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02.世界を破壊しようとしているくせに

「……クソっ……、なんでオレ様が野蛮な戦いの旅なんかに出なきゃならんのだ……!」  さも上から威張っているつもりらしいその顔は、いささか青ざめていた。腰が引けて足は震え、しきりに唇を噛んでいる。しかしキオが望めば誰であろうと冒険へ連れ出せることは証明済みだ。前々々回?前々々々回?では深窓のお姫様でさえ同行させられたのだから。  怯えを隠しきれないまま旅支度をする王子の姿にほんの僅かばかり溜飲を下げつつ、キオはニッコリと微笑んだ。 「随分と立派な装備だね。そのピカピカの鎧もやけに長い剣も、本来ならレベルを上げてかなりお金を貯めないと手に入らないような高級品じゃない?」  キオのほうはあくまでも初期装備。形ばかりが武張っていて素材は取るに足らない脆弱な鎧のまま、城を放り出されるというのに。  だが相手には嫌味の1つも通じないらしい。 「フフン、下賤の分際で見る目があるじゃないか。まあこのオレが身につけていると、良い品がより一層良く映るということだろう」 「アハハッ!」 「 ……? 何故笑う?」 「ん? 別に?」  4つ目の「下」のつく言葉を軽く笑って流す。腰に差した心許ないほど短い剣の位置を調整しながら、キオは立ち上がった。そして少ない路銀の入った布袋を胸元へしまう。金なんぞ唸るほど所有しているはずの王国が、希望の光たる救世主に対してこれっぽっちしか支給しようとしないことについては大いに不服なのだが、何を訴えたところで旅立ち前に与えられる金額が毎回同じなのはもう骨身に染みている。対人は流動的でも、対物は設定を変えられない場合が多いのだ。 「……本当に、オレも行くのか……」  王子は情けなく眉を下げてうわ言のように零した。  さぞかし不安なことだろう。これまでおまえはずっと、城を出ることもなくその身を安全地帯に置いたまま、悪事に勤しんでいたのだから。 「大丈夫だよ。君は僕が守るって言ったでしょ」  面倒臭いのでお姫様との旅立ちの折とまったく同じ台詞で、キオはやり過ごすことにした。 「ただ、そばにいて欲しいんだ」  イケメン勇者スマイルもまた、あのときといっしょ。お姫様は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、紅潮しながら微笑みを返してくれたのを覚えている。戦えるはずもない華奢で繊細な身でありながら、よくもまあモンスター共の闊歩する下界へ降りてゆく気になれたものだ。キオの言い出したことではあるけれど。  この王子もまた、お姫様ほどではないにしろやはり華奢だし繊細だ。というよりも貧弱だ。 「……んぎいぃ…………」  その頼りない男の口から、おかしな音が漏れ聞こえた。何のつもりの声なのか。鼻の頭と顎の下に細かな皺を刻んで、王子はこちらを睨み上げている。要するにまあ、嫌なんだろう。苦々しい表情が滑稽だ。 「プッ……アハハハハハ!」 「……だから何故笑う!」 「んー? 別にー?」  そうして勇者キオと王子は、大々的な見送りに背を向けて歩き出した。首を傾げているかつての我が妻、麗しのお姫様の顔もまた、いつまでも腑に落ちない様子がなんだかおかしかった。 ---------- 「ひええぇ! ひええぇ!」 「ねえそこどいて、僕の攻撃当たっちゃうよ?」 「ひいいぃ!」  現時点での自分のレベルではどのモンスターと対峙すべきか、その弱点や攻略法など、キオはすべてを熟知している。勝てない戦いは挑まないし、どこを歩けばどんなモンスターに遭遇するのか、大体の分布も把握しているため常に余裕だ。  おかげで戦闘には新鮮味が無く至極退屈だったが、今回は王子が道化役としてなかなかに良い働きをしてくれている。あまりにも鈍臭く、あまりにも機転が利かず、あまりにも要らんことしかしでかさないのだ。この要領の悪さ、まるで転生前の自分を見ているようだ。  今しがたも最弱モンスターとも言えるスライムの前で、ガシャガシャと高級鎧を鳴らしながら足をもつれさせた挙げ句、スライム側に顔からビタンと倒れ込んでしまった。 