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24snowdropper①

 次の日。  いつもと変わらず、澱んだ欲望がとぐろを巻く地下迷宮『イシュタル』の重厚な鉄扉が、低い金属音を立てて開かれた。  ぬっと中に入ってきたのは、端正という言葉すら生ぬるい、冷徹な美貌を湛えた黒髪ショートカットの男だった。  彫刻のように整った顔立ちのその男は、値踏みするような鋭い視線で店の中を一瞥すると、真っ直ぐに俺へと標的を定めた。  その瞳には、生物としてのまともな感情が一切通っていない。  深海の底のように冷たく、昏い、無機質な硝子玉のそれだった。 「お。 いらっしゃ──」  俺がいつもの営業用スマイルを浮かべ、言葉をかけ終えるよりも早かった。 「お前だな?」  低く、地を這うような歪んだ声と同時に、男の華奢な右腕が鞭のようにしなって伸びてきた。  次の瞬間、がっと凄まじい衝撃と共に俺の首が太い五指で鷲掴みにされる。  見た目の細い身体つきからは到底想像もつかない、骨がパキパキと悲鳴を上げるほどの恐ろしい怪力だった。  ぎりぎりと万力のように締め上げられ、気管が潰れ、肺の中の酸素が一気に焼き尽くされていく。  (こいつ、ただのキャストじゃねぇし──本物のアルファかよ……っ!)  脳裏に強烈な警報が鳴り響く。 頸動脈を圧迫され、視界がチカチカと赤黒く明滅する。  「あ゛──、」と、ろくに声にもならない掠れた息を漏らしながら、俺はれ、と涎塗れの舌を突き出して挑発的に笑ってやった。  オメガの誇りを踏みにじられてたまるかってんだよ。  俺は残った全筋力を頭突きの軌道へと爆発させ、そいつの鼻面に思い切り己の額を叩きつけてやった。  ごっ、という鈍い肉腫の衝突音が響く。 「ぐあ!?」  狙い通り、鼻腔を砕かれた男の手の力が一瞬だけ緩んだ。  その隙を、俺の戦闘本能が見逃すはずがない。  ガバッと両足でそいつの細い胴体を強固に固定する。  そのまま、182センチの達磨じみた巨軀をブリッジの体勢で激しく反らせた。  床に両手を着き、太腿の褐色筋肉をパツパツに軋ませながら全パワーを床へとブチ込む。  背負い投げの要領で、男の身体を頭からガチガチのコンクリート床へと叩きつけてやった。  脳天からクソ硬い床に打ち付けられた男は、獣のような悲鳴を上げて身悶えした。 「ぐあ、あ、うあ゛!? う、あ……っ!」 「うぐっ、げほっ、げほっ……! クソが、死ぬかと思ったわ……っ」  俺が腫れ上がった首を押さえて激しく咳き込んでいると、店内の異常を察知した奴らが奥からわらわらと血相を変えて集まってきた。 「おい、何の騒ぎだこりゃあ──、直忠!?」 「え、何? ヨー君どうしたの!?」 「ナオ君!!」  慶太たちの狼狽した声が飛び交う中、俺は床に這いつくばったまま、親指をグッと立ててサムズアップしてみせた。  心配いらねぇよ、と。  視線を戻せば、頭を強打された男が、涙目で涎をタラタラと床に垂らしながら、げほげほと惨めに咳き込んでいた。  だが、その狂気に染まった双眸だけは、未だに激しく燃え盛っている。 「ぐ……よくも……! モルドレッドを……! 寝取って……! くれたなぁ! このクソビッチィイイッッ!!」  床の血反吐をぶちまけながら、男が絶叫した。  は? 寝取る? 初耳である。 確かにモルドレッドの奴とは寝たが、そんなウェットな仲じゃねぇ。 ただの肉体の狂宴だ。 「モルドレッドは俺に云ったんだ! お前が一番綺麗だってなァ! ベッドの上でだってアイツを満足させてやれるのは、世界中で俺だけなんだよ! なのにモルドレッドは……あのアイツは……こんな糞の肥溜めみたいなむさ苦しい奴を抱きやがって!  聞いたんだよ! モルドレッドが浮気をしているってな! そいつがここで働いている事もなぁ! 殺してやる! 切り刻んで殺してやる!!」 「……メンヘラ?」  