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Prologue -Chapter1-
ー土砂降りの雨が降っている。
乱れた呼吸も。
ベッドも。
君の涙さえも。
何もかもをかき消すように
雨が降っているーーー。
男は呼吸が整わないまま
動けないでいた。
横たわる白い頬にゆっくり手を伸ばす。
紫音はその手から顔を逸らした。
「......帰って。」
僅かにその長い睫毛が震える。
遠雷が地鳴りのよう響いていた。
ーーーChapter1ーーー
ー 1年後 ー
市内の小さなワンルームアパートで
紫音は小さく悲鳴をあげていた。
「も、無理。あっつ。」
堪らずにエアコンの温度を下げて
ベッドに体を投げ込む。
剥き出しになった白い足を投げ出して
額の汗を拭った。
この部屋で唯一気に入っているベランダからは、強い西陽が差し込んでいた。
彼の淡いアッシュの髪も
白い肌も
不思議な色の瞳も
茜色に溶け入る様だった。
車通りの少ない入り込んだ立地の
古いアパートからは
街の喧騒も少し遠のいて聞こえた。
「あ」
天井を見上げたまま
動けなくなっていた紫音は
不意に短く声を上げた。
...この足音は。
ーーー来る。
......3、 2、 1 ーーー。
彼が頭の中でカウントダウンすると
部屋の前で足音は止まり
ガチャン!と鍵の開く音がした。
「やっほー!しーちゃん!」
ーーーやっぱり来た。
勝手に部屋の鍵を開けて入って来た男は、手に小さなコンビニの袋を1つ提げている。
「......お兄さーん、
部屋間違えてますよー......。」
紫音はベッドに横になったまま
気のない返事をした。
「うーわ眩しッ!」
男は紫音に構わず靴を脱ぐと
西陽に目を細めた。
ごとん。と音を立てて彼の
大きな靴が足元に転がる。
彼が歩くとジャラジャラと
ズボンの装飾とポケットのキーケースが
硬い金属音を立てた。
「アチー」と呟きながら我が物顔で
ベッドの脇まで侵入した男は
にっと八重歯を見せる。
「アイス買って来たから
一緒に食おうぜ!」
「...んー。」
紫音は目を合わせないようにして答えた。
「おーおー。
今日もつれないねぇ。別嬪さん。」
男は無造作に一括りにした髪の毛を
ガシガシ掻いてアイスクリームの容器を
紫音の首筋に当てた。
そして「ヒャッ!」と紫音が声を上げると
満足そうに口の端を吊り上げた。
「何すんだよナギッ!」
紫音はベッドの脇に向けて足を蹴り上げたが、奈義はひょいと交してベッドに腰掛ける。
jo malone londonの香りが近くなって
彼の重みの分ベッドが沈んだ。
「しーちゃんのはこっちね。」
と、チョコミントの
アイスクリームを差し出す。
今日の気分はチョコミントではなかったが
紫音は仕方なく手に取った。
奈義はチョコミントを食べない。
「ナギ、バイトは?」
「ん?ほわった。(終わった。)」
奈義はお気に入りのソーダ味の
アイスキャンディーを
口に突っ込んだまま答えた。
「ふーん。」
「ねぇしーちゃんシャワー借りてい?」
「帰って浴びろよ!」
「えー......。面倒臭ぇし、いいじゃん!」
「部屋隣だろ!水道代泥棒!」
「ケチケチすんなよ。
アイス買って来ただろー?」
「このッ!」
今度は至近距離で足を振り上げたが
奈義はその足をも軽くあしらうと
「痛ぇよ」とだけ短く言った。
それから黙々とアイスクリームを頬張り
一足先に食べ終えると
Tシャツを頭から乱暴に脱ぎ捨てる。
そしてベルトを外しながら重たそうなジーンズを「よっ」と足で蹴り飛ばし、
筋トレの成果を見せつける様に
バスルームへ向かってしまった。
ーーー 勝手なヤツ。
奈義は幼馴染だ。
気付けば隣には奈義がいた。
いつが最初の記憶かなんて分からない。
保育園から大学に至るまで
ずっと隣に住んでいる。
母親同士が勝手に交換した合鍵。
『有事の時に安心だから。』
ーーという事だが...。
……そのせいで余計な迷惑を
被ってるんだけど。
紫音は一つため息を吐いた。
シャワールームから
奈義がシャワーを浴びる音がする。
遠のいていた街の喧騒が
少しだけ風に乗って耳に届いていた。
紫音はアイスクリームを
掬い取るように一口舐めると
指に付いたチョコミントを眺め、
視線を窓の外に移す。
何処かで蝉が鳴く声がした。
ーーーきっとこの後
ナギは俺を抱くんだろう。
吹き込んだ風には
夜の匂いが混ざっていた。
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