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01.死ぬほど怖えー!

 大鈴日牧は暴力が何よりも苦手である。  いや人類の大多数はそうだろう。しかし日牧の場合は少年漫画のバトルシーンも、格闘スポーツの中継も、カブトムシの喧嘩でさえも、訳あって怖くてたまらなくなり目を背け震えてしまうのである。  そんな日牧が何故か今、校内一厄介な乱暴者と噂される強面クラスメイト木崎によって、熱い視線と荒い吐息を間近に浴びせられ壁際に追い詰められている。 「……オレも好きだ、日牧。オレたちつきあおう」  オレ「も」って何だ。こちらは好きでも何でも無いどころか、むしろ本来ならば関わり合いになりたくもない相手だというのに。 「木崎くん……」  肯定とも否定とも取れないただの呼びかけしか口にできない日牧は、そのまま木崎の巨体にすっぽりと覆い隠されて、逃げ場も無いまま憐れファーストキスを散らしたのである。 ----------  遡ること少々、高校入学初日。日牧は人並みに緊張していた。新しいクラスには中学からの顔見知りも何人かおり比較的安心感はあったけれど、これからの3年間を平穏無事に過ごせるかどうかはこの滑り出しにかかっていると言ってもいい。 「ハイハーイ! クラス委員は大鈴くんがいいと思います! 中学のときもずっと委員長やってたし、皆の意見とかまとめるの上手いし、面倒見いいし!」  最初のホームルームはお決まりの、各委員決めの時間だった。以前から日牧を名前ではなく「委員長」と呼んでいた同中のお調子者が、日牧を指差して立ち上がる。 「どうだ? 大鈴?」  担任教師にも名指しされ、いやあ僕なんて、という定型の謙遜を返してみるも、結局日牧は高校でもまたクラス委員に任命されることとなった。  分かっている。皆面倒臭いのだ。雑務を押しつけられ責任を取らされるだけの肩書きだ。しかも無報酬。勿論日牧だってそんなものになりたいはずも無い。  だが、日牧に断るという選択肢は無い。頼まれると嫌とは言えないし、頼られるといつも全力で応える。むしろ先回りしてまで人の世話を焼いてしまう。好きでやっているのではない。そういう習性なのだ。  それでその場が円滑に進むのであれば。  誰も怒り出さず、揉めごとも無く済むのであれば。  日牧は終始張りついたような笑顔を浮かべていた。口角を上げ、目を細めるのが癖になっている。大きくもなく小さくもないよそ行きの声量で、少し照れたような演技も挟みながら。 「よ、よろしくお願いします」  パチパチと拍手をされてさらに恐縮して見せる。何てことは無い。これまで通りに笑って、これまで通りに皆の役に立てばいいのだ。  だが、事態は数日後の朝に急変する。  教室の1番後ろ、廊下側の席が1つ空いたままだということは、日牧も把握していた。順番に自己紹介をしたあの日、1人欠席しているようだと担任も呟いていた。  その席の主が今入口扉の上枠を鷲掴み、ぶつからないように背中を丸めながらのっそりと、満を持して登校してきたのだ。  デカい。180センチはゆうに超えているだろう。それにゴツい。到底15歳の体の厚みとは思えない。制服の上からでも大仰な筋肉が見て取れる。  しかしそれ以上に彼が教室中を静まり返らせてしまった理由は、額に巻かれた包帯に左目の眼帯、さらには肩から三角巾で吊られた右腕のギプスであった。物々しいまでの怪我人が仁王立ちをしている。 「……あの」 「ひっ!」  彼が近くにいた女子に声をかけた途端、周囲の何人もが一斉に席を離れた。低い声がまた迫力を増している。彼はボリボリと後ろ頭を掻いて、辺りを見回した。万一にも目が合ったりしないよう、誰もが下や横へサッと顔を反らす。 「木崎くん! ……だよね?」  しかし、そこへ平然とした笑顔で近づいて行ったのは、日牧だった。ニコニコと微笑み、気安く手まで振っている。 「良かったー、学校来てくれるの待ってたんだよ!」  日牧は並外れて大きな彼の前にいそいそと立った。160センチほどしか無い日牧からすると、この男はまるでヒグマのようだった。