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第2話
『わかった。気を付けて帰ってね』
現在はたった一人の恋人である三木颯也からそう返事が来て、俺はため息をついた。
今日も引き止められない。
少しくらい嫉妬しろっつーの。
まあ、颯也をこんな風にしたのは俺自身なので仕方がないんだけれど。
恋人が1人っておかしいと思う。
今でもその気持ちは変わらない。
これだけ人間がいるのに、たった1人しか愛しちゃいけないなんて、むしろ不健全だと思う。
でも、今の俺は颯也だけがいればいいと思う。
恋人は複数いてもいいけれど、今は颯也だけが好き。
それだけだ。
「うわ。
またお試し行為やってんの?」
後ろを通りがかった同期の女、笹川が顔をしかめる。
「人の携帯見ないでくださーい」
笹川は既婚女性で俺の唯一の恋愛相談相手だ。
歯に衣着せぬ物言いと常識的なところ、そして何より俺に一切下心を抱かないところが良い。
恋人が男であることも打ち明け済みだ。
「颯也くん可哀想~。
もう26歳なんだから、そんな幼稚なことやめれば?
どうせテキトーに時間潰して帰るだけなんでしょ?」
「人の恋人を気安く呼ぶなっての。
颯也のやつ、本当に鈍感。
気遣いはめちゃくちゃできるのに」
「嶋根さんは気遣いのほうが足りないと思うけどね」
笹川は鼻を鳴らしてそう言うと「お疲れ様でーす」とオフィスを後にする。
わかってる。
わかってるんだけどさ…、何もせずとも相手が寄ってきた俺にとって、好きな相手に態度で示すってすごい難しいんだよ。
はあ、颯也に会いたい。
「やっぱ飲み会なしになった」って言って帰っちゃおうかな、なんて考える。
うん、そうしちゃおう。
俄然やる気が出てきた俺は「お疲れ様です」と退勤した。
19時半。
家の中は暗かった。
あれ?
颯也がいない。
俺は茫然として、リビングのソファにだらしなく背を預けて座り込んだ。
きっと俺がいないと知って、外食に切り替えただけだ。
近くのマッ〇か、す〇家か、な〇卯にでも行っているんだろう。
それから1時間しても颯也が帰らないので『今どこ?』とメッセージを送る。
10分経っても既読も付かないので、思わず電話を掛けた。
数コールした後、今1番会いたい声の主が「も、もしもし!どうかしたの!?」と電話に出た。
俺から電話をすることなんてないから驚いているのだろう。
「ううん。どうもしてないよ。
帰ったら颯也がいなかったから」
まるでいないことを咎めるような言い方になってしまった。
颯也は悪くないのに。
「え!ごめん!
鍵かけていいって聞いたからお泊りかと思った。
すぐ帰るから待ってて。
あ、夕食は?食べた?なんか買っていこうか?」
そう矢継ぎ早に訊く颯也の後ろで「そうちゃ~ん、早くこっち来なさいよ~」という野太い声が聞こえた。
「誰?どこにいるの?」
驚くくらい冷たい声が出た。
それを察してか、颯也は焦ったように「えっと、2丁目のバーだよ。待って、すぐに帰るから!」と言った。
颯也はゲイだ。
彼が2丁目に行くってことは…、それは浮気じゃないのか?
なんて、さっきまで恋人が1人だなんて不健全だなんて思っていたのに、腹が立った。
「帰らなくていいよ。
やっぱ俺も女のところ泊ってくる」
わざとらしく”女のところ”なんて付け足してしまった。
どうせビジネスホテルかネットカフェに泊まるくせに。
「あ…、そっか。うん。分かった。
暗いから気を付けてね」
少しだけ沈んだ声で颯也が言う。
引き止めないんだ、と俺はさらに腹が立った。
「うん。じゃあ」
そう言って通話を切る。
行きたくない、外になんて。
颯也の顔が見たいし、抱きたいし、一緒に寝たい。
でも女のところに泊まる、なんて大見栄を張ってしまったからにはここにいるのはダサい。
俺は数日分の着替えと財布に携帯を持って家を空けた。
この際、実家にでも顔を出そうかなと思う。
実家から職場だと少し遠くなってしまうけれど、入社して数週間は通っていたし、いけるだろ。
そうして実家に帰った俺を見た母親は「なんで帰ってきたの?」と訝 しんだ。
俺と颯也が同居していることは知っているし、会ったこともある。
「んー、まあ、いろいろ。
ちょっと颯也と揉めた…、みたいな?」
そう口ごもる俺に母は「どうせあんたが怒らせたんでしょ?ちゃんと謝りなさいよ」と顔を顰めつつももてなしてくれた。
颯也に対して俺を含む嶋根一家は、並々ならぬ信頼を置いている。
実の息子よりも。
実際、今回のことはほぼ自分が悪いことはわかっている。
でも、今颯也に会ったら絶対に傷つけるようなことを言ってしまうだろう。
ちょっと冷静になろうと思った。
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