ゆっくりと中に挿ってくる。  ピリっとした痛みに眉を寄せると、こっちに集中しろとばかりに乳首を吸われる。 「ふっ、んん」 「気持ちいいことだけ考えてろ」 「はい……あぁ、あっ」  指が枇呂の中を暴いていく。時々、指の腹で押されてびくんと腰が跳ねた。  三波の指はなにかを探るような動きだ。 (なにしてるんだろ?)  でもそんな余裕があるのは最初だけで、次第に三波の愛撫に溺れていった。 「はぁ……あっあ、ん」 「痛くねぇ?」 「へーき、でっ……んん」 「指増やすな」  指が二本中に挿ってきて、ちょうど臍の下部分に触れられるとぞくりと電流が走った。 「んっあぁ!」 「ここ?」 「だめ……そこ、なんか、あぁああ!」  ぐっと押されるだけで快楽という名の暴力が毛先まで伝播した。びくびくと全身が痙攣を繰り返し、性器を触ったときとは違う悦楽に襲われる。  三波がにっと口の端を上げた。 「ここ枇呂の弱いとこ。覚えとけよ」 「む、無理ぃ。一回とめ……ひゃあ」  三波は執拗に何度もそこを擦った。性器からは愛液が滴り落ち、腹の上に湖が広がっている。 「もういいか」  指を引き抜かれ、息が整うより先に蕾に三波自身があてがわれた。  キスをされながら腰を進められる。痛い。苦しい。でもその先に待っている快楽に期待で胸が弾む。  三波の一部が身体の一番奥に到達したとき、枇呂の中に幸福感が広がった。  一人じゃない。  いま三波と一つになっているのだ。  痛くて苦しくて幸せで涙が溢れる。 「はっ……あ、んん」 「平気か?」 「んっ、だいじょーぶ」 「ゆっくり動くな」   三波は宣言通り、ゆるやかに律動を開始した。中を擦られると快楽が勝り、痛みが薄れていく。  三波の背中に腕を回すと汗ばんでいた。摩擦がおきて、ぴったりと手のひらに馴染む。  いま一つになれたんだ、という悦びが涙となって溢れた。 「痛い?」 「ちが……っ、幸せで。こんなこと、一生できないと思ってたから」  嘘を暴き、人の嫌がることばかりして嫌われてきた。  孤独だった。このまま一人で死んでいくのだと絶望したこともある。  でもいま、自分の中には愛する人がいる。  幸せで嗚咽が止まらない。 「はっ、んん……三波さん、好き。大好き。もっとして」 「そうやってすぐ俺を煽るなよ」 「煽ってなんか」 「俺がどれだけ我慢してたか思い知らせてやる」 「えっ、あぁ!」  キスをしながら腰を揺らされ続け、二人で何度も限界まで昇りつめた。    枇呂が目を覚ますと酷い怠さに襲われた。身体を起こそうにも力が入らず、特に下半身には感覚がない。  昨晩の情事の激しさを物語っていた。  どれだけ限界にのぼりつめても足りず、何度も三波を求めたのは覚えている。  意識を飛ばすと強い快楽で叩き起こされ、いつのまにか気絶していたと思う。 (うわ……恥ずかしい)  はしたない記憶がどんどんと溢れてきて、枇呂は布団で顔を覆った。耳がじんわりと熱い。  いま隣に三波がいないことが不幸中の幸いだろう。  だが熱はなかなか引かず、枇呂はしばらくして布団から顔を出した。  カーテンの隙間から差し込む日は明るく、昼を過ぎているのかもしれない。 (お節、用意しなきゃ)  せっかく作ったのだ、と思うのに指先一つ動かせない。  それに肌の表面は熱いのに身体の芯は冷えているような気がする。 (なんだろう、この不吉な感覚は)  枇呂は三波のスウェットを着ており、シーツは真新しい匂いがする。どうやら寝ている間に三波が世話を焼いてくれたらしい。  だが当の本人はどこにいってしまったのだろう。 「三波さん……」  ガラガラの声を出すと喉が痛む。エアコンがついているようで空気が乾燥しているせいだろうか。  枇呂が咳払いを繰り返しているとバタバタと足音が近づいてくる。  わずかに開いた扉から三波が顔を出した。 