3 / 3
03.君の名は
ギルド内は重苦しい雰囲気に包まれていた。凍てつくような冷たい視線があちらこちらから突き刺さる。目の前に並ぶ3人の男たちも、不愉快そうな溜め息を隠せない。
隣のバカ王子のせいである。
「へー、ここがギルドか。こんな薄汚れた不潔な場所に、ホントに使える者なんかいるのか? 王都の公衆トイレよりも酷いな。男は皆汗臭いし酒臭い。女は胸や尻を丸出しじゃないか。どいつもこいつも品性というものが感じられない」
「……ん、ちょっと黙ろうか」
キオがその口を塞いだときにはもう手遅れだった。ギルドに1歩足を踏み入れるや否やの王子の立て板に水の暴言に、四方八方はあっという間にすべて敵と化してしまったのだ。
それでもなんとか目星をつけていた3人に声をかけ、小さな立ち飲み用ハイテーブルの前へ連れて来ることには成功した。初回は仲間の見つけ方すら皆目分からず、それはそれは苦労したものだったが。
予定通り、右から戦士、魔導士、神官。これまでに何度も共に魔王を倒し、もっとも多くの回数をエンディングまで戦い抜いてきた経験のある者たちばかりだ。といってもキオにしてみればとっくに顔馴染みだが、向こうはこれが初顔合わせ。全員眉をひそめ、怪訝な顔をしている。
「……キオ殿、アンタの噂は聞いてるぜ。異世界より召喚された伝説の勇者のお眼鏡に、このオレが適ったってんならそりゃ光栄だが、しかし……」
「私もです。勇者のパーティに入るために鍛練を積み、日々このギルドに詰めていました。あなたのためなら喜んで戦います。が、その……」
屈強な両腕を胸の前に組んで頭を傾ける戦士と、長い前髪を耳にかけながらちらりと上目遣いにこちらを窺う魔導士は、どちらも語尾を濁した。
そこへ、間に置かれたハイテーブルにバンッと手の平を打ちつけて、神官が声を荒げる。
「てか横にいるそのガキ何? まさかそれも仲間? さっき聞こえたクソみたいな発言の説明が無いままじゃ納得できないんだけど!」
こちらも到底神職に就いている者の物言いとは言い難いのだが、彼は神官でありながら1回目から割とこんな調子であったため、キオには慣れたものである。
だがキオの隣でふんぞり返っていた王子は、突然の大きな音にビクンと身を震わせ、パチパチと瞬きを繰り返してしばし固まってしまった。王族の立場でこのような言葉を投げかけられたのは、おそらく初めてなのだろう。
「……なっ、……なっ……!」
何かを言い返そうとしているのであろうが、上手く口が動かないらしい。グルグルと回る黒目と怒りで真っ赤に燃えた目もと。荒い鼻息がピーッと鳴ったのが聞こえた瞬間、キオは思わず顔を伏せた。相変わらず面白さには不自由しない。
王子の存在は、単調になりがちな9回ものループの中の、完全なるノイズとなっていた。何回も強制的に繰り返される冒険に身を置くにつれキオは、お姫様を連れ歩いても、ハーレムに溺れても、数々の女性に粉をかけても、どこか予定調和のような容易く整然と進む展開に、いつも味気無さを感じていた。
しかしこの王子は、キオの想定を遥かに上回ってポンコツなのだ。
「フガッ……、フッ、ふざけるな!!」
ようやく神官に怒鳴り返した王子だが、キオはもはや背中を丸めて肘の内側に顔を埋めていた。フガッて言った。その拍子に唾も飛んだ。
「このっ、このオレ様をっ、誰だと思ってるんだ無礼者!! ガキはそっちだろうこのチビ!! チビチビチーービ!! チビチビチビチッ!!」
「ブハッ!!」
とうとう吹き出してしまったキオ。チビしか言えないうえにチで終わったところがツボに入ってしまった。
「アハハハハハハ! アッハハッ、ハハッ……ハ、ゲホッ、オエッ」
大笑いしながらえずいているキオに、テーブル越しの3人はまたしても溜め息を吐いた。
----------
このまま3人に立ち去られてしまうわけにもいかないため、キオは何とか持ち前のカリスマと得意の笑顔で場の体裁を整えた。生まれ変わる前なら逆立ちをしても成し得なかった芸当だ。
それぞれの自己紹介や意気込みなどを語るうち、3人とはこれまで同様に簡単に打ち解けることができた。何を言えばどう返ってくるのか、彼らの性格も言動もキオはとっくに掌握しているのだ。
だが、終始浮いているのがこの王子だ。キオと3人が会話を交わすたび、不機嫌に横を向いたり小さく舌打ちをしたり。
