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第1話 幼馴染の間の新月の庭

今日もお隣の猫が忍足でやってくる。 白い花が散った後のからたちの木の生垣の棘を、スルリと身をかわして潜り抜け、芝生を自慢の肉球で踏みつける。 尻尾をぴんと立てて、庭を横切る黒い影に付いた光る目は、月のない夜の中でもよく見えている。 窓の下に立った黒猫は、しっぽをユラユラと揺らし狙いを定めると――。 ストン、とジャンプして狭い窓の桟に飛び乗った。 縦滑りの窓には、小さな猫用の出入り口が取り付けてある。 黒猫は頭でその入り口を押し開け、電気スタンドの灯りの点いた部屋の中へと入って行った。 出入口の下の木製の天板を渡したカラーボックスには、真っ白な家の模型が並べられていた。窓の近くにはアイデア出しの初期の紙製のスタディ模型たちが試行錯誤の跡を物語るように佇んでいる。黒猫はその毛の一本も触れることなく、繊細な模型の間をすり抜けて行く。 本棚には建築の専門書、この部屋の持ち主は、建築学科に通う大学生だ。机の側には検討によって少しずつ形が洗練され秩序を与えられた白い建築模型たちが静かに整列している。猫は飼っていない。それなのに、どうしてワザワザ猫窓を取り付けたのか。 「また、猫になったのか。 戻してやるから、こっち来い」 北村慎は、カッターを握ったスチレンボードを切る手を止めて、道具らをすべて傍へ押しやると、面倒そうに机の上に乗ってきた猫を自分の前へと引き寄せた。 ニャァウン…と黒猫は、とびきり可愛い声を出して、慎の顎へと耳の間を擦りつける。 慎は腕を回して、黒猫の背中をトントンと気長に撫でさする。いつものことだ、我儘な猫が満足するまで。 「まだか……?」 「ニャアッ…!」 黒猫は慎の腕の中で、その姿をするすると人間の青年へと変化させた。 猫を抱えて座っていた慎は、押されて椅子が大きく後ろへ傾いた。 「うわっ…!」 ガタンっと、椅子のまま倒れた慎の上に、裸の元黒猫が覆い被っていた。 「お前なぁ、服を着ろ!」 「慎ってば、いっつも第一声が、服を着ろしか言わない!」 「……っ!それは諒馬が着てないからだろ? 俺が悪いのかよ?頭クラクラしてくるわ」 「ごめんて、大丈夫?」 諒馬はとりあえず身を起こして、慎の腹の上に跨って座った。 「バカっ、動くな!…モゾモゾすんな!」 慎は倒れた椅子の上で、扇情的な諒馬の姿が目にはいらないように顔を背けた。 「はーい」 と諒馬は立ち上がって、慎を引き起こした。これ以上慎を怒らせないように、ゴソゴソと洋服ダンスの引き出しを漁る。その手がふと止まった。 「ヤバい、僕の替えのパンツ切らせちゃった! 慎の貸してよ!」 「ヤダよ。パンツの貸し借りなんて。 スエットなら貸してやるから、ほら」 「ええ〜!そっちの方が嫌じゃない?!」 渋々といったようすで、諒馬はノーパンの肌の上に慎から渡されたスエットを引き上げた。 この部屋に猫窓が付いているのは、隣りに住む猫成りの佐々木諒馬が猫に成った時、元に戻せるのが幼馴染の慎だけだからだった。

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