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15.ゴメンねホントは
1通目。「じいちゃんに、なげられた」。
……何だこれ。殴られた? いや投げられた? 道場でってこと? 意味が分からない。
2通目。「こどもだった」。
……何なんだこれも。漢字変換できないのかあの動物? て言うか短文過ぎる。あ、ポエム? ポエム自体は嫌いじゃないぞ?
3通目。「会いたい」。
……漢字が1文字登場したことにひとまずホッとする。だが内容は到底信じられない。顔も見たくないんじゃないのか? オレなんて、もう。
じわりと目頭が熱くなってきたとき、数メートル先から声が聞こえた。
「あ! 委員長がいる」
フードショップのほうから、毒のような色をした何かをそれぞれ手に持って、見知った制服の女子が数人ゾロゾロと歩いてきた。いつぞやの清楚系女子を先頭に。それは食べ物なのか? 青いしショッキングピンクだし光っているし。
「何してんの委員長?」
「夏期講習は? 今日もあるんじゃないの?」
「でも分かるー、勉強つまんないもんねー」
おまえたちはそもそも勉強をしに来ていなかったじゃないか。しかし日牧が何かを返答する前に、断りも無く2人が日牧を挟むようにベンチに腰をかけた。
「見て委員長これヤバくない? 新作チュロス」
「カワイくない?」
奇抜な棒状の塊を目の前に突き出される。チュロスだったのか。この蛍光色のコーティングは何でできているんだろう。 そして彼女たちは一気にチュロスの話で盛り上がり始めてしまった。SNSがどうとかインフルエンサーがどうとか。まったく興味が無いのだが、ベンチをグルリと包囲されてしまっているので逃げることもできない。
「……お、美味しそうだね……」
「思ってないじゃん!」
「ウケる委員長!」
大笑いされるしついて行けないし、居心地が悪くて仕方がない。しかし日牧はいつものようにニコニコと微笑んで真ん中に座っていた。
「あーっ! やっと来た木崎くーん!」
「……へ?」
清楚系女子が店の入口を指差した。息を切らしダラダラと汗を流して辺りを見回していた木崎と、離れた位置ながらバチンと完全に目が合ってしまった。その瞬間、ズンズンと大股でこちらを睨みながら迫って来る巨体。怖えー。顔が怖えー。歩幅も怖えー。
「日牧」
「な……、何で……」
呆然とする日牧に、取り囲んでいた女子たちが心底楽しそうに笑い始めた。
「うちらが呼んだんだよー」
「委員長引き留めるの大変だったよねー」
「……え」
訳が分からない日牧に、清楚系女子がスマホを左右に振りながら自慢げに話し始めた。スマホケースもネイルも凄まじく派手だ。
「こないだバスケ部の練習見に行ってたらさあ、木崎くんが校内うろうろしてて。委員長のこと探してるって言うから、どっかで見かけたら連絡するよーってID交換したんだよ。ねーっ?」
他の女子たちも頷く。
「まさかこんなとこで見つけると思わなかったけど」
「この辺田舎だもんねー。行くとこそんな無い説」
「マジでそう」
何だこれは何なんだ、何が起こった? 木崎がいる。汗を拭いながらすぐそこに立っている。まだそんな、直接会えるほどの心の準備まではできていなかったというのに。
そして女子連中にも聞きたいことは幾つもある。いつ木崎に連絡を入れていたんだ? まったく気づかなかったぞ。そもそも、オレでさえつきあうまで教えてもらえなかった木崎の連絡先をあっさり手に入れていやがったことも気になる。そして青やピンクはともかく光るチュロスは体に悪くないのか? それからそれから、他にもえーと……
「……次の好きな人って、サッカー部じゃなかったっけ……?」
日牧は中でももっとも重要度の低い質問を呟いて、ただただ困惑するばかりだった。
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毒チュロスを齧りながら、ヤツらは颯爽と去って行った。いわく、サッカー部情報はもう相当に古いらしい。お目当てのイケメンは既にマネージャーとつきあっていたことが判明し、今はバスケ部の先輩に夢中なのだとか。今日も応援帰りらしいが、どっちでも良過ぎる。
帰り際に、「またいっしょにカラオケ行こうねー木崎くーん!」と手を振っていたけれど、正確にはカラオケをごいっしょしたことはまだ1度も無いんだぜ。
「…………」
「…………」
残された日牧と木崎は互いに何も言い出せず、その場にはただ沈黙の時間だけが流れていた。周囲ではBGMに店内アナウンスが重なり、雑踏も足されて非常に騒がしいのだけれど。
「…………日牧」
ようやく、木崎がもう1度日牧を呼んだ。「謝った?」という母の声が聞こえてくる。そうだ、謝らなければならない。オレはコイツに、たくさんのことを。