「あー、大丈夫ー?」  笑いを堪えながら声をかけるが、スライムに全体重の圧をもって覆い被さったにもかかわらず、何故か王子のほうがダメージを食らい額を擦りむいたのを見たらもう駄目だった。 「アッハッハッハ!」 「笑うなと言ってるだろ貴様ーーっ!」  この世界における経験値は、たとえパーティを組んでいても個人ごとにしか貯まらない。キオがモンスターを倒せばキオにだけ経験値が加算される仕組みである。ゆえに王子がこの先強くなれることは万に1つも無いだろう。以前にはお姫様も、たったのレベル2で魔王の元へ乗り込んでいる。魔王の強さも攻撃パターンも分かっていたし、防御魔法をかけておけばそれほど心配も無かったから。  ちなみにお姫様がレベル2になれたのは、道中健気にも振り回していた宝石付きの高級杖が偶然モンスターに当たったおかげであった。だがこの様子なら王子は、最後までレベル1を貫き通せるかもしれない。  いや、最期までというべきか。  着々とレベルを上げているキオは、何もしていないくせに疲労困憊の王子の額に、潰した薬草を適当に塗りつけた。 「痛っ! もっとやさしく塗れ!」 「ゴメンね。早く治りますように」 「守ると言ったくせに役に立たん勇者だな!」 「だって君、勝手によろけて転んじゃうんだもん」 「うるさい! それでも守れ!」 「アハハハハハ!」 「笑うな!!」  王子の額の傷を指でなぞり、キオはそのまま彼の黒髪をそっと撫でた。……ようなフリをして、指についた薬草の汁をこっそりと髪の毛になすりつけた。黒いからバレないだろう。気づかれないように念のため、すぐさま別の話題を振る。 「ねえ、ところでそろそろ仲間を増やそうかと思ってるんだけど、明日ギルドを覗いてみない?」 「ギルド?」 「戦士と魔導士と神官が欲しいんだよね。さすがに僕1人じゃ魔王は倒せないからさ」 「…………」  ムッ、と唇を尖らせて王子が下を向いた。ここには今2人いるのに、キオの「僕1人」発言が気に障ったのだろう。当然わざと挟んだ小嫌味だ。今度は伝わって良かった。 「メンバーは君の希望で決めよっかなって」 「……? 何でオレの」 「君と同年代くらいがいい? それともカワイイ女の子がいいかな? 仲良くなれるといいよね」 「……?」  なんちゃってね、おまえが誰からも嫌われることは分かっているんだけどね、と心の中でほくそ笑んでおく。  すると髪と同じくらい黒々とした大きな瞳で、王子は強くキオをねめつけた。 「……年齢や見た目なんぞで決めるつもりか貴様」  そう言えばお姫様は金髪碧眼のいかにも王族といった容姿であったのに、あまり似ていない兄妹だなあ、などと王子の黒目に気を取られてキオの意識が他所へ飛びそうになったとき。 「貴様の命を預ける仲間だろ! 信頼できる者をしっかり探せバカ者が!」  王子は毅然と言い放った。思わず目を丸くして見入ってしまうキオ。彼の言葉はあまりにも意外だった。  あの、悪役王子が。まさか、勇者の命を思いやる姿勢を見せるなんて。  だってこの男は、魔王を手引きして世界を滅ぼそうと企む張本人なのだ。  従って、キオが魔王を倒したあと処刑される運命にある。己れの謀略が潰えた悔しさに顔を歪ませ、呪詛のような悪言を吐きながら死んでゆく姿を、キオは8回もこの目で見ている。  彼の魔王への傾倒も、王国への憎悪も、勇者であるキオへの敵意も、どれも疑いようの無い鋭さを内包して確かに彼の中に存在していた。 「おい、どうかしたのか?」  問われてキオは、ハッとして首を振った。 「……ううん。君がそう言うならそうしよっか」 「なるべく強いのを選べよ! 殺しても死ななさそうなヤツをな」 「……そうだね」  殺そうとしているくせに。  この世界を、破壊しようとしているくせに。  丸い額に滲んだ微かな血の痕と、雑に塗布された薬草の混じり合う色を目の端に映し、キオはこの違和感の正体が掴めずにただ困惑していた。 ----------

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