正確には158センチなのだが、まだこれから伸びる予定だし2センチは誤差ということにしておいてもらいたい。  体格差にもあちこちの包帯にもさほど関心が無いように、日牧はもう1度笑った。 「木崎くん、お休みしてたから分かんないこと多いでしょ? あのね、僕このクラスの委員長になったんだ。良かったら何でも聞いてね」  そして首をコテンと傾け、あざとく念入りな笑顔を添えて付け加える。 「仲良くしよ?」  ……なあ、テメーホントマジで頼むから。  どうか暴れず騒がず全員仲良くしてくれと、日牧は脳内で五体投地していた。  ガタイがヤベー。  顔もヤベー。  片目は隠れているけど目つき鬼ヤベー。  日牧を見下ろす右目の瞳孔は殺人鬼かと思うほどに開ききっている。口の端は切れて青アザになっているし、頬にも顎にもかさぶたがあるし、多分見えていない箇所にも多数の怪我が隠れていることだろう。  怖えー! 死ぬほど怖えー!!  もうクッソサイアク!  なんでこんな野獣と同じクラスになっちまったんだ今すぐ校舎ごと爆ぜろボケー!! 「……あー、……オレの、席」  日牧の心の声には当然気づかず、木崎は低いうえにガッスガスに掠れた声を出した。メタルバンドのデスボイスかよ。 「こっちだよ。出席番号順なんだけど、木崎くんて背が高いみたいだから1番後ろでちょうど良かったかもね、アハハハ」  何1つ面白くもないのだが、日牧はおかしそうに口を押さえながら木崎を席まで案内してやった。そしてロッカーの位置や各種設備、次の授業の教科書についてまでも懇切丁寧に説明する。  喋っても怖いけど黙っても怖い。座ってもデカいし机の上に乗せている手もバカデカい。 「どう? 他に何か聞きたいことある?」 「…………、あー……」  何かを言おうとしたらしい木崎が顔を上げたとき、始業のチャイムが鳴った。よっしゃお役御免だと、日牧はまた手を振って自分の席へ戻ってゆく。務めは果たした。あとはあの男が次のクラス替えまでおとなしく過ごしてさえくれれば。……まだ先は長いけれど。 「……なあ委員長、ヤバいって! アイツには近づかないほうがいいって!」  休み時間、クラスメイトたちが日牧のところへ耳打ちにやって来た。男子も女子も何人も集まってひそひそ話が止まらない。 「部活のグループチャットで流れてきてたんだけどさあ、アイツ入学式のとき3年の先輩たちに呼び出されて大喧嘩したらしいよー。ほら古いボイラー室あるじゃん? あそこの前、血の海だったって!」 「えー、ヤダー」 「あんな見た目だからな、目ぇつけられるの当たり前だろ」 「てかさあ、もともとかなり乱暴だって聞いた! なんかボクシングだか空手だか知らないけど、体鍛えててしょっちゅう色んなとこで流血沙汰起こしてるんだって」 「ヤクザと繋がりもあるってマジ?」 「ええーっ?」  本人に聞こえないよう喋っているつもりなのだろうが、狭い教室でこれだけの人数がこそこそしていれば筒抜けだ。木崎も分かっているだろう、自分の陰口に花が咲いていることくらい。 「……え、委員長大丈夫?」 「どうしたの委員長!」  真っ青な表情で、口を押さえ俯いている日牧に気づいた数人が語気を強めた。  今にも吐きそうだし足の震えが止まらない。しかし気取られるわけにはいかない。日牧は笑顔を繕って慌てて首を振る。 「ん? 何でも無いよ。ちょっとビックリしちゃっただけ」 「で、でも顔色が……」  さらに無理やり目もとを歪める日牧。 「だって木崎くん気の毒で……。呼び出されて怪我しちゃうなんて酷いよね」  眉尻を下げ、日牧は同情しているフリをした。本心では自業自得だと思っている。だってアイツの顔怖えーんだもん。佇まいからして物騒なんだもん。 「もおー、委員長やさし過ぎー!」  あちこちから呆れたような溜め息が漏れるけれど、日牧という人間はまったくやさしさなどとは無縁であった。ただ、己れに火の粉が降りかからないように、それだけしか考えて生きていないのだ。 ----------

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