31 / 37
第31話
「……まあ、言いたいことは、わかった」
アルトフェルト邸のリビング。そこにいるのは、父と、ティルの父。その正面に座るのは、リュートとティル。
先日のお見合いぶち壊しの件について、先方から正式に抗議が届いた。当然だ。
父が、何をした?と聞いてきたので、起こったことを正直に話して――今に至る。
こめかみを押さえながら、父が言う。
「元々乗り気でなく、穏当にお断りするつもりだったんだ。向こうから絶縁を申し出てくれたのは、ある意味助かったかもしれん」
そう。会社と財閥との関係は互いに益のあることだから継続するが、金輪際当家の娘と関わるなというのが、アルトフェルト側に伝えられた内容だった。
リュートは申し訳ない気持ちで、しゅん、と小さくなる。
レオンの件もあって、また自分が父の仕事についてやらかしたという思いが強い。この話についてはティルから何度も、お前がしたことじゃなくて俺がぶち壊したのが原因だと言われていても、飲み込めない。
小さくなるリュートに、父が何を思ったのか。あのな、と声をかけてきた。
「お前みたいに責任の取れない年代のすることなんて、何も迷惑じゃない」
「……」
「色々失敗することもあるだろうが、たくさん失敗して、大人になりなさい」
「……でも。俺。もう二回目で」
「ヴァイスベルクのことか?」
「っ!知って……」
ぎゅうっと膝の上で拳を握る。ティルがそっと手を伸ばして、リュートの手を包んだ。それを複雑そうな顔でティル父が見ている。
「何か色々妨害してきたが、全部跳ねのけたから。お前の話も後からヴァイスベルクに直接言われたが、お前が話したことなんて、私の事業の端っこでしかないからな。無風だったよ」
はっ、と息が詰まる。そんな、俺はずっと、ずっと、俺が悪いと思い込んできた。違った?
「リュート」
ティルが、肩を抱いて抱き締める。
「だから言ったろ。お前は悪くないって」
「でも……」
「親父さんもそう言ってる。もう、許してやれ」
「……」
許す……許せそうになかった自分のことを。本当にいいのか?ぐるぐると思考が回る。どうにも、直ぐに結論は出なさそうだ。
「そちらのお話はいいのですが……」
ティル父が、すっと話を差し込んだと思ったら、椅子から飛び降りて土下座し始めた。
「ノイズシュタインさん!?」
父が驚くのもティル父を止めるには何の力も持たなかった。がばっと頭を下げて、この度は!と叫んだ。
「我が愚息がとんでもないことを……!」
「いや。大したことにはならなかったので」
「いえ!私が安易に、貴家の息子様に謝罪しろと言わなければこのようなことには!」
「うちもお断りするつもりで息子を送り出しているので……」
「まさか見合いの会場に突撃をかますとは……!我が家の家令も加担していると聞きました!全員厳重注意の上減俸いたしますので!」
「俺が一人で計画したことだ。家令や他の連中は関係ねぇよ」
「黙りなさいこのバカ息子!アルトフェルト様のご子息を恋人にしているだけで世が世なら打ち首だぞ!わかっているのか!?」
「すごいとは思ってたが、お前んちそんなになのか?」
「さあ……?」
そうなの?とリュートが父に視線を送ると、まあ……と言葉を濁した。
「アルトフェルト家は五聖家の中でも最も家格が高い家だしな……私も妻を娶るときは苦労したよ……」
そうなんだ、とリュートは思う。
でもうちは、母が自らスーパーに行って買い物をして、今日はサンマが安かったのよ!と嬉しそうにするような家だ。家格と言われてもピンとこない。
「さて……まあ若い二人の感情のもつれが原因であることはわかったし、先方も絶縁で済ませてくれた。うちとしてはこれ以上、ノイズシュタインさんに何かを求めるつもりはありませんよ」
父がそう、穏やかに締め括る。だがティル父は首を横に振った。
「アルトフェルト様にご迷惑をおかけしておいて、のうのうと商売を続けることなどできません……!」
「ですがノイズシュタイン商会が潰れては、我が国の流通は死にますよ」
「事業を貴家に譲ります……!」
「いりませんよ」
父が淡々と押し返す。
ティル父は、なんというか。感情が豊かな人だなと思う。ティルのメンタル乙女とどこか通じるものを感じて、口元が緩む。先程まで沈んでいた気持ちが、ティル父を見ていると少しずつ浮かんでくる。
「リュートの親父さんもこう言ってんだし、もういいだろ」
「いいわけあるか!?」
くあっ、とティルに吠えるティル父。それを苦笑い気味に、
「すみませんね……うちの親父、アルトフェルト家を崇拝してるから」
ティルがそう言うと、父は苦笑いを浮かべた。
「資産家の中にもそういう者はいる。君のお父上だけが特別なわけではないよ」
「お話は終わったの?」
リビングに入ってきたのは母だった。いつも通りにこにこと微笑んで、父に視線を送っている。
「あなた、お茶とお菓子はまだいります?」
「いや、大丈夫……どうかしましたか?」
父が怪訝そうにティル父を見る。ティル父が、母を見てぽーっとしていた。
「……親父」
呆れたようにティルが言う。すると、はっ、としたように我に返ったティル父が、母に向かって深々と一礼した。
「アルトフェルト直系の……!」
「はい。マリエルです」
「お名前も何と美しい……!」
「おい親父」
ティルが思いっきり脇を小突く。ひょっとしてノイズシュタイン一族はアルトフェルト直系の顔に弱いんだろうか。
だが父は許せなかったらしく、満面の笑みを引きつらせ、言った。
「今!直ぐ!お帰り下さい!妻は私のものです!」
「まあ、あなた」
頬を珍しく赤く染めた母が、父の側に寄り添う。
リュートはティルに視線を送る。悪ぃ、と手を出して、ティルは自分の父親を引きずって、アルトフェルト邸を後にした。
ともだちにシェアしよう!