「起きたか」 「……おはようございます。すいません、寝坊しちゃって」 「いいから、そのままでいろ」 「でもお節の用意しなくちゃ」  気合いで起きると視界がぼやけて、身体が傾ぐ。あれ、と思う間もなく、三波に抱き留められた。ひんやりと心地よい。 「三波さん、随分冷たいですね。外に出てたんですか?」 「枇呂が熱出てるんだよ」 「おれが?」  目をまあるくすると三波は力強く頷いた。  確かにこの嫌な悪寒は高熱特有のものかもしれない。久しぶりに体調を崩したのですぐには判別できなかった。  三波は眉根を寄せている。 「悪い。昨日は無理させた」 「謝らないでください……おれも求めちゃったし」  再び昨晩のことを思い出してしまい、枇呂の体温が上がる。  起き上がっているのが辛くなり、三波に手伝ってもらいながらベッドに横たわった。  はぁと息を漏らすと自分の吐息が熱い。 「枇呂起きてた?」 「……兄ちゃん」 「よしよし、順調に具合い悪そうだな」  扉から顔を覗かせた花島はにんまりと笑っている。順調に具合い悪いってどんな状況だ。 「ほら、母さん直伝の『とりとりお粥』だぞ」  とりとりお粥と聞いて枇呂は起き上がった。花島が持っているお盆から懐かしい匂いがする。  枇呂の背中を支えながら三波は眉を寄せた。 「なんだよ、その『とりとり』って」 「お粥に鶏ささみと卵、鶏ガラスープを入れてとりとり。花島家の家庭料理だな」  花島が説明すると三波は首を傾げている。 「その理論でいけば、『とりとりとりお粥』じゃね」 「うちの母ちゃんに文句言うのか」 「別にそういうわけじゃねぇけど」 「これ、枇呂の好物なんだよ。な?」 「……うん」 「そういう仲、見せつけなくていいから」  三波は花島からお盆を奪うとベッドに腰掛けた。ふわりと香る卵とだしの匂いに腹がきゅうと鳴る。  スプーンで一匙すくって冷ましてから、三波は枇呂の口元に運んだ。 「食欲あるなら食っとけ」 「ありがとうございます」  口を開いて匙を含んだ。やさしい卵とお粥の甘さが合わさって美味しい。久しぶりの味を堪能した。 「そんな美味いの?」 「はい」 「作ってもらったこと、ねぇんだけど」 「三波さんはハンバーグが好きだから」 「今度から作ってくれ」 「もちろんです」 「他にも枇呂の好物や食べたいものがあったら遠慮なく作れよ」  ちょっとぶっきらぼうな声音は拗ねているのだろう。段々と三波のことがわかってきた気がする。  茶碗一杯で満腹になり、薬を飲んでから枇呂は横になった。  三波は「食器片付けてくる」と部屋を出ていき、花島と二人きりだ。 「兄ちゃん、帰らなかったっけ?」 「帰ったよ。家で寝てたら三波から電話きて「枇呂が熱出したから来てくれ!」て喚き散らしてさ」  慌てる三波が想像つかない。それほど枇呂の体調不良に動揺してくれたのだろうか。  花島はベッドの縁に腰を下ろした。 「体調崩すの何年ぶり?」 「そういえばいつぶりだろ」  枇呂は記憶の糸を辿った。両親と暮らしていた小学校低学年が最後だったかもしれない。  ということは十年以上ぶりに熱を出したということになる。  枇呂が答えると花島は眼鏡の奥の瞳を僅かに細めた。 「三波の隣でようやく気が抜けたんだろ。そのまま熱出しとけ。面白いから」 「申し訳ないから早く治すよ」 「それとも無理な体位とかされた?」 「へっ? ちが、なんで?」 「おまえら見てればわかる」  春の日差しを見上げるように花島は笑っている。その穏やかな笑顔に胸がきゅうと苦しくなった。  口には出さないけれど、花島はずっと枇呂を気にかけてくれていたのだ。  亡くなった弟の代わりかもしれない。それでもいい。花島が枇呂に向けるやさしさが代替品でも、ここにいてくれる事実は変わらないのだから。  枇呂にとって花島は大切な家族だと実感した。 