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第2話
僕を見て嬉しそうに微笑んでいる彼を前にすると、僕のさっき感じたネガティヴな感情など、記憶の引き出しの奥の方に放り込んで、無かったことにして全然平気だ。
「稔さん、お待たせしてすみません」
「構わないよ。本を読んでいたし」
稔さんはカップに残ったコーヒーを飲み干すと、立ち上がって僕の方を向いた。
「出ようか」
僕、小田切衛と、秋川稔さんは大学の先輩後輩だ。
僕が大学2年になって、所属するゼミが決まったある日、用事があってゼミの教授の部屋に行ったら、教授がいなくて稔さんがいた。
僕が自分の性癖を認識したのは、中学生の頃だ。同級生たちが同じクラスや、先輩後輩の女子たちのことを色々噂している時、彼らが女子を見るのと同じ目線で、僕は男子を見ている事に気づいた。自分がゲイかもしれないと思った時はさすがに少し悩んだが、僕は性的には淡白な方で、恋人が欲しいとはあまり思わなかったし、そんなことより吹奏楽部でチューバを吹く事に熱中していた。
それでも体が大きく、眉毛が太めの男臭い風貌だが、女子に性的な興味が無いぶん変に意識する事なく、フレンドリーに接することが出来るので、かえってモテたりしていた。高校時代には周りの友人たちが次々と彼女を作るのに刺激されて、バレンタインにチョコをくれた、ひとつ年下のあまり女子っぽくないさっぱりした雰囲気の子と付き合ってみた。彼女のことは好きではあったのだが、それはやはり恋ではなく友情で、僕の恋人としての振る舞いに物足りなさを感じたのだろう、彼女は2ヶ月ほどで離れていった。
その後、稔さんと出会うまで、男女を問わず誰とも付き合ったことは無かったが、彼女には今でも悪かったと思っている。
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