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第28話
そうして意識が現実に回帰する。ふと時計を見ると既に深夜。再び溜息をついて、ベッドから下りた。水でも飲もう。
階下に降りて、広い厨房の隅っこにある水道に向かって歩く。ざーっと水の流れる音、とぷとぷとコップに溜まる水。きゅっと栓を閉めて、水を飲もうとコップを口に近付けたとき。ふらっと厨房に人が現れた。
「……親父」
「ティルか」
コップを持ったまま、突然現れた父に驚く。
「何してんだよ」
「何となく寝付けなくてなぁ。一杯やってから寝ようと思って」
「酒臭いって母さんに嫌がられんぞ」
「彼女はそんなことで嫌がらんさ」
はっは、と笑いながら、大きな冷蔵庫を開けて缶チューハイを取り出す父。ティルはようやくコップの水を喉に流し込んで、酒を煽る父を見ていた。すると視線に気付いたのか、大らかな笑顔で父が言った。
「リュート君とはうまく行ってるのか?」
「ぶっ!」
もう一口飲もうと傾けたコップの中で咽る。何を言いだしたんだこの父は。というか、ティルは家の誰にも話していないのに。
「な、んで……」
「夏休みにほぼ毎日一緒にいたことか?うちのプライベートビーチ使ったことか?全部家令から聞いてるよ。日報に具さに書いてあったから」
「ああああああ……」
失念していた。夏の間はリュートのことで大変で。
この家の使用人を束ねる家令は、日報を父に提出している。その中にはその日の来客、何をしたか、細かく記載する必要がある。当然、リュートのことも。
「アルトフェルトのご子息に何をしているんだと最初は思ったものだが、まあお前たちがいいなら、好きにしなさい」
父が言いながら缶チューハイを飲む。ぷはー、なんて呑気に息を吐くのを聞きながら、ティルは思わず口走った。
「好きにしろって、無理だろ」
「何で」
「俺はノイズシュタインの嫡男で、あいつはアルトフェルトの嫡男だ。家を継ぐ重要な役割がある。俺たちが好きにしても、子供は生まれない。跡継ぎが続かない。そんな関係、早々に破綻する」
一息に言うと、父はきょとんとして、言った。
「別に継ぐほどの家じゃないからなぁ」
「は……?」
「アルトフェルト様はどうか知らんが、うちはどうせ成り上がりだから。商会だって、直系が継がなくてもいい。誰か他に有能な役員がいれば、会長の座は直ぐにでも譲れるさ」
「い……いや、でも」
「アルトフェルト様は五聖家でいらっしゃるけど……あの家も変わってるからな。リュート君に嫡男としての後継者教育はしていないと聞いたよ」
「はあ!?」
確かにリュートの発言を思い出すと、うちは普通の家だとか、ちょっと変な肩書がついてるだけだとか、そんなとぼけたことばかり言っていた。それがよもや、後継者教育を受けていないからだなんて、誰が想像できる?建国神話のアルトフェルトが、嫡男にすべき教育を、していないなんて!
「だから、本気でリュート君と添い遂げたいなら、好きにしなさい。父さんは応援するから」
「……」
開いた口が塞がらない。じゃあ俺がこれまで悩んでいたあれこれは、何だったんだ?でも父さんが好きにしろというのだ。好きにしていい……本当に?
「お前は生真面目な所があるからなぁ……それに、つけた後継者教育の教師もよくなかった。古い考えに凝り固まっていて、お前をノイズシュタインの嫡男たれと育て過ぎた」
「いや……確かに途中で先生変わったなとは思ってたけど」
「そういうことだ。しかし……お前、既になんかやらかしたな?」
ティルの様子から、父がそう推察してくる。鋭い。親に隠し事はできないなと痛感する。言ってしまったあれこれのことを考えて頭が痛くなる。すると父は、はいはい、と笑った。
「早く仲直りしなさい」
「はい……」
父が缶チューハイの空き缶をごみ箱に捨てて、おやすみーと廊下に消えていく。それを見送って、ティルはコップの水を一気に飲み干した。
明日、家令に調査を頼もう。もう、あいつの見合い現場に突撃するしかない。
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