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02.委員長だけは、どうして
昼休みになっても木崎が独りぼっちのまま自席で購買のパンを齧っている現状は、日牧にとっては由々しき事態であった。
「木崎くん、いっしょにお昼食べようよ」
「うわっ……、委員長また……!」
「構うことないのにあんなヤツ……」
木崎のすぐ正面にいる日牧に聞こえているということは、木崎にも聞こえているだろう。だが日牧は素知らぬ顔で1つ前の椅子に腰を下ろす。
「木崎くんお昼パンなんだね。僕お弁当なんだ。実はまだ購買行ったこと無くてさー。ちょっと勇気要らない? 木崎くんはすごいなあ」
一方的に話しながら弁当の包みを開く。おにぎりと唐揚げと卵焼きにカットキャベツ。毎日ほぼこのメニューなのだが、シングルマザーとして毎日遅くまで働いてくれている母にこれ以上は望めない。
「木崎くんコロッケパンだ、美味しそー」
一向に返事が無かろうが知るもんか。とりあえず木崎の機嫌を損ねないことが第一である。
実は昨年中学3年の頃、木崎のように周囲から浮いていたヤンキーが1人、年度の終盤に大暴れした挙げ句クラスメイトに怪我を負わせ、転校して行った事件があった。あろうことか教室に血が流れたのだ。日牧は目眩を起こしへたり込んでしまった。あんなに恐ろしかったことは近年無い。
つまり、木崎のような人間を孤立させてはいけないということだ。勝手に世を拗ね人を憎み、蓄積させた鬱憤を力をもってヤツらは発散させる。許すまじクソヤンキー。
「唐揚げ1個食べる?」
日牧は弁当箱を差し出した。ニコニコと、今とても楽しいですよという顔をして。
「…………」
木崎が困惑しているのが分かる。引き際をわきまえている日牧はスッとそれを引いて大袈裟に笑った。
「うっそ、アハハ冗談! うちの唐揚げただの冷凍食品だもん。木崎くんのコロッケパンのほうが絶対美味しーよねー」
実際冷凍唐揚げは日牧の好物なのでこれに関しては好きで食べているのだが、昼食1つ取っても媚を売る余地は幾らでもある。おまえのほうが上ですよ、おまえには適わないですよ、と日牧はひたすら木崎を持ち上げて見せた。おまえらみたいなもんはこうやって気分良くさせときゃ満足なんだろ?
ところが木崎は、黙って大きく口を開けた。怖っ。口もデカっ。噛みつく気かと思った。口の青アザも痛々しい状態でそんなに開かなくても……
「は……、食べる? 唐揚げ?」
自分が言い出したことなのに、日牧は素っ頓狂に尋ねた。何だおまえ、アーンとかするキャラじゃねえだろヒグマのくせに。てか、アーンってすんの? 今から? えっ、オレが?
「食べてくれるのっ? ワーイ!」
ワーイじゃねーんだわ。おかずが1つ減るし人生初アーンがこれって屈辱でしか無いし。確か野生動物に餌付けをしてはいけないんじゃなかったか?
しかし木崎は何も言わないままモグモグと、遠慮も無しに日牧の唐揚げを飲み込んだ。ひえぇ、無言怖。何考えてんだコイツ。
「…………」
続いて木崎は齧りかけのコロッケパンをこちらへ差し出す。えっ、交換ってこと? コロッケパンを羨ましがり過ぎた? にしても齧りかけは嫌だろう普通に。歯形残ってんじゃんキモくね? 若干潔癖気味の日牧は内心で舌を出し毒づくのだが、伝わるわけも無い。
「ヤッター! コロッケ大好きー!」
ヤッターでもねーんだわ。涙を隠して日牧は思い切り木崎の歯形の上からかぶりついた。ううぅ。コロッケ大好きは嘘でもないが、未だかつて無く味がしない。
「ありがとー木崎くん! 美味しーね!」
いやまったく美味しくはない。それでも日牧は木崎を1人にするわけにはいかない。こうやって委員長の自分が仲良くしているうちに、木崎にも友達ができるだろうきっと。そうすればもう誰かと喧嘩なんて考えなくなるはずだ。
血が流れるのは嫌だ。本当に嫌だ。それが誰の血であったとしても。そのためなら何でもする。
昼休み中、日牧は1人やたらと笑い声をあげていた。
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心底どうでもいいので、それから1週間ほどはうっかり気づかずにいた。だがよく考えると木崎は右腕を吊ったままでいる。授業中つまらなさそうに机に左肘をついて顎を乗せ、ヤツはほぼ動かないまま過ごしていた。
