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12.幕切れと10回目

 止まっていた全員分の息が、訳も分からず一旦呑み込まれる。そのままポカンと口を開けている者も多い。 「ワープゲートの開き方なんてムーに分かるわけないでしょ? ましてや魔王と内通? 交渉して取引? そんなに頭が回ると思う? ムーだよ?」  誰も何も発せない奇妙奇天烈なこの状況。朝日に煌々と照らされたボロボロの大広間に、段々と愚にもつかない雰囲気が揺蕩い始める。 「いっしょに旅をして、毎日いっしょにいて、ずーっとムーを見てきた僕から今、言えることは1つだよ」  キオは大きく息を吸い込んだ。 「……ムーにはね、無理っ!!」 「ブブブーーッ!」  斜め後ろでチタが盛大に吹き出した。サガンもエウロも体を揺らして笑いを堪えている。  ムーはまだ涙も鼻水も涎も引っ込まぬままに真っ赤になっていた。これは多分怒っている顔だ。 「なっ……、な……!」 「何だそれは!! たった今王子本人が魔王を呼んだと自ら認めたのだぞ!」  ムーが抗議の言葉を見つけるより早く、大変な気迫で怒鳴りつけてきたのは、国王の隣で忠臣ぶっていた大臣だった。キオの記憶が正しければ、加護の儀式でチタに力を授けたムーの叔父、ジンガロ大臣だ。  キオは人差し指を1本立て、顔の前でわざとらしく左右に振って唇を鳴らした。 「じゃあ確認するけどムー、どうやって魔王を呼んだの? 魔王と何か話した?」  肩を抱かれたままのムーが、キオと国王、大臣の顔をキョロキョロと順番に見比べながら、おずおずと答えた。 「えと……、話してはいない。魔王来いーーっ!!……って、思った」 「ギャーッハッハッハッハ!!」  チタはもはや腹を抱えて涙ぐんでいる。事態が飲み込めない人々は、まだ凍りついたままだけれど。 「つ、強く念じたんだぞ!! こんな王国なんて滅びろとも思った。それに……勇者なんか、死んでしまえって。そしたら魔王が来た! オレが呼んだんだ!」  笑われたことが不本意な様子でムーは、一生懸命説明を加えた。しかしもうチタのみならず、サガンとエウロも声に出して大笑いを始めている。 「ハッハッハ! 願っただけで開くワープゲートなんかあるもんかよ!」 「フッフフフ、劣等感や嫉妬心なんて誰にでもありますよ王子。そんなもので簡単に魔王が呼び寄せられるとでも?」 「ち、違う!!」  怒りで血を上らせた真っ赤なムーが、キオの手を撥ねつけて地団駄を踏んだ。そして真っ直ぐに腕を伸ばし、正面方向に立つ人物を迷い無く指し示した。 「昨日の夜遅くに教わったんだ! やり方も聞いた! 地下の宝物庫の奥で強く念じろって! 気に入らないものは全部滅ぼして消してしまえばいいって、魔王に手伝わせればいいって、……叔父上が!!」  ひりつく一時の沈黙が訪れた。ムーの指の先には、ジンガロ大臣が立っている。取り乱すことも無く、悠然と胸を張り国王の右腕然として。 「おやおやー? 黒幕判明しちゃったー?」  揃えた手の指を口に当て、キオはせせら笑うように挑発してやった。けれども相手は海千山千の切れ者大臣である。軽くいなすべくこちらへ顎を上げてほくそ笑み返される。 「ハッ、知らんな。後半はすべて王子の作り話だろう。魔王を手引きしたのは王子。現に魔王出現前後の王子の行動は非常に不可解だった。そうだろう?」 「そっ、それはっ……! その、あの、えーと……!」  指摘を受けて慌てふためく様だけで判断すると、怪しいのはムーにしか見えなくなってくるから困る。実際、事の次第を見定めようと固唾を呑んで静観している聴衆たちに今評決を取れば、嫌われ者のうえに自白まで済ませているムーのほうがまだまだ圧倒的に分が悪い。  ふむ、とキオは目を閉じ顎を触りながら頭を捻った。 「午前中は宝物庫に引きこもって魔王来い来いって頑張って念じてたんだよね? ムーのことだからどうせ、加護の儀式を見たくなかったんでしょ。でも魔王が現れたとき、そういやお姫様を突き飛ばしてどこか行ってたの見たなあ。あれは何だったの?」  ムーの唇がグインと突き出される。拗ねて、照れて、戸惑っているのだ。眉と眉がくっつきそうなほど寄せられて、眉間に深い皺が刻まれる。白目の充血は引かず、ズビっと鼻をすすっては目を泳がせて。 「言ってムー?」  得意のイケメンフェイス&ボイスで、キオはムーに近寄った。もっともこれはムーには効かない。後ろに立つ無関係のお姫様のほうがボーッと頬を染めている。 「……クレアネーラが……」  唇の先だけでボソボソとムーが呟いた。ん?とさらに顔を寄せるキオに、ムーは下を向いたまま大声で、捨て鉢のように喚いた。 「クレアネーラが! 貴様を助けに行くと言ったからだ! そんなの嫌だから!! オレが!! 守りたかったから!!」 「僕に死んで欲しかったんじゃなかったの?」 