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知らないよ。本当に黒瀬くんの気持ちは分からないんだ。 「意地悪したくなかったのに」 「……黒瀬くん、」 「先生がいつまでもいつまでも俺のこと好きだって自覚してくれないから、ただの優等生として見ているから、俺の気持ちに気づいてくれないから、」 くしゃりと、彼の顔が歪む。いつも余裕そうに私を見つめていた彼が、泣きそうな表情で私を見ている。 「だから、こんなことしてしまったんじゃあないですか。俺の気持ち、本当に分からないの?」 「……ろせ、くん、」 「こんなの、貴方を好きだって以外に無いでしょう? 他には、何もないよ」 「……うそ、」 「嘘なわけない。俺はね、最初からずっと貴方だけを見てた。初めて授業を受けたあの瞬間から。何となく取ったあの授業は、次から貴方に会いに来るための時間に変わったんだよ」 ぽとりと、彼の涙が私の頬に落ちる。思わず手を伸ばすと、彼がその手を握った。   「先生……」 「黒瀬くん、」 「好きなんだよ。俺、先生のこと、」 「黒瀬……くん、」 「好きなんです、───宏行さん、」   「……っ、」 「俺の、貴方を想う大切なこの気持ちを、どうか嘘だと言わないで」 胸が、きゅうっと締め付けられた。こんなふうに気持ちをぶつけられて、ときめかないはずがない。好きだと、彼のことがたまらなく好きだと、心が騒ぐ。 「私は、おじさんだよ?」 「そんなの、見れば分かります」 「君より、二十以上も歳が上なんだ」 「貴方も、二十以上も下の私を好きになっているじゃあないですか」 「でも、」 「でも、何? 好きの気持ち以外に必要なものがありますか?」 何も思い浮かばないでしょうと、彼が私をそっと抱きしめる。どくどくと聞こえてくる心音に頬が緩み、今になって初めて彼の背中に手を回した。さっきまで、怖くてできなかった、でもやりたかったこと。 「俺は先生と色んな時間や気持ちを共有したいんです。みんなの先生じゃない……俺だけが独り占めできる時間が欲しいし、特別になりたい」 「黒瀬くん、」 「俺を、貴方の特別にして欲しい」 君が頼むべきことじゃない。むしろ、私が君のものにして欲しいと頼むべきところだろう? そう言おうとして、やめた。口にしそうになったその言葉を飲み込んだ。彼に怒られてしまうと思ったから。 「……もうとっくに、君は私の特別だよ」 彼が、私の頬を撫でる。静かに目を閉じれば、唇に熱を感じた。 「次からの授業は必ず出ます。会えない時間、おかしくなりそうでした」 「私も、君がいなくて寂しかった」 次の授業もまた、前の方に座って。目が合う距離に座って欲しい。 耳元で囁くと、もちろん──そう言って彼は笑ってくれた。 END

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