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第9話

翌朝。 ホテルのエントランス前に班ごとに整列し、バスに乗る。そこから一日自由行動だ。教師の話を聞く。一日の注意点をまとめて聞いて、自由行動が始まった。夕方まで、ずっとティルと二人だ。班の女子は整列のときまで一緒だったが、気づけば消えていた。 「あいつらどこ行ったんだろうな」 「え?」 「女子。一応今日も班行動だろ。先生に見つかると面倒だからな。建前上一緒にいた方がいいだろと思ったんだよ」 それを聞いてがっかりする気持ちと、よかったと思う気持ちが浮かんだ自分は、駄目なのかもしれない。リュートは思った。 ティルは班の女子と行動してもいいと思っていた。リュートと二人でいたいとそこまで思っていなかったのか?でも結局女子はいない。二人でいられる。二律背反を抱えて、リュートは曖昧に笑った。 「探す?」 望んでもいないことを問いかける。ティルはリュートの顔をしばらく見つめてから、そっと手を伸ばして、頭にぽん、と置いた。 「そんな顔されるとな」 「どんな顔?」 「そんな顔」 結局教えてくれないまま、行くぞ、とティルが歩き出す。それに追い付いて横に並んで、リュートは肩掛け鞄の肩紐をぎゅっと握った。 「でも、探した方がいいと思ってるなら」 「その話終わったんじゃねーの?探さなくてもいいだろ」 「……」 リュートはきゅっと唇を引き結ぶ。 ひょっとして、ティルの意に染まぬことを言ってしまったのではないだろうか。ティルは至って常識的に、班行動は班員とした方がいいと考えていたのではないか。それを、俺が余計なことを言って止めてしまったのだとしたら。それって友達として駄目なんじゃあ。 腹の底が冷える。ともだちじゃなくなる。どうしよう。呼吸が詰まって、吐き出せない息が肺の中で塊になって沈む。 「おい」 ティルが立ち止まって、リュートの顔色を窺っていた。 「ひでぇ顔色してんぞ。バス酔いでもしたか?大丈夫か?」 「あ……」 心配かけたら駄目だ。友達なんだから。迷惑かけたらいけない。リュートは首を横に振って、気分の悪さを振り払うように、努めていつもどおりに笑った。 「大丈夫だよ、ごめん。ちょっと酔ったのかも」 「マジか。あー」 ティルがきょろきょろと周囲を見回す。これから乗る予定の電車の駅を見つけて、ティルはリュートの手を引いて歩き出した。待合室に着くとそこの椅子にリュートを座らせてくれる。 古い待合室は、レトロな壁掛け時計がこちこちと秒針を揺らしていた。駅員もどこか眠たそうに欠伸をして、この駅舎の中だけ、外とは違う時間が流れているようだ。 それならそれでいい。いっそ外界と切り離されてしまえば―― 「リュート?」 思考が途切れる。ティルが横に座ってリュートを見ていた。心配そうに揺れる瞳に、大丈夫、と短く返して、リュートは鞄に入っていたお茶のペットボトルに口をつけた。既に温い。 「飲んでもいいのか?」 「うん、少しくらいなら」 「そうか。あんま無理すんなよ。本当に体調悪ぃなら先生に連絡して、早めにホテルに引き上げてもいいんだしな」 「……そうなったら、ティルはどうするの?観光続けるの?」 「お前がいないのに観光してもな。部屋でお前見ながらスマホ弄ってるわ」 「……そっか」 贅沢になっている気がする。 友達と呼んでもらえるだけで、最初は嬉しかった。 触れてくれるようになって、友達の温かさを知った。 思いのまま触れることを許されて、欲張りになった。 絶対に失いたくない、唯一無二の関係性。友達ってこういうものと、リュートはそう思っている。確かに、何か少し違うような気もするのだが、ティルが友達と言ってくれるし、自分もそう思っている。何も問題はない。 「もし本当に体調悪くてホテルに引き上げたらさ」 「おう」 「一緒に寝てくれる?」 「ぶっ」 ティルが吹き出す。誤魔化すように鞄からミネラルウォーターのペットボトルを取り出したティルは、わたわたしながら蓋を開けて、半分ほど一気に飲み干す。それから、がしがしと頭をかいて、リュートに言った。 「マジで言ってんのか、それ」 「寂しいから。横にいて欲しいなと思って」 「……いや、どうなんだ?お前、家で体調悪くて寝るときにお袋さんに添い寝してもらうのか?」 「そんなことしないけど」 「俺はどうなんだよ」 「ティルとは一緒にいたい」 「……」 「友達って、そうなんでしょ?」 リュートが問いかけると、ティルはあー、と意味もなく声を伸ばした。 「……そうかも、しんねぇな」 「じゃあいいよね?」 「……体調、良いままでいてくれ。頼むから」 「うん、もう大丈夫だよ。行こうか」 二人で立ち上がって、時刻表を眺める。乗る予定だった電車は既に行ってしまったので、もう十分ほど待って、次の電車に乗ることにする。切符を買って、改札を潜って。