「取り消そうと思って!! ゲ、ゲートに……! 王国は滅んでもいいけど、勇者はやっぱり死なせないでくれって、もう1回、頼みに行こうと……」  次第に弱くなる語尾に、仲間たちはまたしても笑い転げている。 「キャハハハハゲートに頼むって何!」 「いつからワープゲートが神頼みスポットになったんだ」 「発想が子供のそれなんですよ王子は、徹頭徹尾まったく」  そうして魔王やら多数のモンスターやらを排出しているゲートをのこのこと見に行き、どうにもならないと察した結果、魔王の足の先をチクリと突き刺しに戻って来るというお粗末な事態になったのだろう。なんて笑えるんだ。  お姫様にキオを救わせたくなかったのも妹への対抗心だ。妹を危険な目に遭わせたくなかった、なんて当たり前の道徳心よりも。 「「「「バカだ(です)ね(な)ーー!」」」」  微妙に異なる言葉尻で、勇者一行の台詞が見事に重なった。  涙目でへの字口になって震えている悪役王子に、周囲の見る目が少しずつ変化してきたのは明らかだった。誰かの煽動ではなく、自分たちの目で真偽を見極めようとしてくれている。ありがたい。  そしてさらにありがたいことに、煽動役であったあのダミ声の中年男が、ここで悪目立ちをして自爆の道を辿る。 「おっ……、王子は! 世界の混乱を招いたんだぞ! 処刑だ、処刑しろーっ!!」  その無責任な指弾に便乗する声は、もうあがらなかった。喧騒の中で互いに顔を見合わせては、皆首を傾げるばかり。  キオはエウロに目配せをした。フッと頷いてエウロが牽引魔法を発動する。すかさずサガンが引き寄せられたダミ声の男の両腕を拘束し、その迫力ある体重と眼力とで威圧した。もはや男に抵抗する手立ては残されていなかった。 「ジ……っ、ジンガロ様ぁ……!」  憐れダミ声男は、親玉に助けを求める姿を群衆に晒したのだ。呆気ない幕切れであった。 ----------  それから数週間。  城の修繕は着々と進んでいた。各階を貫く大穴が完全に塞がるまでにはまだかかりそうだが、王国の貴重な宝や門外不出の各種文献などが収蔵されている地下宝物庫だけは、すぐにまた堅く閉ざされることとなった。  現在ジンガロ大臣は地下牢に幽閉されている。追って、処刑の沙汰が下るであろう。  王国の転覆と世界の混沌を望んでいたのは彼であった。権力がどうの玉座がどうのと滔々と語っていたようだが、魔王は毎回勇者キオに倒されることが決まっている。どのみち大臣の企てが成功する結末はやって来ない。その後どうするつもりだったのかは不明だが、自身の手の汚れをムーになすりつけ、ひとまずの身の安全を確保しようとしていたのだろう。大臣にとってムーはさぞかし、手の平で転がしやすいスケープゴートだったに違い無い。  用意された大量の料理を口いっぱいに頬張りながら、チタが笑う。 「ねえあの大臣、宝物庫の歴史書やら魔法書やらを何十年も研究し続けて、ようやく魔王城とのゲートを作り上げることに成功したんだってねー」  片手に骨つき肉を握ったまま、水のように酒を飲み下すサガンも続けた。 「そんな大層な作業が、たった半日で王子にできるわけ無えっつー話だよな。未だに笑えるぜ」  エウロはすっかりお気に入りとなった王国名産の楊梅のジュースの入ったグラスを回している。香りがよりまろやかになるのだとか。 「おかげで国民はすんなりと納得できたみたいですよ。王子には無理、というあのときのキオの口上も実によく効いていました」  そしてキオとムーは、見慣れた小競り合いを今日も繰り広げている。 「だーからー、ムーのことをバカだバカだって言ってたのは作戦だったんだよ? わざとだったの何度も説明したでしょ?」 「うるさい! オレ様はバカじゃない! バカって言うほうがバカ!」 「いつになったら許してくれるの?」 「一生許すもんかバカ者が!」 「……てことは、一生そばにいてくれるんだ?」 「……っ……?!」  返事を詰まらせたムーにギュッと腕を回し、キオはそのこめかみにちゅっと音を立てて口づけた。 「嬉しいよムー! 昨夜もベッドでいーっぱい愛を確かめ合ったもんねーっ!」 「バッ……!!!」  茹でダコがまたもや真っ赤に茹で上がった。茹だり過ぎて頭から湯気を噴きながら、ムーはヨタヨタと覚束ない足取りで逃げて行く。 「もー、やめなよキオー、王子ウブなんだからさあー」 「オレたちもあまり仲間の惚気話は聞きたくないんだが……」 「キオ、そうやって好きな子に意地悪していると嫌われますよ?」 「えー?」  軽く不満の意を返しながら、キオはこっそりと胸を押さえた。一生、そばにいられたらどんなにいいだろう。  10回目へのループの時が、おそらくもうあと少しでやって来ようとしている。 ----------

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