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白熱する選挙戦に、この想いを込めて㊼
「はじめ、俺はね――」
「陵さん、本当に困るんです。……ちょっと待ってください」
困惑に満ち溢れた顔のはじめが、目の前に手をかざして俺の二の句を止めた。
「秘書さん、もう少し陵さんを教育していただかないと困ります」
「二階堂?」
俺との会話を中断して、克巳さんをいきなり呼んだはじめに、俺だけじゃなくスタッフみんなで注目した。
「この間おこなった、街頭での謝罪会見みたいな感じで説得されるならまだしも、情熱的な視線で見つめられながらあんな風に誘われたりしたら、誰だって断れないと言ってるんです」
「ああ、確かに。陵は無自覚な18禁だからね」
「ちょっと、何だよそれ。俺ってば、そんなキャラじゃないし」
微苦笑する克巳さんを前にして、愕然としながら周りを見渡すと、スタッフそろって何度も首を縦に振る。
「マジ……。俺は無自覚な18禁だったんだ」
じと目で克巳さんを見上げたら、すっと視線を逸らして隣にいるはじめに向かって、意味ありげに微笑む。するとその表情に応えるように笑いかけつつ、俺を見ながら口を開いた。
「陵さんが無自覚だからこそ、有効に利くんだと思います。ですが公の場では、絶対に使わないでくださいね。間違いなく、スキャンダルな問題に発展しますので」
クスクス笑いだしたはじめにつられるように、スタッフも笑いだした瞬間、テレビからニュース速報の音が流れた。
慌てて背後にあるテレビ画面に食らいつくと、開票速報の最終結果が表示されていた。
なかなか差の縮まらない開票の行方のせいで、暗い雰囲気に耐えられなくなった誰かが入れっぱなしにしていた、某テレビ局のバラエティー番組。
賑やかな場面とは相反する無機質なその文字は、しっかりと勝敗を表していた。
「それでは僕はこれから、次の選挙に出る候補者のもとに向かいます」
「もう行くのか。せめて――」
手身近に持っていた物を、無造作にアタッシェケースに突っ込むはじめに、克巳さんが慌てて声をかけた。
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