あまりにも電波で意味不明な恨み節の連発に、俺の脳味噌は完全に処理落ちを起こしていた。  限界まで思考を回して、漸く口から出た言葉がそれだった。  そいつが眼を血走らせ、発狂した鬼のような形相で再び飛び掛かって来た。  俺は溜め息混じりに、全体重を乗せた重い右ストレートをその綺麗な顔面に叩き込んでやった。  ベキッ、と歪んだ音がして、男は再び床へと転がった。  その四肢を激しく痙攣させてのたうち回る姿は、まるで深夜の国道で大型トラックに轢かれた野良猫の哀れな最期と、完全に重なって見えた。 「ふざけるなぁああ!! ころす、ころすううぅう!!」  男は髪を振り乱し、血涙を流しながら、何度も何度も拳を硬い床に叩きつける。  ぎらぎらと血走った瞳と、機械じみた狂気で自傷行為を繰り返すその異常な姿に、周囲の慶太たち人間も、店内にいた魔人も、完全にドン引きして言葉を失っていた。 「おい。何の騒ぎだこりゃあ。五月蝿くてせっかくの飯が不味くなるだろうがァ」  最悪のタイミングで、その渦中の人物がフラリと姿を現した。  運が良いのか悪いのか、モルドレッドは床の惨状を一瞥してから、心底ダルそうに首を傾げた。 「なんだァ。シャーリー、お前なんでこんな糞泥塗れのトコに居んだァ?」 「モルドレッド!! なんでぇ、なんで俺じゃ駄目なんだよぉぉ……モルドレッドぉ……っ!」 「おい、痴情のもつれなら他所でやってくんねぇ? 営業妨害だろ」  俺はモルドレッドを心底呆れたような目で見据え、床で泣き叫ぶシャーリーを指差すと、イシュタルの入り口に向けて顎をしゃくった。 「なんか盛大な勘違いをしてるみてェだが、俺とこいつはそんな綺麗なもんじゃねェよ。ただのセフレ──」  どんっ、と、肉塊が破裂したような重たい破壊音が爆ぜた。  視界の端で、シャーリーが激しく肉を引き裂かれた右腕を庇いながら、床に崩れ落ちて絶叫するのが映る。  とくとくと赤黒い血溜まりが広がり、コンクリートに不浄な染みを作っていく。 辺りに一瞬で、鼻を突く焦げ臭い硝煙の臭いが充満した。 「ヴア゙ア゙アァア゙ア!!!! ふぐぅううう゛!!!!」 「お口ねんねしよなぁ。このクソザコビッチ君~」  モルドレッドの背後に隠れていて全く気付かなかった。  連れの男──アンヘルが、いつの間にかシャーリーの口内へと冷たい銃口を、肉を割る勢いで捩じ込んでいたのだ。  アンヘルはそのまま、シャーリーの頭部を頑丈なブーツの先で思い切り蹴り飛ばした。  ゴッ、という人間の頭を蹴ったとは思えない恐ろしい破壊音が響き、口に銃をくわえたままのシャーリーは、操り人形の糸を切られたように、いとも簡単に壁際まで吹っ飛んで激突した。  ピクリとも動かなくなったシャーリーは、どうやら今の衝撃で完全に気絶したようだ。  アンヘルはシャーリーの側まで優雅に歩み寄ると、口から銃を引き抜き、シャーリーの懐をまさぐりチャキチャキとシリンダーの回転を確認した。  そして、薬莢から弾を摘まみ出すと、「見てみぃ。祈りの銀の弾丸や」と不敵に微笑みながら、意識のないシャーリーの頭を無慈悲に踏みつけた。祈りの銀の弾丸は竜に絶大なダメージを与える、殺すことは出来なくても、耐え難い苦痛を与える事は可能だ。  モルドレッドはそれを見て、はぁ~~、と深い深い溜め息を吐き出した。 「何もそこまで派手に撃たなくてもいいだろォ」と呆れるモルドレッドに、アンヘルは銃を指先でくるくると器用に回しながら、チャッ、と獰猛な手つきで銃口をモルドレッドへと向けた。 「何云ってんねや。こいつは最初から、お前を撃つつもりでここまで来たんや。──どっちにしろ、こういう面倒な狂犬は早めに始末した方が早いやん」  アンヘルは冷酷な瞳でシャーリーを見下ろし、ペッと床に唾を吐き捨てた。 「見境なく穴を見つけては掘るからこうなるんや、このクソチンポ野郎。少しは自分のチンポの躾をしとかなあかんで」  吐き捨てるような罵倒と共に、アンヘルはシャーリーの髪を掴んで引き摺り、イシュタルの入り口からゴミのように外へ蹴り飛ばした。  