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第30話
お見合いの日は、よく晴れていた。
爽やかな秋晴れで、透明感のある青空がすっきりと広がっている。紅葉も始まって、しっとりとしつつも鮮やかな季節が来たなと、リュートは思った。
見合い会場のホテルにある、広い庭園。その中を歩きながら、景色だけを見ようとする。
「……聞いてる?」
それが許されない状況であることを、否が応にも思い知らされる。高そうな振袖を着たその人が、リュートに問いかける。お見合いのために母が借りてきたスーツはどこか着心地がよくなくて、だからなのか、居心地も悪い。曖昧に微笑んで誤魔化すと、彼女は小さく笑った。
「全然話、聞いてないね」
「そんなことは」
「じゃあさっき、私なんて言った?」
「……」
「ほら、聞いてない」
正確には、聞いていたけど死ぬほど興味がなくて記憶に残らなかった、なのだが、そんなこと言う必要はないだろう。リュートは彼女の横を少し離れて歩きながら、そんなことを思った。
――ティルは、どうしているだろうか。
言葉に傷ついて、反射的にさよならと告げてしまった。後悔しているし、謝りたいと思っている。だってリュートにとってのティルは、唯一の存在だから。
根に侵食され、実際に死の淵に立ったとき、救ってくれたのは彼の愛だった。ずっと求めてやまなかったそれを、何故自分から手放すような真似をしたのだろう。案の定、楔から伸びる根は活性化し、連日連夜、それの対処に追われて寝不足である。
ティルの言っていたことは、自分たちの目の前にある問題点として、妥当な話だった。家のこと、跡継ぎのこと、同性であること。自分は、それを話し合いで解決すればいいと思っていたが、ティルはきっと違ったのだ。もう少し、彼の話に寄り添い、聞いてあげればよかったのに。
「……また、聞いてない」
彼女が横から、心底不服げに言う。そちらに視線を向けて、リュートは困ったように告げた。
「……興味が、ないんです。すみません。このお見合い自体、止むなく受けているので」
正直に言うと、彼女は一瞬目を瞠ってから、知ってた。と言った。
「アルトフェルトの嫡男が、お見合いほとんど受けないっていうのは、知ってた」
「……」
「でも、私――」
ああ、その先は聞きたくない。面倒な問題は背負い込みたくない。逃げ腰になりながら耳を塞ぎたい気持ちでいた、そのときだった。
「リュート!」
何で、彼は、特撮ヒーローのように、困っているときに駆けつけてくれるんだろう。
庭園の先。そこに立っていたのは、ティルだった。
「何で……」
見合い会場も知らないはず。何でここに?どうして?駆けつけてくれた喜びが一段落すると、リュートの中に無数の疑問が浮かぶ。
「行くぞ」
「え?」
歩み寄ってきたティルが、リュートの手首を掴んで、歩き出す。
「ちょっと!貴方一体!?」
彼女が叫ぶ。それはそうだ。お見合い会場に突っ込んできた男が、自分の伴侶候補を連れ去ろうとしている。叫びたくもなるだろう。だが、リュートとしては連れ去られたいのだ。
「悪ぃな。こいつは俺のだ」
「はあ!?」
「そういうわけだから、返してもらう」
ティルは言うだけ言って、ずんずんと歩き出す。行先は会場のホテルのロビー。いくつか受付で話をしたと思ったら、鍵を受け取って、またリュートを引きずって歩き出す。
「どこに……」
「部屋借りてるから。そこ」
一体何が起こっているのか、混乱しながらエレベーターに乗り込み、最上階の一つ下の階へ。エレベーターを下りて、角部屋。そういえば修学旅行のときも角部屋だったななんて思い出しながら、ティルに引きずられて部屋に入る。念入りに鍵をかけ、広々とした室内で、ようやく手を離される。
「ティル……」
思わず名前を呼ぶと、がしがしと頭に手を入れたティルが、振り返ってリュートを見た。
「色々、すまんかった」
「ティル」
「話をしなきゃなんねぇと思ったんだが、お前は見合いに行くだろうし、もうぶち壊すしかねぇなと思って」
「いや……お見合い壊すのは、ちょっと」
発想が既に不良集団にいた頃のティルになっている。さすがに……と引いていると、だって。とティルが言った。
「お前をどこかの知らん女に取られると思ったらだなあ」
「俺が今更女の人と付き合うと思うの?」
「さよならって言ったのはお前だろ。――見合い、受けるもんだと、思って」
「……それは、ごめん」
確かに、別れを告げて、それから見合いに行くとなれば、それを受けると思われても仕方がないのかもしれない。気まずい思いで視線を逸らすと、ティルが言った。
「うちの使用人に今日の見合い会場調べさせて、話するのにホテルの部屋取って……もう今日捕まえられなかったら終わるくらいの気持ちで、こっちは来たんだよ」
ティルが、すうっと息を吸って、
「リュート。俺はお前しか愛せない。愛してる。もう一度、俺の手を取ってくれるか?」
一息に、そう言った。
この人は、きっと何度でも、愛を告げるのだろう。喧嘩したときも、死が二人を分かつときも、どんなときでも。ただひたむきに愛していると。その愛が、どうしてこんなにも心地良く、幸せなのだろうか。それはきっと、自分も同じように、彼に愛を告げるだろうから。
「ティル。俺もティル以外愛せない。愛してる。何度でも、俺の手を握って」
そう言うと、ティルは一息に距離を詰めて、リュートを深く抱き締める。リュートも手を伸ばして、ティルの背中に腕を回す。ぎゅうっと力が籠もって、少し息苦しいのに、それすらも心地良い。
「ちゃんと、話し合おう。俺たちのこと」
「うん……俺も、ティルの話、ちゃんと聞くよ」
すりっと頬擦りして、リュートが言う。するとティルが、ふと、あー……とぼやいた。
「どうしたの?」
「いや……お見合いぶっ壊したの、絶対苦情入るよなって」
「そうだろうね。相手の面子潰したんだもの」
「……親父に相談すっか」
「俺も父さんに話しておくよ」
学生の身分で、できることは少ない。大人しく、力のある人間を頼ろう。
それはそれとして、今はただ、ティルの胸の温かさを感じていたいなと、リュートは思った。
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