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13.この世界で僕は、

 ジンガロ大臣の処刑の日。  過去では8回、ムーが殺され続けてきた日でもある。そしてそのあと、たちどころにキオは旅立ちの場面に戻されてしまう、悪夢の日だ。 「どうした貴様、最近元気が無いな?」  ムーの無邪気な問いかけに、なるべく軽妙を気取って返事をする。 「もうムーったら、この前みたいに名前で呼んでよお。愛し合ってる2人なのに」 「バカッ」  ムーの叱責兼照れ隠しが今日もカワイイ。キオはムーに両腕を巻きつけて寄りかかった。滑らかで柔らかいのに丈夫で気に入っている上衣越しに、ムーの少し高い体温を堪能する。これがあと数時間後にはまた、薄っぺらい粗末な布の服に変わってしまうのか。この警戒心の無い温もりもまた、遠退いてしまうのか。 「……ねーえ、ムー」 「何だ」  キオはぼんやりと空を見上げていた。 「ムーはさあ、もしも僕のこと忘れちゃったとしても、……またいっしょにいてくれる?」 「は?」  ムーが怪訝な顔でキオを見つめる。こんなに近くに顔があっても、拒まず反らさず自然体でいてくれるまでになった現状に、あらためてじんわりと愉悦を感じてしまう。  忘れられたくない。例え次はさらに上手くやれるとしても、そんなことどうだっていいんだよ。忘れないで、無かったことにしないで。 「別に忘れたりしないぞ。貴様のような変なヤツ」 「アハハ。……変だよねえ」  笑いながらキオは滲んだ涙をそっと染み込ませるように、ムーの身につけているさらに上質な生地の肩口に静かに突っ伏した。 ----------  王国への憤懣、勇者への罵倒が、処刑間際の大臣の口から止めどなく吐き棄てられた。悪役王子の台詞が、ほぼそのまま悪役大臣にスライドした形である。何を言われようと何も感じないけれど。  今にして思えばこれまでの8回も同様に、ムーはジンガロ大臣に裏で操られていたに過ぎなかったのだろう。それに気づかず自分は、何度もムーを見殺しにしてしまった。 「……今までゴメンね、ムー……」  独りごちるように小さく、キオは呟いた。  真の悪役と露見した男の命の炎が消えゆくのと、まさに同時だった。  柔らかく温かな心地好い光が、キオの体をフワリと宙に浮かび上がらせるように包み込む。  またリセットされるのか、と覚悟を決めかけたキオは、ふと懐かしい既視感に直面した。この瞬間の感覚を知っている。そうだ、ループする前にはいつもこうして光に包まれて、上を見上げていたではないか。それが次に玉座前に跪くときには、何故だかまったくこのことだけを覚えていないのだ。  ガバッとキオは急いで体を反転させ真上に目を向けた。  厳かに壮麗に、そこには1人の美しい女性の姿があった。何度も見知った光景だ。思い出せなかっただけで。存在しなかったはずのキオの記憶の中で、彼女はいつも悲しそうな顔をしていた。  長く黒くゆったりと波打つ髪、慈愛に満ちた黒い瞳。 「は……、母上!!」  突如、隣からムーの叫び声が響いた。  ムーの体もキオのすぐそばで、光に支えられながら浮いている。 「ムー?! どうして……っ」  ここはキオと彼女しか存在しないはずの、ループの狭間の時空だというのに。  しかしなるほど、女性はムーによく似ているではないか。引き込まれそうな眼差しもそっくりだ。 「母上! 母上母上っ!! 生きておられたのですか母上!!」  ムーは必死に空へ向かって手を伸ばしもがいた。だが届くはずも無い。ムーの見開いた両目からは大量の涙が流れ出している。  ああ。  ようやく分かった。 「僕は……、やっと、守れたんですね」  キオの吐息混じりの言葉に女性は、満足気にニッコリと、このとき初めて微笑んだ。この世界へ転生してきたのも、何度も冒険を繰り返したのも、すべては愛しいムーを守るためだったのだ。 「ゴメンなさい、ゴメンなさい……っ」  もっと早く助けなくちゃならなかったのに。イケメン勇者だと浮かれてはしゃいで大切なことを見逃して、自分は正しく世界を救ってやっているつもりでいた。調子に乗って女遊びなんかしていた場合か? ループに飽き飽きし、惰性で戦っていた己れの、なんと愚かだったことか。  それでも貴女は僕に、9回もチャンスをくれたんだ。 「ありがとう、ございます……!」  ムー以上に激しく、キオは号泣していた。声をあげて、憚りもせずに。  ぎょっとしてうっかり泣き止んでしまったムーが、キオの背中に手をやりかけては下ろし、声をかけようとしては呑み込み、横でオロオロと戸惑っている。