奥から顔を真っ青にした黒服スタッフ数名が慌てて飛び出してくると、外に転がったシャーリーの所まで駆けていった。  そんな血生臭い大騒動があったってのに、イシュタルは何事もなかったかのようにいつも通りの退廃的な営業を再開した。  慶太たちはしばらく狼狽えていたが、押し寄せる給仕や指名のコールに忙殺され、いつしか誰もその哀れな男のことなど気にしなくなっていた。哀れなシャーリー。なむなむ。  その後、モルドレッドとアンヘルが陣取るVIPのテーブル席に給仕に向かうと、案の定、奴らはいつものように色気狂いのキャストたちを両脇に侍らせていた。  その理由は一目瞭然。  モルドレッドやアンヘルの「お気に」の座に納まりたくて仕方がないキャストたちが、おこぼれを狙って群がっているのだ。 「ご注文はお決まりですかぁ~?」  俺がトレイを胸に抱え、あざとく声をかける。 「おう、テキーラ。 そうだなァ、つまみは──」 「あ、俺はオレンジジュースな。 それと大盛ナポリタンと、大盛唐揚げと、LLサイズのピザに、キングサイズのハンバーガー。あとポテトとオニオンリングも山盛りで頼むわ」 「ガキ舌ァ」  モルドレッドが喉を鳴らして小馬鹿にしたように笑うと、アンヘルがへっ、と吐き捨てるようにやれやれと首を振った。 「前にも云うたが、ここのジャンキーメニューはな──」 「おっ、もうみんな集まってたか」  背後から低くハスキーな声がして振り返れば、そこにはナハトとジーヴァが立っていた。  ごく自然な、無駄のない動作でモルドレッドたちと同じボックス席に腰を下ろす。  すかさずアンヘルが冷たい一言を釘を刺すように放った。 「おい、お前らまで無駄にキャスト侍らせんなや。ただでさえ席が狭なるやん」  ジーヴァはその言葉が聞こえているのかいないのか、一切応えることなく、冷徹な瞳をメニュー表に落とした。  ナハトは長い腕を首の後ろで組みながら、「そんなこといつもしてねーだろ」と呆れたように低く呟く。 「テオドアとミハイル、アクシャラにテロアの野郎どもはどうした?」  ナハトがモルドレッドに視線を向ければ、奴は首を軽く横に振ってから応えた。 「アイツら今日はパスだ」 「ふぅん。お、新メニュー発見」 「ところでよぉ、黒ギャルゥ。今日も良い下着着てんじゃねェの、え?」  モルドレッドが、獰猛な肉食獣の目で俺の股ぐらをねめ回してきた。 「あ? ……なんの話だよ?」  唐突に水を向けられて不意を突かれた形で、俺は答えに窮してしまった。  なんで今、この場で下着の話になるんだ? 「モルドレッド、お前──」  ナハトが何かを云おうとして、不機嫌そうに口を噤んだ。 「俺はこう見えても身だしなみには気を使うタイプなんだよ。っていうか、何で俺の下着が判るんだよ、テメェ」  首を傾げる俺に、モルドレッドはけらけらと下卑た笑い声を上げた。 「ひゃはは! 俺らは透視が出来るからなァ!」 「おいっ、お前みたいな変態と俺らを共犯にすんなや、ボケ」  本気でキレるアンヘルと、その横で素知らぬ顔をして煙草の煙を深く吹かすジーヴァ。 「で? 今日の下着は可愛いのかよ?」 「おう、可愛い可愛い。 じっくり剥ぎ取って、脱がしたくなるねェ」  ちら、とアンヘルの酷薄な視線が俺の太腿の肉に放たれると、アンヘルは顔を真っ赤にして、いきなり何度もモルドレッドの肩を乱暴に叩いた。 「いだだだァっ! クソ野郎ォ、なにすんだァ!」 「ウルセェ!! 馬鹿野郎!!」  真っ赤になって怒るアンヘルを見て、ふ、と鼻で笑うジーヴァと、呆れた顔のナハト。  何が気に食わないのか、アンヘルは顎をしゃくって二人に冷たいサインを出す。  と、二人も釣られて此方を見てから真顔になり、黙り込んでしまった。 「でもよぉ、最近うちのアパート、下着泥棒が出ててマジで困ってんだよな……。折角インポートブランドの高いのとか、オーダーメイドのやつとかコレクションしてんのに、買い直す金が幾らあっても足りねぇんだよ」 「へえ、下着泥棒ねェ。