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16.自分でも変なのって思う
スズメ? 何の話だ?
木崎の猫背はどんどんと極まってきている。
「あの……、僕、木崎くんのこと好きってさっき言ったよね?」
大好きとまで宣言したばかりだと思うのだけれど。しかし木崎はさらに顔を伏せた。
「オレが怖いから無理してるんだろう。……前は真に受けてしまった。勘違いして悪かった。でも今は分かってる」
「え!! いやだって木崎くん、オレ「も」好きだってまた言ってくれたよね?」
「たとえ日牧が気を遣ってるだけでも、オレは嬉しかったから……、つい……」
「え!! 待って待って、え!!」
渾身の告白のつもりだったのに。みっともなくも泣きながらどうにか伝えられたと思っていたのに。
「……日牧はやさしいな。つきあえなくてもいい。それでもオレは日牧が好きだ」
ええーー?! いやいや、つきあおうぜ?! てかつきあってるじゃん、オレたちまだ別れてないよな? 別れたっけ? あれ?!
「……あ。名前……、委員長に戻したほうがいいんだろうか……」
待てーー! どこまで後退するつもりだーー!!
どうやら木崎の中で勝手な結論がまとまり始めてしまっている。つきあうもつきあわないもおまえの暴走次第かよふざけんな。
「木崎くん!! 木崎くんは、怖くなんか……! こ、怖、怖いか……? 怖……いや、怖くないときも結構ある? って言うか……」
木崎くんは怖くなんかないよ!と断言してやるつもりで前のめりになっていた日牧は、少しずつ音量を下げて語尾を濁してしまった。
怖いのは怖いんだよな。さっきのショッピングモールでの迫り来る姿なんか、控え目に言って真夏の飢えたヒグマであった。デカ過ぎるし顔で人を殺せそうだし、目つき鋭いし筋肉はガチガチだしどこもかしこも厚いし重いし。
「……分かってる。オレは物心ついた頃から1人だけデカくて、筋トレと稽古のせいでますます大きくなって、まさか自分でもここまでゴツくなるなんて……、はあ」
自分の手に目をやり、溜め息を吐く木崎。どうしよう、少し面白い。……いかん、木崎は傷ついているのだ。どこにでもいるありふれたスズメに憧れてしまうほどに。
日牧は木崎に近づいた。1歩、2歩。逆光になっていた木崎の顔が、少しずつ輪郭をくっきりとさせてゆく。
いいじゃん。カッコいいじゃん。強面のくせに美形なんだよなあ。スズメやマロなんかより、よっぽどうらやましいけどなオレは。
「木崎くん」
俯く木崎の真下に立ち、日牧は上を向いた。顔がとても近い。太陽は赤く色を変え始めており、2人分の影が重なったまま長く歩道の上に伸びている。
「日牧……、ひ、あ、委員……」
「やっぱり木崎くんは怖い」
「…………っ」
呼び方を迷っているらしい木崎の言葉を、わざと遮った。木崎は唇を噛んで、薄茶色の目の端を僅かに潤ませている。しかし日牧はそのまま続ける。
「でも好き。木崎くんが好き。怖くても好きになった。怖い人が大嫌いだった僕が、木崎くんだけは大好きになったんだよ」
木崎の目の中に後ろからの夕陽が僅かに反射した。きれいだなあと思った。
「嘘じゃない。気なんか遣ってないよ。だからホントのことを言っちゃうんだけど、僕の中では木崎くんて、ほぼヒグマなんだよね。だって僕たちみたいなスズメサイズから見たら、ギョッとするほど大きいんだもん」
「……ヒグマ」
「でも大型犬みたいだなって思うことも増えたんだよ。大きいことには変わり無いんだけどさ、でも僕犬は好きだしね」
「……大型犬」
何を言われているのかあまり理解が追いつかないのか、木崎はしきりに首を傾げている。日牧は犬の体を撫でてやるように、両手で木崎の肩や背中をさすった。
「こないだも今も、木崎くんを傷つけることたくさん言っちゃってゴメンね。僕ホントはやさしくないんだよ。バレちゃってると思うけど、口も性格も悪いんだ。親切には全部魂胆があるし、平気な顔してても裏ではビビってるし」
されるがまま、ただ突っ立っている木崎。日牧はその太い腕をそっと握った。少しだけまだ汗ばんでいる。
「……だから木崎くんがもし、皆にやさしくて自分を怖がらない委員長、っていう理由で僕を好きになってくれたんだとしたら……、僕は諦めるしか無い。自業自得だから」
鼻の奥がツンと痛くなってくる。しかし日牧は込み上げる涙を堪え、決して大きくはない目を精一杯に見開いて、もう1度心の声を振り絞った。今度こそ、自分自身の言葉で。
「でももし、こんなヤツでも駄目じゃなかったら、つきあってください! あと、名前で呼んでください!」
我慢して呑み込んだ日牧の涙は、木崎のほうに転送されてしまったらしい。ポロリと零れ落ちてしまった水滴を大慌てで隠そうと、木崎はバタバタと腕を上げ下げして体を反転させた。顔が真っ赤なのは、夕陽のせいが半分。
「ひ……、ひまっ……」
