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1.発端

 異動してきた時は、ただのさえないおじさんにしか見えなかった。  髪型は普通で、顔も40代のおじさんというかんじで、どこにも注目する要素なんてなかったはずなのに―  嘘だろ、と思った。  マイクを持った中山さんは別人に見えた。  3月末に人事異動の発表があり、そこで中山さんが同じ部署に異動してくることを知った。  見た目ただの冴えないおじさんだったが、以前こちらの部署にいたことがあるらしく、「久しぶりだから勝手が違うな」と苦笑しながらもすぐに職場に馴染んでしまった。よくも悪くも空気のような存在になってしまった彼のことを若手ホープと冗談めかして言われる自分が気にするはずもなく、そのまま一か月が過ぎた。  そして迎えた歓迎会という名の飲み会の後の二次会、パートの女の子に連れられて行ったカラオケにも中山さんは着いてきた。課長曰く中山さんはすごく歌がうまいらしい。  そしてそれは事実だった。 「酔っぱらってるから、うまく歌えなかったらすいません」  そう言って頬を少し赤くしたまま歌った中山さんは、とんでもなくセクシーだった。マイクを持つ指先とか、時折そらされる顎の角度とか、意外に綺麗なうなじとか。俺はもう中山さんから目が離せなかった。  が、ちょっと待て。  相手は40代のおっさんだぞ?  あの首筋にむしゃぶりつきたいと思うとか、俺はとにかく疲れているに違いないと思った。  翌週、職場で会った中山さんはいつも通りで俺はほっとした。 「中山さん、すっごく歌うまいんですね! またみんなでカラオケに行きましょう!」  パートの女の子の褒め言葉に、恥ずかしそうに頭をかく姿がなんだかムカついた。おじさんなのに可愛く見えるとかなんなんだ。  それから俺はなんとなく中山さんを観察するようになった。  普段は作業着姿だから余計に冴えなく見えているのかもしれない。退勤後はスーツで帰宅していることから身だしなみは多少気を使っているのだと思う(大概の人は作業着のまま帰宅する)。いろいろな話から彼はまだ独身なのだと聞いた。それにほっとしてしまった自分はやっぱり疲れているのだろう。  課長とは仲がいいらしい。どうも中山さんは病気の親の看病をずっとしてきて気がついたら40歳を越えていたのだという。昨年闘病中の親が亡くなり、やっと肩の荷が下りたようだが、「昔はもっとこう生き生きしてて、若々しかったんだけどな」と課長がポツリと呟いていた。今までの看病疲れが、親が亡くなったことで一気に出てきたのかもしれないなと想像した。 (そっか、苦労人なんだ……)  俺のように兄がいて両親と同居してくれているわけではなかったのだろう。俺はますます彼から目が離せなくなった。

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