まあ、ソイツの気持ちは分からなくもねェな」 「犯罪者予備軍かよ、お前」  うわ、とナハトが嫌そうに片眉を上げる。  「予備軍じゃない。 コイツはもう既に現行の犯罪者だ」  何処かすべてを見通したような達観した様子のジーヴァが、呆れたように呟く。 「ふん。お前が間抜けでガバガバだから盗られるんだろォ」  にべもなくモルドレッドにそう云われてしまえば、確かにそうかも知れない。  あの魔窟のような限界突破アパートに住んでる限り、セキュリティは永遠の課題になる。  が、ここ最近は特に被害が酷い。 お気に入りの勝負下着がぽんぽん無くなっていくのだ。  愕然とする俺の傷付いた気持ちなんて、情緒がジェットコースターのコイツらには逆立ちしたって分かるまい。  ふ、と無意識に鼻で自嘲気味に笑うと、モルドレッドが意味深にニヤリと厭らしい笑みを溢してきた。  俺はモルドレッドたちの注文を殴り書きすると、逃げるように厨房へと戻った。  深夜近くになってようやく帰宅。 炉舞とノチェルオがそれぞれの部屋に入るのを見届けてから、自分の部屋に入り、パチリと明かりを点けると──ソファに、何故かモルドレッドが当然のような顔で深く腰掛けていた。 「毛玉ぁ~、帰っ──うわあ!?  不法侵入じゃねえか、この変態!?」  モルドレッドは、は、と鼻でせせら笑うと、さも自分が正義の味方であるかのようにこう宣った。 「のろまァ。俺がわざわざお前の下着泥棒を探してやるっつってんだよォ。涙を流して感謝しなァ」 「え、別に頼んでないけど」 「ああ゛?」 「あーもうウルセェ。分かったから、そのメンチ切るのをやめろ」  ◆ 「で、どうすんだよ? なんか得意の魔法でパパーッと犯人捕まえらんねぇの?」  と俺が素直に問えば、ゴツンと容赦なく頭を拳で叩かれた。 「痛い~~っ!」 「何でもかんでも魔法に頼るんじゃねーよォ、この脳筋単細胞がよォ!   少しは自分で汗水垂らして努力する姿勢を見せろォ、このタコカスゥ!」 「え~~?」  理不尽すぎる。 「そもそも、よく俺の家の場所が判ったな?」 「一度認知した相手の家なら、転移魔法を使えば一瞬でクローゼットの前だ」 「お前だって魔法で思い切り楽してんじゃねーかよ!」 「俺は良いんだよォ。お前は駄目ェ。しかし、フランケンのなり損ないの癖に、部屋だけは無駄に小洒落てんのなァ」 「なんなんだよ、マジでコイツ……」  はあ、と深い溜め息を吐いてから、俺はリュックを壁のアイアンフックに掛け、クローゼットを大きく開けて中身を確認した。 「あ~~……またやられたぁ」  愕然とする。またお気に入りのシルクの下着が数着、綺麗に消えていた。くそう、下着泥棒マジで絶対に許さねぇ。 「へ、」 「笑ってんじゃねーよ、他人事だと思って……」 「ミ゛ィ」 「毛玉ぁ! 起こしちゃったか?  ごめんな~」  ベッドの下から毛玉がもそもそと這い出てくると、ぴょん、と俺の足元で跳ねた。 「なんだこれはよォ。妙な気配がすんぞ」  眉を不機嫌そうにしかめながら、モルドレッドが呟く。 「俺のヒモ」 「カハハ……異界の生き物でもねェな。ただの低級魔物か? ──いっでェ!!」  モルドレッドが指を伸ばした瞬間、毛玉が電光石火の速さでその指先を深く噛み千切るように噛んだ。 「ほら、毛玉に無礼な発言すると容赦なく噛まれるぞ」 「ミ゛ィ」  毛玉は誇らしげに鳴くと、再びベッドの下に潜り込み、今度は何やら小さな黒い機械のようなものを小さな口に咥えて出てきた。 「なぁにぃ? それ」  俺はそれを指先で摘まみ、電灯に透かして観察してみる。  黒くて丸い。その中心で、キラッと禍々しいレンズが光った。 「え、──これ、隠しカメラ……?」 「ミ゛ィ」 「もしかして──」  背筋に冷たいものが走り、俺は慌てて壁のコンセントのタップを片っ端から確認した。案の定、見覚えのない不審な四角いプラグが一つ刺さっていた。 「ええ、盗聴器まで……!?」 