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次の週の授業、なぜか黒瀬くんがいなかった。今までは必ず前の方に座っていて、私が確実に居場所を認識できる距離にいたのに。今日は後ろの方にでも座ったのかと、授業開始前に必死に彼を探してしまう。
どうして二年目にしていきなり……、しかも先週のこともあるのに、彼は休んでしまったのだろう。……あぁ、何てことだ。彼がいてもいなくても、結局私の心は乱されてしまうのか。たった一人の学生に、こうまで振り回されてしまうのか。
授業後、皆が記名した名表が戻ってくるとすぐに、彼の名前を探した。もしかしたら私が探しきることができなかっただけで、彼は後ろの方に座っていたのでは? とそんなことを思ったから。だが、何度見返しても黒瀬くんの記名欄は空白になっている。本当に私の授業を休んだんだ。
「どうして……」
ふと、声が漏れた。何を言っているのだと、すぐに我に返る。彼に、来て欲しかったのか。あんな視線を送られてまで? 休んでくれた方が都合がいいはずなのに。
あぁ、何を考えているんだ。───寂しいと、その一言が頭の中を過ぎる。そんな感情は、持つべきものじゃあないのに。
だって彼はまだ、学生で男でって──ああだから私は何を考えているのだ。これじゃあまるで、私が彼のことを……。
頬の熱が上がる。胸が、ぐしゃりと潰されたように痛い。何かが詰まったみたいに呼吸がうまくできない。今、私は、無意識のうちに扉を開いてしまったんじゃあないか。これは、自覚してはならない気持ちだろう?
「……はぁっ、」
苦しい。意味もなく何度も拳で胸を叩く。詰まったものは取れなくて、苦しさが増していく。きっと、開いてしまった扉から溢れ出た色んな感情のせいだろう。
ふらふらとした不安定な足取りで研究室へと戻り扉を開けた、と同時にガクンと膝が落ちる。
持っていた教材が飛び散ってしまう、とそんなことを考えた時、誰かに支えられた。
研究室にはこの時間、絶対に私しかいないはずなのに誰が? と顔を上げた瞬間、あの目が、私をいつも見つめてくる彼の目がすぐそこにあった。
「ひっ、」
驚きで漏れる声は、裏返っていてみっともないもの。
「ねぇ、先生」
どうして君が、ここにいるのか。授業を休んでいたじゃあないか。
言いたい言葉が、声にならない。彼の私への呼びかけに応えるのは、うるさく鳴り続ける私の心音だけ。羞恥で体温が上がる。
「俺がいない授業はどうだった? 寂しかった?」
「なに言って……、」
「俺のこと、探した?」
「……っ、」
彼が笑う。私が動揺しているのを、嬉しそうに見ながら。
「先生さ、可愛いね」
「だから、何を……」
「可愛いよ」
「……っ、四十過ぎのおじさんに、言う言葉では、ないだろう?」
大して力も入らないと分かっているけれど、それでも彼の腕から逃れたくて必死に胸板を押す。だがすぐにその手首を掴まれ、もっと引き寄せられてしまった。彼の匂いに包まれて、頭がおかしくなりそうだ。鼓動も早くなり、息ももっと上がる。
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