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01.お姫様ではなく王子様をください

「なんと見苦しい勇者がいたものだな!」  …………ああ、まただ。  キオは溜め息を吐いた。玉座の前に跪きながら、深く深く。  またこの場所へ、この場面へ、自分は戻ってきてしまった。絶望に似た胸の重みと息苦しさに襲われる。だがそれもすぐに通り過ぎてゆくだけ。いつものことだ。 「フンッ、笑わせるな! 今すぐ追い出せこんなヤツ!」  とは言え毎回この罵倒から始まる仕様はどうにかならないものだろうか。このあと「下」のつく言葉をご丁寧に3つも重ねて謗られることも、当然キオは知っている。うんざりだ。 「その下品な振る舞い! 下卑た表情! 下劣な声!」  ハイハイハイ、と心の中で3つ分の相槌を打つ。どこがそんなに気に入らないんだ、とこっそり右手で己れの顔に触れてみるのも何度目になるだろう。以前とは違ってこんなにもイケメンイケボの長身細マッチョに生まれ変わっているというのに。 「貴様のような胡散臭い男に救える世界などあるものか!」  いや救ってるんだよねこちとら、今までに合計8回もね。  ……とは言わないけれど。  代わりにキオは、誰にも聞こえないようにごくごく小さな音量で下を向いたまま呟いた。 「……わたくしはそうは思いませんわお兄様……」 「わたくしはそうは思いませんわお兄様!」  キオの低くくぐもった台詞と一言一句違わずに、玉座の奥から澄んだ高い声が響いた。優雅に揺れるたっぷりのフリルで足もとまで覆われた豪華なドレス。細い首と真っ白な指、艶やかな金髪に所狭しと並ぶ眩いまでの宝石たち。  さあ、お姫様のお出ましである。 「この方は正式な召喚手続きを経て我が王国へ参られた伝説の勇者様ですもの! きっと救ってくださいますわ、この世界を!」  フォローを毎度ありがとうございます、と目を伏せるキオ。いや、実際彼女には大変感謝している。何せ年齢イコール彼女いない歴を誇っていた自分にとって、まことにありがたくも脱童貞を叶えていただいた初体験の相手でもあるのだから。  とは言え今この場では初対面だ。既にキスもセックスも結婚すらも何度となく済ませている相手にかしずくのは面映ゆいものもあるが、仕方がない。 「……そなた、名は何と申す」  おっとりと物静かな物言いで、国王が初めて口を開く。「船村岸雄と申します」と本名を告げることは1度きりで諦めた。キシオ、という発音がどうにもこの世界では困難であるらしいのだ。「キショ……?」「キッショ……?」とあちこちから呟かれて、既に心は折れている。 「キオと申します」 「ほう、勇者キオか。勇ましい名だ」 「ハッ」  子供の頃、小学校の半ば頃まで呼ばれていた愛称だ。母だけは未だにそう呼ぶが、その母も息子の死にはさぞ悲しんだことだろう。申し訳ない。 「勇者キオよ。そなたが見事魔王を倒し、この世界を救った暁には……我が娘、クレアネーラ姫との結婚を許そう」  恩着せがましい国王の隣で、ポッと頬を赤く染める先ほどのお姫様。華やかなそのかんばせ、うっとりするほど滑らかな所作。こんなにも美しいお姫様と結婚できる幸運に浮かれたことも、かつてはあった。  だが、5回も結婚すればもう飽きた。 「……いいえ国王様」  キオはおもむろに顔を上げて真っ直ぐに玉座を見据えた。そして今しがた散々な暴言をこちらへ吐き散らしていた男に手を差し伸べる。 「お姫様ではなく、そちらの王子様をくださいませんか」 「……ん?」 「……え?」 「……は?」  順番に、国王、姫、王子による疑問符だ。 「僕は一目見て王子様に心を奪われてしまいました。ひいては魔王討伐の旅へも王子様にご同行いただきたい。必ず僕がお守りいたします」 「「「…………ハイ?」」」  おお、声が揃ったな。  