「ドゥーコー」  モルドレッドが低い声で何やら呪文を唱えると、部屋中に小さく導線のような光の糸が、蜘蛛の巣のようにきらきらと瞬きながら広がった。 それはソファの隙間、テーブルの裏、デスクの引き出し、テレビスタンドの陰、バスルームの通気口、エアコンのフィルター、ウォールシェルフの小物の裏へと、次々と光の弾道を繋げていった。 「う、そだろ……っ」  あまりの数の多さに愕然とする。 慌てて引っぺがして確認すれば、毛玉が最初に持ってきた隠しカメラと同型のものがどかどかと大量に出てきた。 「暇人の、暇人による、暇人の為のくだらねぇ戯れかよォ。しかも人間には絶対に見付からないように、ご丁寧にも透明化の高度な魔法が掛けられてやがる。魔法が掛かってなかった盗聴器は、これで誤魔化せると思ったのか、それとも単に付け忘れただけかァ。脳味噌イッてんじゃねぇのか、この変態野郎はァ」  モルドレッドは山積みになった隠しカメラと盗聴器を一瞥してから、けっ、と冷たく吐き捨てた。  それから俺のデスクまで我が物顔で歩いて行くと、勝手にパソコンの電源を点けた。 「ふうん。 アペリエンス」 「? おい、なにやってんだよ?」 「この下着泥棒が残した電脳の痕跡を魔法で辿ったんだよ。ほら、見てみな」  モルドレッドが液晶画面を俺の方に向けた。そこには何やら、ダークウェブの秘匿オークション会場のような妖しいサイトが映し出されており、主にオメガの下着関連で高額な売り買いがリアルタイムで行われているようだった。 「あ!」  次の出品商品が画面に大写しになった瞬間、思わず悲鳴のような声を上げた。そこには、まさに見覚えのある俺のレースの下着と一緒に、俺の顔写真がハッキリと映し出されていたのだ。 「ええ~~っ!?」  しかも、着替えをする生々しいシーンなど、先ほど部屋から見つけた隠しカメラで盗撮されたであろう動画が流されている。  俺のお気に入りのオーダーメイド下着を使って、裏でコソコソと小銭を稼いでいるのかと思うと、段々と腹の底からドス黒い怒りが湧き上がってきた。 「くっそぉ~~! マジで許さねぇ~~!!」 「さて、じゃあこの哀れな犯人は誰だ、と……」  モルドレッドはパソコンの画面をパタンと閉じると、虚空に向けて「スペクルム」と唱えた。  すると二人の目の前に、境界線を歪ませながら大きな古びた鏡が現れ、過去のこの部屋の映像を映し出し始めた。 「なになに?」 「黙って見てろ、ビッチ」  しばらくして、無人の俺の部屋の鍵が不自然に開き、誰かが忍び込んでくるのが見えた。それは、実に見覚えのある不審な影だった──。  「ひゃあ!!! は、畑頼ぃぃい!!!!」  俺は強烈な悪寒に身震いしながら、恐怖のあまり思わず隣にいたモルドレッドの太い腕に飛び付いていた。  いつの間に畑頼の野郎、俺の部屋の場所を見付けやがったんだ!?  あの凄腕のド変態!!  あまりのショックに膝からへたり込み、よろよろと起き上がると、毛玉が「ミ゛ィ」と優しく鳴いて俺の足元にすり寄って来た。 「優しいのは毛玉だけだよ……好き♡」 「うわぁ……」  何やらモルドレッドが、顔面をこれ以上ないほど不快そうにしかめっ面に歪めて鏡を凝視している。  なんだなんだと俺も恐る恐る改めて鏡を見れば、画面の中の畑頼の野郎が、俺の脱ぎ立ての下着を鼻に押し当てて深く嗅ぎながら、猛烈な勢いでシコっていた。 「だから最近、やけにこの部屋がイカくせぇのかと……」  俺が言いかける途中で鏡の画面が切り替わり、また別の日の無人の俺の部屋に、見知らぬ別の誰かが入って来た。  俺の部屋のセキュリティ、マジでどうなってんだよ!? 「あ、こいつグレッグじゃねーか!」  俺はそいつの顔を指差して大声を上げた。  グレッグはやたらとモルガナの学園内で俺に執拗に絡んでくるクソ魔人輩だ。  グレッグの野郎も畑頼と同様に、俺の下着で激しくシコった後、下着を数着リュックに詰め、部屋の中をひとしきり徘徊してから、何処からともなく虚空に謎の扉を出現させ、そこから消えていった。 