ホームで電車を待つ。そういえば百貨店に行くときもこんな感じだったな、と思い出していると、ティルがリュートを見下ろして笑った。 「百貨店行くときも電車だったな」 「俺も思い出してた」 「今日の服も、似合ってる。そのベージュのベスト、マジでお前のためにある服だよな」 そうかな、と思いながら服を見下ろす。確かにこれで金の糸が入っていたら髪の毛と同じ雰囲気になるかもしれない。みょーん。と伸ばして見ていると、ティルがやめとけ、伸びる。と注意した。 電車が入ってきたので、それに乗って次の行先に向かう。がたごとと見慣れぬ景色を眺めていると、このまま遠くに行けたらどうなるんだろうと埒のあかないことを考える。ただどこに辿り着いたとしても、ティルがいてくれたら自分は大丈夫だと思う。 ふと、リュートは気になっていたことを、ティルに尋ねることにした。 「ティルって彼女いたことあるの?」 「はあ?何だよ急に」 「気になって」 「……答えないと駄目なやつか?」 「うん、聞いてみたい」 「……いたよ。中三から高一の間、三人だったかな」 「そうなんだ」 「全部向こうから告ってきたけど、断る理由もなかったし、適当にな」 モテるだろうしなぁ、とリュートは思う。ティルは不良とつるんでいるから先生に注意されやすいが、成績は学年一位のリュートの次にずっと名前を載せているし、面倒見もよく、気の良い性格だ。女子だって放っておかないだろう。 電車が行先の駅に着いたので、下車する。 「旧都の遺跡だったけか。お前が行きたいの」 「そうだよ。ずっと気になってたんだ」 駅から暫く静かな道を歩く。すると古びた看板が、赤い矢印と共に『旧都遺跡』と示していたので、それのとおりに道なりに歩いて行く。すると突然視界が開けて、何もない草原が目の前に広がった。 「……ここか?」 「そうだよ。えーと」 地図を取り出して、リュートは大体の場所の当たりをつけて、 「あった!」 とん、と一抱え以上ありそうな大きな平たい石の上に乗る。 「……何やってんだ?」 「ここはね、大極殿跡なんだ。この石は大極殿を支える柱の下に置かれていた礎石」 「……ほう?」 「ここに旧都の政務庁舎があったと思うと、俺、感激だよ」 「悪ぃ、さっぱりわかんねーや。さっきからバッタが飛んでるほうが俺は気になる」 「草むらだしね」 すうっと大きく息を吸ってから、少しでも旧都の風を感じられないかと耳を澄ませる。古代の官人たちの営みに思いを馳せながら、リュートは遠くに見えるショッピングセンターを指差した。 「あそこは時の権力者の邸宅があった場所なんだ。もう跡形もないけど」 「へえ、皮肉なもんだな。権力者の邸宅が今や庶民の台所か」 「そうそう……」 と、そこまで言って、先程聞こうと思っていたことの続きを、リュートはティルに振った。 「ねえ」 「あ?」 「女子と付き合ってたんでしょ?一緒に寝たの?」 「なっ……!」 ティルは顔を真っ赤にして、礎石の上に立つリュートを見上げた。 「お前なあ!何聞いてんだよ!?」 「気になって」 「気にすんなよそういうことは!」 「でもその反応で察するよね」 とん、とリュートは礎石から飛び降りて、ふふ、と笑う。ティルは視線を逸らして、小さく舌打ちした。 そのまま少し歩いて、朱雀門の復元跡に来る。柱太いなぁ、と思いながらぐるりと門の周りを一周。何枚かスマホで写真を撮っておく。 「……お前さ」 「ん?」 どん、とティルがリュートを壁に押し付ける。え?と見上げると、ティルが覆いかぶさるようにリュートを見下ろしていた。ふと、誰も見てないよね?とそんなことを心配する。全然知らない人が今の俺たちを見たら、脅されていると勘違いされそうだから。ティル越しに旧都跡を見るが、誰もいない。よかった。 「何してんだ?」 「何も」 「つーかお前さ。俺が女と付き合ってる、ヤッてるかもって聞いて何も思わねぇのか?」 「男子高校生だしそういうこともあるよな。って思ってる」 「はぁ……」 額の当たりにティルの溜息がかかる。くすぐったい。顔を上げると橙の星がリュートを照らしていた。 「……ちょっとは、嫌だなとか思えよ」 「過去のティルに俺が何を言えるの」 「正論過ぎて何も言い返せねぇ」 ティルがずるずるとリュートの肩に頭を乗せる。頭一つ分の重みを感じながら、リュートは、思った。 (嫌、よりも、そのとき俺はいなかったってことの方が、辛いかも) 過去に行って、ティルの友達になれるわけがない。過去のその時間、ティルとリュートは他人だった。その時間すら、友達としていられたらよかったのにと、願ってしまう。 (言わないけどね) 「ほら、ティル起きて。次のお寺行かないと」 「はいはい……」 朱雀門から下りて、二人の時間を続けるべく、駅に向かった。

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