「お粥作ってくれてありがとう」 「ん」 「いつも感謝してる」 「枇呂、変わったな」 「そう?」 「うん。そんなこと言うなんて思わなかった」 「力がなくなったせいかも」  枇呂は自分の手のひらを見下ろした。「ホンネ」を覗けなくなった分、枇呂は誠実であろうと決めている。  気持ちをちゃんと言葉にして、相手に伝える大切さを三波から学んだ。  そう付け加えると花島は片頬を上げた。 「そういや仕送りはもういいってよ」 「え、なんで」 「枇呂が世話になってた親戚全部と話つけてきた。みんなもう終わりにしていいって言いたかったみたいだけど、枇呂の連絡先がわからなくて受け取ってただけみたいだぞ」 「そうなんだ」 「だから今度から自分のために使え」 「うん。そうする」  確かに連絡先を花島以外に教えていなかったかもしれない。そんなことにも頭が回らずに自分を追い込んでいたのだろう。 「どうして二人はそう仲がいいのかね」  片付けが終わったらしい三波が戻ってきて、枇呂と花島を見比べている。花島は眼鏡のフレームを押し上げた。 「ま、僕の方が付き合い長いから当然だろ」 「なんっか腹立つんだよな」 「ケツの穴が小さい男だな。そのうち枇呂に捨てられるぞ」 「おまえは一言多いんだよ!」  ぷんすかと怒る三波は花島の前だと子どもみたいになる。二人は同い年のはずなのに花島の方が上手なのだろう。  だが三波は居住まいを正し、深く腰を曲げた。 「でも感謝してる。いままで本当にありがとうな」 「慌てふためく三波が見れたからいいよ」 殊勝気味に笑う花島は立ち上がった。 「じゃあ冷蔵庫に枇呂の好きなみかんゼリーととりとりの残りもあるから。お大事に」  花島はコートを着るとさっさと出て行ってしまった。玄関まで見送った三波が戻って来るとくつくつと笑っている。 「あいつ、照れてたな」 「そうなんですか?」 「正面から礼言われるの苦手なんだよ。あ〜新年早々いい気分だわ」  三波は枇呂と花島が仲良いと言うけれど、三波と花島もそうだ。一番辛いときに支えてもらった縁もあるのだろう。  そういうとことにちょっと嫉妬してしまう。 「ん? どうした?」 「三波さんって兄ちゃんと仲がいいですよね。気心知れてるというか」 「まぁ付き合い長いし、どん底にいるときにそばにいてくれたからな」 「もしかして付き合ってたとかは」 「ないない。あり得ない」  そうやって大袈裟に否定するのも怪しい。枇呂がじとりと見つめていると三波は乱暴に後頭部を掻いた。 「本当になんもねぇよ。ただ同じ年だから気を抜いてもいいかってなるだけで」 「おれの前でも気を抜いてください」 「好きな奴の前ではカッコつけたくなるんだよ。わかれ」  ピンとやさしくデコピンをされ、三波が「まだ高いな」と呟いた。 「じゃあおれが特別ってことですか?」 「そうだよ」 「ふふっ」 「お、やっと笑ったな」  三波が羽毛で頬を撫でられたように擽ったそうに笑った。その顔に不安に押しつぶされそうだった心が息を吹き返す。  以前の枇呂なら写真を撮っていただろう。でもいまは対話をする大切さを学んだ。不安なら口に出せばいい。わからないことは訊けばいい。  三波は嫌がらずに心の内を教えてくれる。 「少し寝た方がいいな」 「そうします」  枇呂が横になると三波は布団をかけてくれた。大きな手が頭を撫でてくれる。  大好きで守りたい手だ。うっとりと目を細めると段々眠くなってきた。 「三波さんも一緒に寝ませんか?」 「……あ〜早く熱下がってくれ」  文句を言いながらも三波は布団の中に入ってくれた。ぎゅっと抱きしめられ、厚い胸板に頰を寄せた。 「おやすみ」  頰にキスを落とされ、枇呂は目を瞑った。  目が覚めて最初に見る顔が三波であることを楽しみにして。

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