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11.世界を滅ぼす理由

 割れた窓から大広間に、陽の光が差し込んでくる。夜明けだ。瓦礫だらけの床、大きく口を開ける穴、壁も天井もあちこち崩れ落ちてはいるが、世界は明るい輝きに満たされ始めた。  別室より国王やお姫様が姿を見せた。奥の間までは被害が及ばずに済んだことにホッとする。 「おお勇者キオよ、よくぞ魔王を倒した!」 「キオ様っ!」  無数の石やガラスが足もとに散らばり、思うように歩けもしない中、お姫様は躓きバランスを崩しながらもキオの胸に飛び込んできた。本当にもう、このお姫様のメンタルの強さには微笑ましささえ感じてしまう。  それが外面としては軽薄な薄ら笑いに見えたのだろう。実際ニヤニヤしていた気もする。繋いでいた手を振り払ってムーは、プイとまたどこかへ去ろうとした。 「ム……っ!」  しかしそこへ、再び集まり始めていた従者たちの中から、厭わしげに糾弾するがなり声があがったのだ。こちらを指差して、非難を隠さぬ目つきで。ダミ声の中年男だ。 「おっ……、王子が! 魔王を手引きしたんだ!!」  ザワザワと、一気に不穏な空気が走る。ダミ声の男がさらに続けるものだから、それに引き摺られて疑惑はどんどん広がってゆく。 「魔王が現れる前、王子はどこかへ行っていた! 魔王と密会していたに違いない!!」 「オ、オレもっ……、そういや聞いたぞ、勇者様に死ねと言っていた王子の言葉を……」 「確かに、王国を滅ぼしてやるとか……!」 「そうだ言っていた! ということはやはり王子が……?!」  自発的に滅ぼしてやるとまでは言っていなかったと思うのだが、あの状況ではそう聞こえたとしても仕方ない。 「皆さん待ってください! ムーは、王子は僕を魔王から助けてくれたんですよ?」 「いいや王子の仕業だ!!」 「王子は裏切り者だ!」 「お城がこんなことになったのは王子のせいよ!」 「王子を処刑すべきだ!!」  勇者キオの言葉も、怒りで過熱する群衆には聞き入れられないらしい。甚大な恐怖に晒された直後である。緊張と安堵の落差のあまり、感情の昂りが抑えられないのかもしれない。 「ムーゼルヴァニエツィア……」  国王も不安と疑心の入り混じった様子で息子を見つめることしかできずにいる。だがこれほど詰られてもムーはただ俯いて、キオから数歩離れた場所で拳を握るだけ。 「王子はそんなヤツじゃないよ!」 「そうだ、オレたちが保証する!」 「王子も世界を救うために我々と共に戦ってきたのですよ?!」  チタ、サガン、エウロから擁護の声があがると、意外そうに少しだけ顔を動かそうとしたようではあったけれど、それでもムーに彼らを見ることはできなかった。  ムーは分かりやすい。後ろ暗いことがあると、キオとも誰とも目を合わせられなくなるらしい。叱られることに怯える子供と同じだ。 「……ムー」  ゆっくりと近寄って、キオはムーの肩に触れた。 「僕はムーの味方だよ。だから何があったのか、ムーの口からすべてを聞かせて?」  できるだけやさしく、子供をあやすように。眉根を寄せて歯を食い縛っていたムーは、チラリとキオを見上げた。  ところが見る見る目尻を吊り上げ、頬をパンパンに膨らませてギュッと目を閉じ、ムーは思い切りそっぽを向いた。子供というより幼児の仕草である。 「貴様は! 信用できない!!」 「…………あ」  白魚のような美しい指を鎧の胸元に置いて、今なおベッタリと自分に寄り添っているお姫様の存在を、キオはようやく思い出した。 「あ、あの、すみませんクレアネーラ姫。少しだけ離れていていただけますか?」 「え? ええ」  自分の行動が周りに与える影響などとんと思いも及ばない天然培養のお姫様が、きょとんとしながら1歩後ろへ下がってくれる。 「ねえムー、僕がムーのこと好きなのは分かってるでしょ? 」 「……嘘だ!! 知っているんだぞ、クレアネーラと結婚するんだろう! 聞いたんだからな!!」  やっぱりか。キオは額を押さえた。先ほどムーの加護の力の有無について言及されたとき、もしやとは思っていた。