もはやほとんど投げやりなキオは、やんごとなきご身分の3人が同時に発した敬語での問いただしに、思わず笑いそうになって口を押さえた。 ----------  船村岸雄は平凡極まりないサラリーマンであった。女にモテたことなど1度も無い。地味な顔、低い背丈、冴えない脳みそ。運動神経も悪ければ空気も読めなかった。  そして行きたくもない会社へ向かおうとしていた朝っぱらから、飲酒運転の車にあっさりと跳ね飛ばされてその生涯を閉じる。なんとつまらない人生であったことか。  それが次に気づいたときには大きな城の中で厳めしい鎧を身に纏い、国王だとかいう髭面の中年男の前で膝をついていたのだから驚いた。どうやらどこぞのRPGの世界へ勇者として転生を果たしたらしいと悟ったのは、しばらくしてからのことだった。  あれよあれよと祭り上げられ、冒険へ出発。共に戦う仲間を見つけ、レベルを上げてゆく。勇者キオとしての日々は充実していた。  何せ見た目がすこぶる良いのだ。イケメンに生まれたい人生だった ……などと恨み辛みながら死んだ甲斐があったというものだ。道行く先では村娘やら修道女やら宿屋の女将やら、ありとあらゆる女性たちから熱い視線を浴びもてはやされるため、最高に気分が良かった。しかも冒険の先には、報酬としてお姫様との結婚がお膳立てされている。  岸雄は……もといキオは、浮かれに浮かれていた。モンスターを地道に倒していけば確実にレベルが上がるシステムもチョロかった。生まれ変わる前は、どんなに努力してもどれだけ積み上げてもどうにもならない現実に太刀打ちできなかったというのに。  そうしてキオは魔王を倒し、世界を救った。約束通り、お姫様とも結婚した。  するとまた、ここで国王に跪いていたのだ。  レベルは1にリセットされており、魔王は健在で、お姫様ははじめましてという顔でまた頬を染めていた。  ループしている……?  はっきりと理解できたのは3回目のことだ。どうやらループを認識しているのはキオ1人だけ。周りの誰も、まったく何も覚えていないのである。  結局、4回ほどは無意味にも、ほぼ同じ冒険をただ繰り返すことしかできなかった。だが5回目の玉座前にして、キオはキレた。同じでは駄目なのだと、何かを変えなければ何も変わらないのだと、今度は冒険へお姫様の同行を希望した。四六時中乳繰り合いながら旅をする日々はそれなりに楽しかった気もするが、6回目を迎えるにあたってはもう、お姫様との結婚を望むことは無くなっていた。  その後は仲間をすべて女で揃えハーレムパーティを組んでみたり、その中でおっぱいの大きい順に懇ろになってみたり、村娘や修道女をつまみ食いしてみたり。……いや、女性関係だけではない。ひたすらレベルをカンストしてみたり、不必要だと思われる辺境の宝箱まですべて調べてみたり、逆に魔王への説得なんてものを試みてみたりと、ループを避けるべくキオなりに様々な選択を模索したのだ。  だが結果はこの通り。9回目の勇者業へ、またしても赴かなければならなくなっている。 「どうせまた10回目に突入するんだろうなあ」  キオの目は諦観に支配されていた。しかし次の10回目は数字的に区切りがいい。10回も世界を救えばそろそろ解放されるかもしれない。  根拠の無い数字への期待を胸に、どうでもいい今回のこの消化試合的9回目、キオは幾度となくムカつかされてきたあのクソ男を冒険へ連れ出すことで、憂さ晴らしをしようと考えたのだった。美しい女性たちに食傷していたせいもある。  何が王子だ。お姫様のお兄様だか何だか知らないが、モンスターの前へ差し出してやる。多少の怪我でも負わせられるならいい気味だ。  どうせこれまでの8回とも、最後には処刑されてきた男なのだから。 ----------

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