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白熱する選挙戦に、この想いを込めて㊻

 そんな彼の考えを覆す何かを言えるとは思えなかったが、やろうとしていることを伝えるべく、優しく語りかけた。 「国会議員になったら、まずは人脈を作るところからスタートしなきゃいけないと思ってる。芸能界でもそうしていたから」 「そうですか」  乾いた声の返事に戸惑ったけど、負けちゃいられないと両手をぎゅっと握りしめて奮起する。 「選挙プランナーとして、あちこちで仕事をしてるはじめと組めば、幅広い政治家と繋がることができるよね」 「秘書さんと同じ考えで、僕を雇いたいと言ってるのでしょうか」 「うん。そこがはじめの魅力的なところだし、今回一緒に仕事をして、有能な人材だということが分かっているからね」 「僕の人脈を有効活用したいと仰いますが、国会に行ってまで仕事をするメリットを感じません」  ぴしゃりと言いきった彼を説得する言葉を、いろいろ考えてみたものの、うまい答えを導き出すことができなかった。 「陵……」  傍にいた克巳さんが、首を横に振りながら俺を呼ぶ。諦めに似たその表情で、何が言いたいのか分かった。だけど、簡単にあきらめるわけにはいかない。自分の夢を実現するために、はじめはどうしても必要な人物だから尚更だ。  思いついたことを、ふたりに向かって静かに語りかける。 「昔の俺だったら、利用するに値する人間を見繕って、甘い蜜を吸わせて……。つまり自分の躰を餌にして、思う通りにしてきた。そういう取引は最終的には感情が絡んで、上手くいかなくなることを学んだよ。しちゃいけないことは、絶対にしない。失敗したくないからね」 「確かに。建設的とは言えません」 「はじめ、未来(さき)のことは誰にだって分からない。だけど言えることがあるんだ」  ホワイトボードに書かれている、最初の得票数に指を差してから、10分前に聞かされた数字へと移動させる。 「ひとりでは無理なことも、俺を信じてくれる人と仕事をしたら、成し得ることができる。だからこそ総理大臣の椅子に、一歩ずつ近づくことができるんだよ。国会に向かって、一緒に殴り込みに行かないか?」 「陵さん?」 「てっぺんで仕事をする格好いいはじめを、俺に見せてほしい。ダメかな?」  とても安易な誘い文句だと承知していた。頭のいい彼にそれが通じるとは思えなかったけれど、実現したい気持ちと一緒に告げてみた。

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