「ど◯でもドアかよ!?」  つまり、真の下着泥棒の主犯はグレッグだった訳だ。  まさか畑頼まで聖地に巡礼するみたいに来ていたことには底知れぬ恐怖を覚える外ないのだが、兎に角まずはグレッグの野郎をボコボコに絞めて、盗られた下着代を全額毟り取らないといけない。 「オメーの部屋のセキュリティどうなってんだよォ。お前のガバガバなマンコと一緒で、入り口までガバガバじゃねェかよォ」  そんなもっともらしい罵倒をモルドレッドに云われても、次から次へと極上の変態どもが磁石みたいに集まって来るんだから俺だってどうしようもない。  だが、こんな絶望的な状態だってのに、俺はこの部屋を出ていく気はさらさらなかった。  引っ越しは正味めちゃくちゃ面倒臭いし、変なアパートだけど利便性は最高に良いのだ。  部屋の間取りも気に入っている。 唯一、定期的に変態が不法侵入してくる事に眼を瞑ればそれで仕舞いだ。  幸い、俺の腕っ節には絶対の自信がある。  次に見かけたら、遭遇した瞬間に肉塊に変えて返り討ちにしてやる。  あと、今度から定期的に部屋の盗聴器点検をしようと心に誓った。 「はあ……モルドレッド、アンタのお陰で犯人が分かった。有り難う。 用が済んだならもう帰っていいよ」 「あ? 頼むなら今すぐグレッグの部屋の目の前まで空間を繋げてやっても良いんだぜ? その代わり、俺の魔術は高く付くけどなァ。つーか、下着の恩人に向かって礼がそれだけかよォ?」 「はあ? じゃあ結構で~す。グレッグの件は自分で何とかするわ。あと、今度イシュタルに来たときに高級酒を奢る。それでいいだろ」 「チッ。しゃあねェ。その極上の一杯で今回は勘弁してやるよォ」 「なんなんだお前は……勝手に部屋に来たくせに、極悪な当たり屋かよ……。あ、そうだ」  俺は床に転がっていた隠しカメラの一つを摘まみ上げると、アンヘルと俺の絡みを特等席で映すように角度を変えて設置し、おもむろにモルドレッドの首に腕を回して、その唇に激しくキスをした。 「ん、──っ」 「……ッ、は。 ぅ……ッ」  ちゅ、ちゅう、と音を立てて肉厚の唇を深く食んでから、強引に舌をその口内へと差し込む。  意外にも、あの狂乱のモルドレッドは抵抗する素振りを一切見せず、されるがままで完全に身体を固まらせていた。  互いの肉厚の舌をいやらしく絡ませ合ってから、濃厚な唾液の交換を交わす。  とろとろに溶けたモルドレッドの口内が、脳が痺れるほど甘くて堪らない。  はあ……と熱い吐息が互いの隙間から漏れる。  いやらしくモルドレッドの大きな獣の耳を指先で愛撫し、撫で回しながら、 しばらくそうして粘膜を貪り合ってから、名残惜しそうに唇を離すと、モルドレッドは我に返ったように不敵な笑みを溢した。  俺はその瞬間、手の中のカメラを握力で粉々に握り潰した。  なんか猛烈に癪だったので、このカメラ越しに今もリアルタイムで画面を見ているかも知れないクソ泥棒のグレッグに向けて、最高の見せ付けをしてやろうと思ったのだ。  ただそれだけの、オメガの意趣返しの行為。 「相変わらず、救えねェ本物のビッチだなァ、お前は」 「そりゃどうも~、お褒めに預かり光栄だよ」  モルドレッドは窓枠に足をかけると、夜の闇へとその身体を軽やかに踊らせ、文字通り漆黒の霧となって一瞬で消え去った。  俺はその冷たい夜空を見送るようにして、「ばいば~い」と小さく手を振った。  もうモルドレッドの姿は街の何処にも無いと云うのに。  我ながら健気な俺。  見れば、毛玉はいつの間にかまたベッドの下に入って、丸くなって寝ていた。  俺も大きな欠伸を噛み殺しながら、泥のように眠る準備を始めた。  後日、学園の裏でグレッグの野郎を徹底的に締め上げて金を取り戻したが、その日の夜にモルドレッドに最高級の酒をしこたま奢らされ、財布が空になって白目を剥いて反吐が出た。

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