頭上に見える在りし日の母親に助けを求めるように、ムーは口を開こうとした。  ーー どうか、幸せに ーー  けれどもムーよりも先に、穏やかでやさしい声が上から2人に降り注いだ。想像よりもずっと人間らしい声だった。 「ハイ母上!」  泣きじゃくるキオの代わりに、ムーが滑舌の良い返事で応える。 「コイツはオレのことが好きなんです。母上以外は誰もオレを好きじゃなかったけど、でもコイツだけは好きなんだそうです。だからもう、母上がいたときと同じくらい、幸せなんです!」 「ム……!!」  名を呼んだつもりだったが、何の音にもなっていなかったかもしれない。嗚咽で喉が詰まり、胸が苦しい。泣きたくない、カッコ悪い。でもムーにとってはキオの顔がどうであろうと、勇者らしからぬ言動を見せようと、そんなのは取るに足らないことなのだともはやとっくに知っている。  キオは力一杯ムーを抱き締めた。 「こ、こら貴様! 母上の見てる前で……っ」 「お願いします!! このままムーを僕にください!! 一生守らせてください!!」  上辺だけの苦情を遮って、キオはムーの首筋に顔を埋めたまま叫んだ。 「忘れられたくない、戻りたくない。何度も何度も間違えたけど、守るどころか守られてばかりだけど、……この世界で僕は、もうムーのためにしか生きない!!」  生憎必死にムーの体にしがみついていたせいで、最後に彼女がおかしそうに大笑いした顔をキオは見ることができなかった。あとからムーに聞いた話では、母が生きていた頃、まだ小さな子供だったムーが見ていた笑い顔そのままだったとか。  いつの間にか光は消え、キオとムーは殺伐とした処刑場に立っていた。 ---------- 「そう言えばムーのお母さんって、今の王妃様じゃなかったんだねー」  よく晴れた日の朝、復旧もほぼ完了した城内で、キオは旅支度を進めていた。汚れを落とした愛用の防具を纏い、武器屋で磨き直してもらった勇者の剣を腰に差す。やはりこれが無ければ。ちなみに王国からの路銀は、以前よりも少々だけ増やしてもらえた。もっともらえても良いだけの働きはしたと思うのだが、これ以上は言うまい。 「何だ今頃。国民なら誰でも知っていることだぞ。母上が亡くなって父上は今の王妃を迎えられた。クレアネーラはそのあと生まれたんだ」  道理で髪の色も目の色も違うと思った。だが最近気づいたのだがこの兄妹、寝顔以外にも拗ねたときの膨らんだ頬もよく似ている。 「ずるいですわお兄様ばっかり! わたくしももっとキオ様のおそばにいたいですのに!」  ちゃっかりとキオの部屋に入り込み、プンプン怒っているお姫様。ループしていた頃はあまりこんな顔をすることは無かったのだが、彼女もまた少しずつ変わってきているのだろう。 「準備できたムー?」 「もうできている。貴様が遅いんだ」  キオの顔が綻ぶ。ムーもまた、いつものピカピカの鎧と高級剣を身につけていた。左手首にはあの賢者の腕輪も鈍く光っている。  キオはまた、新たな旅に出ることにした。宿敵魔王はもういないけれど、実はこの世界にはまだまだキオの知らない場所がたくさんあるというのだ。もうほぼ行き尽くしたと思っていたのに。  いいかげん冒険には嫌気がさしていたはずの自分が、また外を歩いてみる気になったのは我ながら意外だった。平和な王国でふかふかの羽布団にくるまりムーと蜜月を過ごす生活も、手放し難くはあるのだけれど。 「楽しみだな。また色んな景色が見られる」  だけどムーにこんなことを言われたらもう、じっとしていられないじゃないか。  羨むお姫様を宥め透かし、キオとムーは再び城を背に足を踏み出した。今度の見送りもまた派手だ。そんな中、はにかみながら手を振るムーに、お姫様が贈った言葉が印象に残っている。 「お兄様。この国は、この城は、貴方のお帰りになる場所ですのよ。わたくしたち家族は、いつでもお兄様をお待ちしております。いってらっしゃいませ」  さすが次期王位を引き継ぐ器である。妹の手前、ぐっと涙を堪えたムーの横顔も尊いけれど。  ヘニャリと顔の締まりを失くしたキオに、お姫様は口もとに両手を添え、一際大きな声で付け加えた。 「キオ様も!! いつでも!! すぐにでも!! わたくしのもとへ!!」  逞しいなあと思わず笑ってしまう。けれどもムッと唇を尖らせたムーが、キオの腕に爪を立てて鷲掴んだ。 「これはオレのだ」 「……んムーうぅぅーーー……っ!!」  感激に咽び飛びつこうとするキオの後ろから、お姫様や王国の人々の笑い声が聞こえた。 ----------

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