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1、はずれくじ*
「あ、あっ、グレ、グレン、ッ」
褥 に組み敷いた男は、涙目になって喘いでいる。
「ん? どうしたの?」
グレンは相手の耳許にくちびるを寄せ、敢えてとぼけつつ、やさしげに囁いた。
「っ、そこっ、そこ、だめっ……ん、んぁ、あッ」
「ここ?」
「ッ、あぁあッ」
グレンが腰を押しつけると、相手はびくびくと身体をふるわせた。それを見たグレンは、はは、と、笑う。
「うそつき。だめじゃないでしょ。あんたのここ、突くたびに、俺のこときゅうきゅう締め付けてきてますよ。いまだって、こうッ、してやると、ほら、ねッ」
わかるでしょ、と、低く甘く囁きながら、グレンは容赦なく相手を突き上げ、奥を捏ねるように腰を使った。
「っ、あッ、んぁあ、あ、アァッ」
「ナカうねって、びくびくしてる……ねえ閣下、きもちいい?」
「ん、んぁ、あッ……きもちぃ、ッ、きもちぃ、からっ……もっ、いきたっ、いかせ、て……ッ」
おねがい、と、熱を帯びてとろりと蕩 けた眸がグレンを見上げて、舌っ足らずに懇願された。グレンは軽く息を詰める。
「っ、まだ、だめですよ。もうちょっと、俺にご奉仕させてくれないと」
ぺろ、と、無意識に唇を舐め、相手の細い腰を左手でがしりと掴んだ。
「だって、夜伽 が俺の仕事ですからね。――そうでしょう……公爵サマ?」
身体を倒して、深く唇を重ねる。舌を絡めながら掻き抱いて、グレンはますます烈しい抜き差しで相手を追い詰めにかかった。
***
「本日付けで殿下の護衛官に着任いたします、ヴェストーレ子爵家次男、グレン・ヴェストーレと申します。リシェルノア王子殿下には、以後、よろしくお見知りおきを」
入室してすぐ、グレンは余所 向きの笑みを顔に張り付け、今日この時から直属の主になる人物に対し、ごく当たり障りのない挨拶をした。
リシェルノア・ラディア=アルノヴィア。
ここアルノヴィア王国の、彼は第一王子である。御年二十三。グレンよりひとつ年上だ。現国王の第一子ではあるが、あまり爵位の高くない側妃腹の王子であるため、皇位継承順位は高くない。かといって、まったく可能性がないほど低いわけでもない。すなわち、なんとも微妙で、ある種厄介な立場の王子であった。
まったくもって損な役回りを宛がわれたものだ、と、グレンは思う。
けれどももちろん、そんな思いは噫 にも出さず、人好きのする笑みを浮かべて執務机の王子と相対し、彼から返る御言葉を待った。
ペンを片手に書面に視線を落としていた相手が、ゆっくりと顔を上げる。冷たい印象の蒼灰 の眸がグレンのほうに据えられた。
「聞いている、ヴェストーレ卿」
感情の籠らない声で短く言って、リシェルノア王子は椅子から立った。
「私には兄がおりますので、よろしければグレンと」
「では、グレン卿」
言い直したリシェルノアは、執務机の前に立つと、すっと右手を前に差し出した。
握手を求める手付きではない。跪 いて忠誠を誓え、と、そういう仕草だ。なんの躊躇もなく、あまりにもあたりまえにそれを求めるところには、王族らしい傲慢さが滲んでいるように思えた。
が、グレンはにこやかな表情を崩さない。つかつか、と、リシェルノアの前まで歩くと、さっと片膝を突き、相手の右手を取った。軽く項 垂 れ、きれいに整えられた爪のかざる指先に自分の額を押し付ける。
「これよりのち、我が身はあなたのために、我が心はあなたと共に……身命を賭してお護りいたします」
誓いの言葉をつらつらと並べ立て、グレンは顔を上げ、にこ、と、笑った。焦げ茶色の眸でリシェルノアを真っ直ぐに見詰める。が、相手の蒼灰の眸の奥には、何の感動も映ってはいなかった。
「よろしく頼む」
薄いくちびるが紡いだその言葉も、なおざりで、感情の起伏に乏しいものだった。
これは噂のとおりのようだな、と、許されて立ち上がりながら、グレンは気付かれないように軽く溜め息をついた。
仕事はそれなりに出来るが、無愛想で近寄りがたい。周囲の者から嫌われているとはいわないが、お世辞にも好かれているとはいえない。とにかく親しみにくい。孤立しているわけではないが、選んで彼のまわりにいたがる人間などいないだろう。実際、長く仕え続ける者もいないようだ――……それが、第一王子リシェルノアについて、グレンが耳にした風聞だった。
そんな王子に、今日からお仕えしなければならない。