ヤッベ。ようやく思い至った日牧は、これまでの自身のノートをすべて新たなノートに書き写し、要点をまとめたワンポイントメモまで加えて、木崎の机の上に並べた。
ちなみにノート作成には2晩かかった。写真を撮って送りゃいいかとも思ったのだが、誠意っぽさを示したかったし、木崎の連絡先なんて知らないし、特に知りたくもないし。
「木崎くん、それ右手骨折してるんだよね? ノート取れないよね? 木崎くんの分も僕今まで書いてるから、良かったらこれ見て勉強して!」
「大変だな委員長……」
クラスメイトたちからはまたしても憐れみの視線を向けられている。木崎なんかの世話を焼かされて可哀想にと思われているのだろう。それもこれもおまえらがクラス委員を押しつけてきやがったせいなのだが。
「…………」
だがこんなときにも木崎は何も言わない。ブン殴ってやろうか、無理だけど。
「手が治るまで僕がノート取るから心配しないでね。中間テスト割とすぐだもんねー」
ヤダヤダテスト、と眉をひそめる日牧。ヤダヤダヒグマ、が本音であるのだが。
「…………、……じゃない」
「へ?」
何か低い声がした。聞いていなかった。喋ると思っていなかったものだから。聞き返す日牧に木崎はもう一度告げた。
「折れてるわけじゃない。骨に異常は無い。動かすと傷が開くから固定してるだけ。もうすぐ取れる」
「……へ、あ、あっ、そう」
何だ、もうギプスが取れるならわざわざノートを用意してやることも無かったんじゃないか。厳しい家計から捻出して新しいノートを進呈してやっていることを分かってやがるのか、まったく。
しかしそう言えば木崎の声は、以前のように掠れてはいなかった。低くても聞き取りやすい、案外穏やかな音がする。あのときは喉を傷めてでもいたのだろうか。まあそれもまたどうだっていいのだけれど。
「良かったー! 木崎くん右手使えるようになるんだねー!」
格別の笑みで日牧は拍手を贈った。いっそ両腕を一生ギプスで吊っておいてくれるなら、この先もコイツが暴れることは無いだろうに。
そしていつものように昼休み、木崎と向かい合って日牧は弁当を広げていた。今日の木崎はソーセージパンだ。利き腕が使えないせいでせいぜいパンくらいしか食べられないのだと理解できたのは最近である。箸もフォークも持てないからな。
アーンはあれ以来やらずに済んでいるけれど、一向にクラスに馴染めない木崎を日牧は放置できずにいる。誰か友達になってやれよ。人類皆仲良くしようじゃないか、オレはホントは嫌だけど。
「…………委員長」
「え、……あ、え! 何?!」
木崎が初めて日牧を呼んだ。名前ではないけれど。ソーセージパンに続いて揚げパンもほぼ食べ終わりかけている。
「どうしたの木崎くん?」
ニッコリと日牧は木崎を覗き込んだ。顔の傷は段々と消えかけているようだ。数日前には額の包帯も眼帯も外れた。しかし両目が揃うとまた恐ろしい。色素の薄い眼球がどこを見ているのか微妙に目線をブレさせるものだから、今まで以上に睨みの効く範囲が広がった印象なのだ。
「…………」
沈黙がつらい。早よ何か喋れや。いっそポエムとか読め。できるだけ怖くない、やさしくてほんわか和むようなことを言ってくれ。じゃないとおしっこ漏れそうなほど怖いんだ今。
木崎がグッと体を乗り出して日牧に顔を寄せた。噛みつかれる! 捕食される! イヤアアァァ怖い死ぬ!!
「……委員長は、何でオレにそんなしてくれんの」
「へ?」
「皆オレのこと避けてんの知ってる。……なのに委員長だけは、どうして」
「ほへ?」
怖いからだが? テメーを暴れさせないためだが? それ以外に何がある?
だが日牧は、望まれているであろう回答を即座に淀み無く返した。
「だって同じクラスの友達でしょ?」
「それだけ?」
「仲良くしたいんだよ木崎くんと」
「だからってこんなに?」
「木崎くんは、僕の特別だもん」
おまえさえ何とかすれば何とかなるんだよこの学校は。つまり他の誰よりもおまえの存在がある意味最優先事項なんだオレにとっては。
「……へえ」
目線を逸らして感嘆詞のみを口にする木崎の様子を、このときせめてもう少しちゃんと観察しておくべきだったのかもしれない。
だが日牧はこの頃からズブズブと、確実に泥沼に足を突っ込み始めることになる。
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