勢いよく立ち上がる日牧。そして木崎の汗ばんだ額、揺れる薄茶色の瞳をすぐ眼前に見上げた。ギュッと両拳を握り締める。
「ゴメン!!」
「ゴメン!!」
謝罪の言葉がまるで揃えたように響いた。二重音声かと思った。
そしてほぼ同時に2人が頭を下げたものだから、日牧の後頭部に木崎の前頭部がゴチンとぶつかってしまった。
「ギャアアアアーー! 痛い頭突きが! 頭突きがああぁーー!」
「ひ……、日牧ゴメン! 頭突きじゃない、わざとじゃない!」
ベンチに背を乗せ頭を押さえながら、バタバタと両足を宙に舞わせて転がり回る。慌てて木崎は日牧の頭や何故か足も必死にさすってみたりしているが、正直に言うと、それほど痛かったわけではない。
「攻撃されたあぁ、柔道技を食らったあぁ」
「違、違う日牧、柔道に頭突きは無い」
しつこくバタバタ暴れている日牧を見下ろし、狼狽えていたはずの木崎がフッと吹き出した。
「笑われたあぁ、オレが……、オレが、馬鹿だったせい……だあぁ……」
頭を押さえていた手を少しだけ動かして、日牧は両目を覆う。馬鹿だった。本当にオレは馬鹿だ。
「ゴメン木崎……」
「違う日牧、オレが……」
「木崎くん……」
手で目を隠したまま、日牧は告げた。
「……ゴメンねホントは大好きだよー……」
脚本は、母である。
告白が母の言うなりだなんてあまりにもカッコ悪過ぎる。
けれどもそれしか出てこなかったのだ。
日牧は嗚咽していた。こんな風に泣いたことは子供の頃にもあまり無かった。
でも、嬉しくて嬉しくて。ベンチのそばに座り込んだ木崎が、日牧の頭を撫でながら笑ってくれているのが、嬉しくて。
「……オレも好きだ。知ってると思うけど」
オレ「も」って何だ。
オレなんかなあ、好きよりもっと大好きなんだからなコノヤロー。
鼻水をすする日牧に笑いかける木崎の声は、やはりすこぶる甘かった。甘いものは得意じゃないし、あの毒チュロスだけは決して食べたくないけれど、1等甘いこの声だけは、何より大好きだと思った。
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女子たちと遭遇した辺りから少々騒ぎ過ぎてしまった気がする。叱られる前にショッピングモールを退店し、日牧と木崎は目的地も無く並んで歩いていた。手は繋がないのかな。まあ今日はデートじゃないもんな。
「……日牧」
まだどこかぎこちなく、木崎が話しかけてくる。遠慮しているのだろう。いつもより半歩ほど距離も離れている。
「……あ、あのね、僕ね、えと……」
日牧のほうも何から話せばいいのか、上を向いたり下を向いたり忙しなく頭を悩ませる。しかし木崎は下がりきった眉で落ち込んだ様子で、ゆっくりとこちらへ首を傾けた。
「ゴメン日牧。……実はじいちゃんに、少しだけ話した、日牧のこと」
「え、あ、うん、別に。……僕もお母さんに少しだけ話した、木崎くんのこと」
おそらく母は、これの半分ほどの質量の女の子を想像しているとは思うけれど。木崎は首を振ってやや笑った。
「……じいちゃんはさ、オレが子供過ぎるって。自分のことしか考えてない身勝手なガキだって。すげー怒られて、思いっ切り投げ飛ばされた」
「あ、メッセージ見た。あれってどういう……?」
木崎のじーさんと言えば、確か柔道の死神と呼ばれているんだったっけか? すると歩道の端で立ち止まり、木崎はまた頭を下げた。
「日牧にもっと近づきたいって、オレはそれしか考えてなかった。日牧の言う通り、暴力がどういうものかなんて、全然分かってなかった」
余分に数歩進んでしまった日牧は、慌てて振り返る。頭なんてもう下げなくていいのに。近づかれたくなかったのは、同じく自分のことしか考えていなかった、ただのこちらの身勝手なのだから。
「……僕もゴメンね。自分の事情だけで一方的に怒っちゃったの、すごく反省してる」
「日牧は悪くない」
「木崎くんも悪くないよ」
「オレは悪い」
「悪くないよ!」
「悪い!!」
木崎は背中を丸めてふるふると震え始めた。少し傾きかけた太陽を背負っているため逆光でよく見えないが、何だか頭を下げているというよりも、肩の間に頭を埋めて両腕を寄せて、何なら腰も足も少し曲げて、全体的に不自然な前傾姿勢になっているような。そういえば先ほどのベンチのそばでもやけに縮こまっていた気もする。
「……オレがっ、もっと小さかったら……」
「ん?」
「小さくて細くて、なんかもっと、スズメみたいな感じの……」
「んん?」
「そしたら日牧も……、オレのこと好きになってくれたかもしれないのに……っ!」
「んんんん?」
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