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白熱する選挙戦に、この想いを込めて㊽

「秘書さんの言いたいことくらい分かります。けれど僕自身は現在進行形で抱えている仕事が、山ほどあるんですよ。それをとっととやっつけたあとに、陵さんのもとに馳せ参じます。国会議事堂の中で人一倍映えるであろう、葩御議員の補佐をするために」  柔らかく微笑んだはじめの視線の先には、誰かが切り替えたテレビ画面があった。そこには俺の名前と当選の二文字が、大きく表示されていた。 当選 はなお りょう  127412    元村 和孝    127248 「はじめ、俺の補佐をしてくれるの!?」  予想していなかった言葉に、弾んだ声で訊ねてしまった。  当選の喜びと、はじめが補佐をしてくれるという事実で二倍喜んだ俺に、これまで働いてくれたスタッフ全員が集まって、おめでとうございますを連呼する。 「最後の最後まで、目が離せないハラハラな選挙をする議員なんですから、今後も何かあるに決まってます。僕がしっかり目を光らせて、スキャンダラスな問題を潰さないと駄目でしょう?」  はじめは労うように克巳さんの肩を叩いてから事務所の扉を開け放ち、颯爽と出て行ってしまった。入れ替わって、外で待機していた報道陣がなだれ込んでくる。 「陵の夢が叶ってしまったせいで、この忙しさをやり過ごしながら、議員宿舎に近い物件探しをしなければいけないとは」  出て行った背中を見送ってぼやく克巳さんに駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。すると周りからカメラのフラッシュがバシバシ焚かれ、俺たちを撮影しまくる。 「こらこら、駄目だろ陵。今の写真は、使わないでいただきたい!」  抱きついた俺を引き剥がしながら鋭い視線を周囲に飛ばしつつ、語勢を強くした克巳さんに、カメラを向けていた報道陣が一斉に距離をとった。  俺を守るように立ちはだかる克巳さんの雰囲気から、何とも言えない殺気が漂っていた。  こんなふうに守ってくれるから、無意識のうちに頼ってしまう――有能な秘書として、そして最愛の恋人として接してくれる彼の気持ちに報いたいと、思わずにはいられない。 「二階堂が戻るまでに俺が包囲網をしっかり張って、君を守るしかないからな。これ以上、アイツに叱られたくないし」 「克巳さんってば今から気張りすぎて、ダウンしないでよ」 「俺に抱きついていいのは、あと3日かかると思ったほうがいい。挨拶回りだってあるんだ。陵こそしっかりしてくれよ。ほら、みんながダルマを用意して待ってる。行っておいで」  両肩に置かれたあたたかい克巳さんの手が、笑顔に溢れるスタッフ目がけて押し出した。次の瞬間、目の前の景色が真っ白なもやに包まれる。  妙だなと思いながら目を擦ってもう一度見ると、ちょっとだけ老けた自分が大きなデスクを前にして座り、意味ありげにじっと見つめる。  椅子の背後には日本の国旗が掲げられているだけじゃなく、デスクの中央に置かれた大きなプレートには、これから俺が目指すものが印字されていた。 『ここに上りつめるまでには、たくさんの困難が待ち受けている。だけど自分自身と支えてくれる人たちを信じていれば、絶対に叶えられる』 「総理大臣執務室……?」 『愛する人に、この景色を見せてやらなきゃ。分かるでしょ』 「陵?」  背後からかけられた克巳さんの声に驚いて振り返ると、見慣れた事務所の景色に早変わりした。  白昼夢といっても今の時間は夜だ。これまでの疲れでどこかに一瞬だけ、意識が飛んだだけかもしれないけれど――。 「陵、大丈夫か?」  心配して頬に手を当てる彼に、心を込めて微笑んであげた。 「大丈夫。一瞬だけど夢を見た。克巳さんに絶対に見せてあげたい、壮大な景色の夢」 「壮大な景色って、まさか……」  俺のセリフだけでそれを悟れちゃうあたり、有能な恋人と言える。 「はっきりと見た。だからこそ克巳さんをそこに連れて行って、直接見せてあげたいと改めて思わされた。だから、俺についてきてほしい」 「うわっ!?」  克巳さんの左手を握りしめながら強引に引っ張り、スタッフが用意してくれたお祝いの壇上まで歩いて行く。 「俺ひとりであそこに行かせようとした克巳さんには、お仕置きだよ」  俺が進むと、人混みが自動的に道を作ってくれた。難なく歩けることに感謝しながら頭を下げつつ、急ぎ足で壇上に向かう。 「俺はただの秘書なのに、壇上にあがるわけにはいかないだろ」 「秘書の前に恋人でしょ。つねに俺の隣にいなきゃ困るんだってば。愛してるんだから」 「あまり、目立ちたくないんだが」  そんな文句を言った克巳さんを遠心力を使い、壇上に向かって放り投げた。 「うげっ!」  議員に当選した俺よりも先に壇上に登場した克巳さんを見るなり、報道陣がそろってシャッターを切った。これはこれで、お仕置きになっただろう。 「ぉおお俺はただの秘書です……。葩御はあちらに――」  顔を必死に隠しながら、俺に指を差す克巳さんに向かって、大声で叫んだ。 「克巳さんは目立ちたくないだろうけど、俺の夢は内閣総理大臣だからね。どうしても目立ってしょうがないんだから、そこんとこ諦めてよ!」  腰に手を当てながら堂々と言い放つと、周りからどよめきが起こって、眩しいくらいにカメラのシャッターがたくさん煌めいた。 「陵、議員に当選した途端にその発言。俺の仕事が増えることが、これで確定じゃないか」  げんなりした顔の克巳さんが俺の腕を引っ張り、壇上に登場させる。  改めて目の前を見渡すと、報道陣と一緒に応援してくれた有権者もたくさん混じっていた。しかも事務所に入り切れない人影が、扉の外でうごめくのが分かった。 (投票してくれた12万人以上の人たちにも、しっかり感謝しなければだな――) 「陵、挨拶できるか?」  克巳さんの慈愛の眼差しが、俺を射竦める。感動で打ち震えていた心が、一気にしゃんとした。 「できるよ。隣に克巳さんがいれば、どんなことでもやってのける」  本当は、ひとりきりでマイクの前に立って挨拶しなきゃ駄目だろうけど、今このときだけは、この人と一緒にいたい。  克巳さんの左手を握りしめてから、用意されていたマイクの前に立つ。意外な行動に出た俺に、事務所が一瞬だけ水を打ったように静まり返った。だけどすぐに拍手となって、俺たちを祝福してくれた。  鳴り止まない拍手を聞きながら、これからのことを考える。  愛しいこの人と一緒に歩んでいく、棘の道は大変だろう。だけど未来の俺が告げた言葉を実践すれば、きっと願いは叶う。  克巳さんに、あの景色を見せるために――。 おしまい

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