「うん」
「……好き」
「僕も」
「つきあお……」
「良かった」
「ひま、日牧、好きだ……」
「僕は、大好き。怖いのに大好き。自分でも変なのって思うけど、すごく大好き!」
「ひま!!」
上から腕を回して覆い被さってくる木崎。日牧は腕も頭も動かせないまま、すっぽりと抱きすくめられてしまった。苦しいけれど嬉しい。高い体温が気持ちいいし、かすかな汗の匂いにも不思議と安らいでしまう。
薄暗くなってきた歩道でいつまでもひとかたまりになっていた2人は、通りすがりの老人に不審な目を向けられながらもしつこく抱き締め合っていた。
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残り日数も少なくなった夏期講習に無事、名物凸凹カップルが復活した。夏バテを心配してくれたクラスメイトたちに礼を言い、バスケ部のいる体育館へ足を運ぶ清楚系女子たちに窓から手を振る。
「あ、そうだ日牧」
「なあに?」
教科書を片付けながら木崎が顔を上げた。
「前に話してた柔道の試合、市民体育館で今週土曜なんだけど」
「おげっ」
またもや一気に眉間に皺を寄せて顔をしかめてしまう。
「あ、やっぱ無理だよな、ゴメン。誰かと戦うところなんて」
確かに以前にもそんな話をされていた気もする。正式な大会ではないとか云々。詳しくは忘れたが。行けたら行く、と誤魔化そうかとも思ったのだが、日牧は少し考えてから答えた。
「……ゴメンね。スポーツだから乱暴なこととはまったく違うのは分かってるんだけど、どうしても人と人がぶつかったりするのが……」
「ん、いいよ。誰にでも苦手なものはある」
2人は並んで下校の途についた。そういえばこうして歩いているとき日牧は、いつからか木崎とのスピードの差をあまり感じなくなっていた。最初の頃なんてこちらが駆け足にならなければならないほどズンズン先に進んでいやがったというのに。日牧のペースに合わせてくれているのだ。こんなに長い足なのに、こんなにゆっくりと。
やさしいんだよなあ、結局。怖いのは見た目だけで、中身は穏やかだし案外繊細なところもあるし。そういやこの前一粒だけ泣いていたな。クマの目にも涙。けけけ。
自分は何度も大泣きしたことは棚に上げてニヤニヤしていた日牧に、木崎が背中を曲げて微笑んだ。
「何? なんかひま笑ってる、カワイイ」
「うおっ、……な、何でも無い」
話しかけるときにもこうやって、日牧に目線を合わせ大きな体をわざわざ折り曲げてくれる。じんわりと喜びに浸る日牧だったが、木崎は急いで上体を反らした。
「ゴメン、急に近寄ったら怖いよな」
「え!!」
驚いてブンブンと両手を振りまくる日牧だが、木崎はしゅんと肩を落としてしまった。
「違うから! 考えごとしててビックリしただけ! 今のは全然怖いって思ってないよ。木崎くんがいっつも僕に合わせて動いてくれてるの嬉しいんだよ、ホントだよ!」
「……ありがと」
何故か説明すればするほど嘘臭く聞こえてしまう。現に木崎も申し訳なさそうな顔を止めない。違うんだ、オレは怖がりだけど単なるビビりでもあるので、自分の影とか母のいびきなんかにもビクッとしてしまうことが多々あるのだ。
「考えごと! の、話! あのね、さっき誰にでも苦手なものはあるって言ってたけど、木崎くんにもあるのかなーって、ちょっと考えてた!」
無理やり話題を変えるべく日牧は笑った。白々しいが仕方ない。そこへ、日牧はやさしいなあ、みたいな感謝と恐縮の笑みを浮かべる木崎。違うんだあぁ。
「……たくさんある。数えきれない」
「嘘おー、無さそう!」
必要以上にヘラヘラする日牧に、木崎は指折り数えながら答えた。
「……家の鴨居。しょっちゅう頭ぶつける。あと真冬の布団。長さ足りなくて寒い。ブロッコリーも粒々が不味くて食えない。あ、あとうちのじいちゃん。絶対逆らえないし絶対勝てない」
「ブッ……、アハハハハハ!」
遠慮無く吹き出して、日牧は腹を抱えた。思ったより馬鹿馬鹿しい。特にブロッコリーなんて、小さな子供の言い分じゃないか。
「他にも、スマホも苦手。タブレットはまだマシなんだけど、スマホは画面が小さ過ぎて思ったところをタップしづらい」
「アッハハハハ! そういえばメッセージ超短文だった! 普段もあんまり連絡くれないと思ってたけど、そうだったんだ!」
グローブのような分厚い手を取り、自分の貧相な手と比べて大笑いする日牧。指が太過ぎるせいで漢字変換も上手くできなかったとは。ム、と拗ねる木崎は、怖いどころか今はカワイイ。
「……まだあるけどもう言わない」
ワハハハ! カワイイ、カワイイぞ木崎!
すっかり調子に乗る日牧。先ほどの木崎の態度が気にならないわけではなかったけれど、ご機嫌にいつもの分かれ道で団地の方向へと右折して行った。
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