「……で、結局そいつは何なんだキオ?」
敬称は要らないと微笑んだキオに最初こそ気後れしていたものの、元来は豪胆な戦士。強い酒をがぶ飲みしながら尋ねる彼の名は、サガンという。
「ん? 王子様だよ。ねー?」
ニコニコと王子を覗き込もうとするが、どうにも目は合わない。
「王子? どこの国の? いえそれよりも、何故王族が危険な魔王討伐の旅に同行しているのですかキオ?」
敬称をやめさせることまではできるのだが、敬語は彼の口癖にしてアイデンティティでもあるらしい。この魔導士はエウロ。頭脳派で常に冷静な彼の判断には、過去回でも幾度と無く助けられてきた。そしてお姫様を同行させたときにも同じ質問をされた覚えがある。
「ふふ、城から連れ出して来ちゃった。ねー?」
お姫様のときより格段に雑な説明で済ませ、さらに深い角度で王子に向き合おうと試みるキオであったが、頑なにそっぽを向かれてしまっている。
「どう考えても足手まといでしょ! てゆーかそれ、おでこ怪我してない? まさかこの辺の弱小モンスターにやられたってこと? そもそもさっきから自分の名も名乗れないようなクソガキが魔王討伐ってさあ」
昨日のキオの薬草の塗りムラのせいで、かすかに残ってしまった王子の額の赤みを見逃さない神官チタは、無遠慮に指を差した。口は悪いが彼の態度は常に表裏が無く信用できる。回復魔法も一級品だ。
するとずっと顔を背けていた王子が、キッとチタを睨みつけて前を向いた。先ほどからのガキ呼ばわりがよほど気に食わないらしい。
「だから! おまえのほうがチビのくせに! オレはおまえと違って大人なんだぞ! 図が高いぞ敬え!!」
しかしチタは半目になって両手の平を上に向け、鼻で笑って見せた。その理由にキオはすぐ心当たるものだから、またおかしくなってしまう。
「……あのね、チタは君よりずっと年上なんだよ。何ならここの誰より1番年上だ」
「えっ?!」
驚いて目を見開く王子の顔はやはり面白い。
神官チタは、ここの誰より1番背が低く童顔で子供じみた言動も多いが、意外にもとうに30を超えている。正確な年齢を教えてもらったことは無いが、神官としてのキャリアも相当に長いのだ。
「アレ? 僕の年齢よく分かったねキオ?」
「……ああ、君たちは3人とも有名だからね。ここのギルドでも群を抜いて才能があるって聞いてるよ」
キオは甘い笑みでチタの疑問を煙に巻いた。つい口が滑って以前の知識を口にしたとしても、イケメン勇者のカリスマスマイルで大概のことは誤魔化してしまえる。
「と、年上……?」
信じられないと震える王子に、チタは顎を上げ低い位置から無理やり見下ろしながら息の塊を吹きかけた。
「ハンッ! 分かったらお兄さんに上手に名乗ってみせなよ王子様よお」
「んぎっ……!」
「ブフッ……」
唇を噛む王子。そのおかしな声にまたしても笑いが込み上げてしまうキオ。サガンとエウロは呆れた様子であったが、王子は悔しさに打ち震えながら、キオの腕を覆うペラペラの布の服をギュッと握り締めた。王子自らキオに触れてきたのはこれが初めてだ。まあ、布だが。内心一驚を喫したキオに、王子はヒソヒソと小声で命令を告げる。
「……おい、貴様教えてやれ! オレ様がどこの国の何という王子なのか、この不届き者共に思い知らせてやれっ!」
この世界でもっとも権威ある王国の、もっとも大きな城に生まれた、曲がりなりにも長子である。近い将来処刑される身ではあるものの、平民とは遠く身分が違うのだ。
ニコォーー……、っとキオは不必要に長く微笑んだ。サガン、エウロ、チタは当然キオの発言を待ってこちらに注目している。
「…………あー、ハイ……ド……? ンゲフッ、んー……国の、…………、ムー……、ん、……ゲホゲホッ、……王子だよ」
シーン……、とハイテーブルの周囲は静まり返ってしまった。イケメンスマイル、カリスマスマイル、と念じて顔を作ってみるも、今に関しては紙一重で通用しなかったようだ。
王子は真っ赤な顔で眉を引き攣らせ、唇をわななかせ、目を潤ませ、再びギルド中に響き渡る声で怒号をあげた。
「ハイディヒルドザイオス国のムーゼルヴァニエツィア王子だーーっ!!」
……あ、ヤバいもう忘れた。
キオはただニッコリと、その場で口角を上げ続けることしかできなかった。
----------
ともだちにシェアしよう!

