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第8話

 雨の音が、遠い。 (……あ)  誰かが、自分の名前を呼んでいる。  さっきよりも近い。もっと近い。 「──ス! ソリス!」  枝を折る音。何かが斜面を滑り落ちてくる音。  濡れた土の匂いに、別の匂いが混じった。 (セラード……?)  目を開けようとしたが、瞼が重くて動かない。  肩に、手が触れた。 「ソリス!」  その手が、震えている。 「ソリスっ! 返事をしろ!」  いつも余裕のある声じゃない。掠れて、上ずって、一人で取り残された子供 のような声だった。 (俺はセラードを一人にはしないから)  そう言いたいのに、唇が動かない。  首筋に、指が当てられた。  出会った日に自分がセラードにしたように、脈を測っているのだ。遠のく意 識の中で、そう理解する。 「……生きてる」  吐き出すような呟きだった。  身体が、持ち上げられる。 (あ、雨が)  顔に当たっていた雨が、ふいに止んだ。  止んだのではない。誰かが、覆っている。 「くそっ、俺のせいで」  その声に、泣きそうなものが混じっていた。 「こんな時になんで、魔法が使えねぇんだ。俺なら、こんな傷くらい一瞬で… …っ」 (いいんです)  言えたら、どんなによかっただろう。  魔法が使えなくても、セラードはセラードだ。  そう言った時、あなたは照れくさそうな顔を隠すように、そっぽを向いた。 (だから、そんな辛そうな声を出さないで)  身体が揺れる。一歩ごとに、大きく揺れる。  斜面を登っているのだと分かった。ぬかるんだ土を、何度も足を滑らせなが ら。  そのたびに、自分を抱える腕に力がこもる。 (重い、でしょう)  セラードが倒れ込んできた時の質量を思い出した。あの時、肺の空気が全部 押し出された。  今は、自分がセラードに全体重を預けている。 「絶対に、死なせねぇからな」  雨音の向こうで、そう聞こえた気がした。  腹部の痣が、じんわりと温かい。  痛みではない、あの温もりだった。  意識が、また遠のいていく。  でも、もう怖くはなかった。

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