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06 でも、それがこわい
「ああ。特に去年の魔力循環効率の再定義は良かったな。魔力が少ない人間でも、大掛かりな魔術が扱える可能性がある。一昨年の複合陣式に関する検証も、実証に至るには試行回数に欠ける部分はあったが、研究設備と資源さえあればお前なら証明に至るだろう。実に素晴らしい! ああ、やはり俺はお前が欲しい、バルトロメイ!!」
バルトロメイの論文や研究は全て未来を変える可能性の大きい、実に魅力的なものばかりだ。
思い出すだけで胸が踊り、声が自然と大きくなる。食堂という場所がらか、突然大声を張り上げた俺に視線が集まったが気にしてなどいられない。興奮から目尻が赤く染まる。
この男を俺の国に持ち帰れば、どれほどの発展が見込めるものか、計り知れない。
「複合陣式に関する検証は失敗扱いされて笑われてんだけど。天才様の夢想だって。遊びで研究にまで手出せて、余裕だよなってさ」
「遊び!? お前の研究のどこがだ! それはお前へのやっかみだ。今実現出来ないからと何故未来でも可能ではないと言える? 失敗は成功の種だ。おお、バルトロメイ……! 俺ならばお前の研究に必要な設備や人材を確保することが出来る! 何が欲しい? 何が必要だ? 何があればお前は俺の元へ来る?」
「………」
バルトロメイが黙り込む。いつもの彼なら「行かねえよ」と即答されていただろうに、今日は何故か何か考えているようだった。
検討してくれているのだろうか。
ここは攻め時だ。
「ツィリル!」
「はっ」
「えっ、……えっ、だ、ダレこの人……どっから出てきた? あ、いやアレクセイのいつもの従者の人……!?」
いつもの従者の人と呼ばれたツィリルは、動いたことで一房こぼれ落ちた金色の髪を耳にかけながら表情を一切変えずにバルトロメイの前に資料を置いた。そのまま頭を下げ俺の後ろへ控える。
バルトロメイは目を白黒させ、資料とツィリル、そして俺へとせわしなく視線を動かしていた。
「これは我が家が所有する研究施設の一覧だ。こちらが現在稼働している魔鉱石精製設備、こちらが研究者数、こちらが予算。さらに必要なら新設する」
「新設?」
「当然だ。お前を呼ぶのだぞ?」
「か、金持ち怖ええ……」
戦慄くバルトロメイが、それでも興味を引かれたように躊躇いがちに資料に手を伸ばす。
よし。手応えあり。やはり研究施設で釣るのが正解だったようだ。
「それでは、俺はこれで失礼する」
「え?」
「お前の次の講義まで時間がないだろう。すまないな、お前への熱い気持ちを持て余すあまり予定よりも語ってしまった。不明点や何かしらの希望や要望があればいつでも話し掛けてくれ。何でもとは断言出来んが、お前の望みは最大限前向きに検討する。……ツィリル!」
「はっ」
「え!? は? 何、いやマジで何?」
ツィリルが、資料を手にするバルトロメイの手を取り、そのまま引っ張り上げた。
バルトロメイはなされるがまま立ち上がる。
ツィリルは穏やかな手つきで彼の腰へ手を添えると、そのまま膝下へ腕を回し抱き上げた。
「バルトロメイの次の講義の教室まで送ってさしあげろ」
「はっ」
「いや自分で行けるから! 離して? ちょっとおい聞いてる離してくれねえかな? なあ? 相変わらず何も喋らねえなこの人!」
バルトロメイの荷物と彼本人を抱えてツィリルが去っていく。
周りの視線はバルトロメイに一心に注がれている。うむ。流石はバルトロメイ。食堂にただ居るだけでもあらゆる者の視線を奪ってしまうその魅力あふれる姿、やはり俺の国に誘致するに相応しい人物だ。
ああ、連れ帰りたい。どうしても欲しい。俺の国に欲しい。
湿ったようなため息が口から漏れ出た。
ああ、バルトロメイ……。
焦がれる想いのままに彼が去っていった食堂の出入り口付近へ目をやると、扉付近にいたヨゼフとバチッと目が合った。
「………」
驚いて、思わず目を逸らす。
逸らした後に、思い直す。いや、挨拶くらいはしても良いのでは。明らかに目が合ったのに、これではわざと無視をしているようではないか。
ヨゼフはいつから食堂にいたのだろう。全く気付かなかった。いつもなら何をしていてもヨゼフの気配に気付けるのに。
たぶん、俺は意図的に、彼の存在を見ないようにしているのだ。
目に入ると、傍に寄りたくなって、でも隣に行くことが怖くて、辛くなるから。
『一回ヤったくらいで恋人面すんなよな』
昨日の、いや今朝の言葉が、耳の奥にずっとこびりついている。
ヨゼフは何も悪くない。
俺があまりにも彼にまとわりつくから、一回くらい良い思いをさせてやろうとでも言うつもりだったのかもしれない。
或いは、友達同士の究極の友情の完成形として?
理由は分からない。何にせよ、恋する相手以外と睦み合いたい気持ちのない俺には理解出来ない。それなら考えるだけ無駄だ。
俺と彼は価値観が違った。それでいい。仕方がない。そういうこともある。
自分が相手を好いたからといって、相手も気持ちを返してくれるとは限らない。
俺は誠心誠意、彼を欲しがった。勧誘した、告白した、口説いた。人材確保という点でも、恋愛という意味でも、彼を只管に求めた。
結果的に、恋愛面では駄目だった。それはもう、仕方がない。しかたがない。……しようがない。
『アレクセイ』
ヨゼフが欲しかった。俺個人として、手に入れたかった。
『うまい。上手。魔術』
初めて声を交わしたあの日、泣いている俺に魔法陣を教えてくれた時から、ずっとずっと、ヨゼフが欲しかった。
でも、ヨゼフは俺と違う。
気持ちだけじゃなくて体も明け渡して、自分の全部を渡して、心も体もつながったとおもったのに。
そうじゃなかった。……そうじゃなかった。
ヨゼフは、俺と違う。価値観がちがった。俺が勝手に勘違いした。そこは俺が悪い。
でも、それがこわい。
『恋人面すんなよな』
そう言われたあの瞬間、全身の血が凍りつくような、世界中でひとりきりになったような、何とも言えない絶望的な心地を覚えた。
あんな思いは二度とごめんだ。
『好き、好きだっ』
繋がっている最中はあんなに、……あんなに、愛してくれたのに。
愛してくれたと、思えたのに。
ヨゼフは本心じゃなくても、そう言える。
俺には、出来ない。出来ないし、してほしくない。聞きたくない。
ずっとずっと聞きたかった。好きだと、俺は特別なのだと、ヨゼフの口から言われたかった。……でも、ベッドの上のただの睦言なら、そんな言葉一生聞きたくなかった。聞けなくて良かった。知りたくなかった。
荷物を持って立ち上がる。
食堂を出る際にヨゼフと擦れ違ったけど、結局挨拶も何も出来なかった。
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