昨夜の廊下でのお姫様とのやり取りを、どうやらムーはどこからか覗き見していたらしい。 「貴様は妹にも手を出していた!!」 「出してないよっ?!」  今回は、と心の中で付け加える。だがムーの文句は止まらない。 「見たんだぞオレは! 昨日クレアネーラにもちゅーをしていただろう!!」 「は?」 「え!」  キオとお姫様が同時に素っ頓狂な声を出した。  ちゅーって。……とツッコミたい気持ちに蓋をする。これが自称大人の言葉選びだろうか。 「おっ、お兄様! わたくし、そのようなことはされておりませんわ! キオ様は昨日も、お兄様を愛しているとハッキリおっしゃっていたではありませんか!」 「……へっ?」  今度はムーが調子っ外れに聞き返す。どうやら最後まではその場にいなかったらしい。おおかた、キオがお姫様に顔を近づけたときに勘違いでもして慌てて遁走したのだろう。 「ムー?」  もう1度、キオは精一杯やさしく呼びかけた。カタカタと小刻みに指先を震わせているムー。 「大丈夫だよ。怒んないよ」  ムーはもはや泣きべそをかいていた。目の下も鼻の下も光っている。  カワイ……、などとこの惨めったらしい顔にキュンとできるのはキオくらいなものだ。目の前の男がそんな機微に浸っているとは思いもよらず、ムーは棒立ちになったまま瓦礫の床に向けて首を90度に折り曲げて、吐き出した。 「……オっ、オレ、が……、魔王を呼んだ……」 「……っ! やはりだ!」 「王子は魔王と通じていた!!」 「裏切っていたんだ人類を!」 「許されない、許されないことだ!!」  どよめきに揺れる大広間だが、それを制すべくキオはグルリと視線を旋回させ、観衆に向けて腕を持ち上げた。静寂が再訪するのを待ち、ポツリ、とムーが話し始める。 「……オレは……、王族としての力が無いし……。性格が悪くて嫌われていることも、妹のほうがずっと優れていると皆が思っていることも、知っていた……とっくに」 「お兄様……」  お姫様だけでなく、国王夫妻や大臣、城の者たちも誰もが黙ってムーの告解に耳を澄ましている。サガンたちもだ。 「だけど、キ……っ、勇者、だけが……、オレのことを嫌わなかった。理由はよく分からなかったけど、オレを守ると勇者は言った。旅の間中守られて、少し強くなれて、認められたと思えて、オレは……、幸せだった。でも……っ」  ムーの黒い瞳からハラハラと一直線に落とされた涙が、割れた床石に吸い込まれてゆく。 「でもっ、所詮オレには加護の儀式はできなくて! やっぱりクレアネーラには敵わなくて! 父上と同じで勇者もどうせ、オレじゃなくクレアネーラを選ぶんだと思ったら、耐え切れなくなって!!」  ムーの涙腺は崩壊していた。顔中から水分を放出して嗚咽している。  バカだなあ、とそれを眺めながらキオは溜め息を吐いた。  そんなカワイイ理由で世界を滅ぼそうとしてどうする。 「……し、処刑だ!! 王子を処刑すべきだ!! 人類への反逆だ!!」  例のダミ声がまた投げつけられた。うるさいなあ、とジロリとキオは中年男を睨みつける。男はそれに怯んだようで、負け惜しみのように小声で何かをゴニョゴニョと付け足している。  しかし国王のほうにも何やら、大臣や重臣たちから進言がなされているようだった。 「ムーゼルヴァニエツィアよ」  ムーの長い長い名を呼ぶのはこの父くらいだろう。国王は悲しげなやるせない面持ちで息子を見た。隣ではまだ大臣による囁くような上申が続いている。何を言っているのかは聞こえないが、残念ながら良い雰囲気が漂っているようには見えない。 「お待ちください国王!」  泣きじゃくるムーを抱き寄せ、キオは毅然と国王の次の発言を遮った。 「ムーに魔王城とのゲートを開くことはできません!!」  ずっと考えていた。悪役王子と魔王のことを。  断言するキオの大変に整った横顔を、顔面をぐちゃぐちゃにしたムーも含め、そこに佇むすべての人々が注視して息を止めた。 「だってムー、すっごいバカなんだもん!」 ----------

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