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第1話

待ち合わせのカフェに、僕は少し息を切らして入っていった。 約束の時間に、30分近く遅れている。 帰ろうと足を踏み出したまさにその時、クライアントから電話が入り足止めされたのだ。落ち着こうとはしたのだが、クライアントには多少無礼な態度になったかもしれない。実際、一度、気分でも悪いのかと聞かれたし。だが、今日は僕の淡白なあの人と久しぶりに会えるのだ。少々の困難は乗り越えなくてはならない。 カフェのオープンテラスに出て行くと、焦茶色に黒ずんだ、趣のある木製の床が張られたテラスの端の席に、僕の待ち合わせの相手が座っているのが見えた。 黒いアイアンの背もたれに身体をゆったり預けて、本屋のカバーをかけた文庫本に目を落とし、時折傍らのテーブルに置かれた白いプラスチックのカップに口をつける。ウェーブのかかった茶色の髪が顔にかかり、すっとした高い鼻とそこに掛かる銀縁のメガネ、少し赤みがかった唇の一部だけがのぞいていた。遠目から見ても細っそりとした優雅な姿に、あの人が本当に僕の恋人なのかとつい疑ってしまう。 ただ、いつものように、彼は視線を上げて僕を探す素振りは見せなかった。30分も遅れているというのに。 僕は頭を振ってネガティヴな感情を払うと、笑顔を作って彼のテーブルに近づいた。 僕の影が本に落ちて、ようやく彼が顔を上げた。 「衛」 彼が口元をほころばせ、白い歯をのぞかせた。

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