まあ外れ籤 だよな、と、グレンは思った。
*
グレンがリシェルノアの護衛官となって、三日が過ぎようとしていた。
リシェルノアはあまり出歩くことがなく、たいていは執務室で仕事をしている。王子として、国王領の経営に関する仕事の一部を担っているということだった。
主が部屋から出ないので、彼の護衛が仕事であるグレンも、自然、部屋に籠りきりだ。王子は他愛ない世間話を楽しむようなタイプではなかったので、グレンの職務はといえば、ただただ彼の傍らに突っ立っていること。もちろん護衛騎士として、護衛対象の傍で油断し切ったりはしないものの、少々退屈する瞬間もないではなかった。
やっぱり外れ籤だ、と、表面では真面目くさった騎士の顔を崩さないまま、グレンは心の中でだけ考える。たとえば王子の無愛想を理由に配置換えを願い出たならば、受理されるのだろうか。着任三日ではさすがに無理だろうが、これまで彼に長く仕え続けた者が――侍官や侍女にしろ、護衛官にしろ――いないことを考えると、半年くらい我慢した後であれば、配置転換希望も容 れられるのではないかという気がしていた。
実際、リシェルノアの周囲には、人が居つかない。
だが、それもまあ仕方がないのではないか、と、グレンは思う。
グレンがそう思う根拠となるような出来事が、いまもまさに、目の前で展開されようとしていた。
「殿下、お茶をお持ちいたしました」
サービスワゴンに茶器一式や菓子などを載せて執務室に入ってきた侍女が、恭しく一礼してそう告げる。まだ若い、おそらくグレンよりも二、三歳は年下だろう年齢の娘だった。
「そこに置いておけ」
少し緊張した面持ちで銀の盆に載せた茶器を運ぶ娘に、リシェルノアは書類から目を上げることもなく、短く言った。声音は平坦で、彼女への感謝を窺わせるような温かみはまるでない。
「承知いたしました」
侍女は小さく返事をすると、机の端に盆を置いた。リシェルノアのこうした対応は初めてではないのだろう、彼女の反応にも感情の起伏はない。ただ義務的に給仕を終えると、深々と礼をして、部屋を出ていってしまった。
扉が閉まると、グレンは小さく溜め息をついた。こうした光景を、このたった三日で、もう何度も目の当たりにしていた。
リシェルノアは相変わらず書類に目を落としたままだ。侍女が淹れてくれた茶に手を伸ばす様子もない。あれではせっかくの茶が冷めてしまうだろう。
「殿下」
「何だ、グレン卿」
「お茶、お飲みにならないんで? 冷めちゃいますよ」
つい言ってしまってから、グレンは、やってしまった、と、口を噤んだ。着任して三日で、まだ主従関係も浅い。しかも、この先、深化させていくつもりもなければ、そうなる見込みもまるでない。それなのに、つい、余計な口出しをしてしまった気がしたからだ。
リシェルノアは冷たい蒼灰色の眸で、じろ、と、グレンを見る。
「すみません、差し出口でした」
グレンは反射的に詫びの言葉を口にしていた。リシェルノアからの返事はなく、はあ、と、気づかれないように嘆息した。
やはり噂どおりだ、と、思う。
仕事はできるが、人当たりが悪い。愛想がない。つまりは、自分に仕えてくれている周囲の者への感謝なり配慮なりが、リシェルノアからはまるで感じられないのだった。
もちろん命じられた職務である以上、やるべきことはやる。先程の侍女でもそうあろう。給仕を投げ出したりはしない。だが、これでは、誰も心から彼に仕えようとは思わないのではないだろうか。
執事、侍官、近衛兵。誰に対しても必要最低限の言葉しか交わさない。さすがというべきか、指示や命令は的確ではあった。が、それに従った者に対する感謝や慰労の言葉のひとつくらいあってもいいのに、と、グレンなどは思う。
言葉でなくとも、にこりと笑うくらいのことはしてみたらいいのだ。しかし、もちろんのこと、リシェルノアの笑った顔など、グレンはまだ一度たりとも見ていなかった。
外れ籤だ。
微妙な立場の第一王子。彼に仕え、心を尽くして、主従関係を深めてみたところで、将来的な出世につながるわけでもないだろう。それならばせめて、うちの王子は素晴らしい、と、胸を反らして誇れるような人柄ででもあってくれればいいものを、と、そう思う。
ちらりと窺い見たリシェルノアの顔は、端整でうつくしいが、やはり欠片 の愛想もなかった。
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