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act:忍び寄る毒③

 克巳さんと一緒に自宅に帰り、お茶を淹れてあげるべく台所に立った。急須を取ろうと腕を伸ばしたら、手首についたキスマークが目に映る。  ――人を惹き付ける様な、魅惑的な微笑み――  どこかで逢ったことがあるような気がするのに、全然思い出せないのは、どうしてだろう? 「理子さん、テレビつけてもいい?」 「あ、どうぞ。好きに使ってください」  声をかけてきた克巳さんに、満面の笑顔で答えてあげた。  あのイケメンに逢った後、克巳さんはしょんぼりしちゃって、ここに帰ってくるまで、お互い会話がなく。  ――いくらイケメンだからって呆然と見惚れて、隙を見せてしまった自分も絶対悪いのに……責任を感じた克巳さんを、すっごく落ち込ませてしまった。  気まずい雰囲気を打ち消すような派手なナレーションが、部屋の中に流れる。その音を聞きながら、急須からお茶を淹れていると―― 『君を知ってから、もう他のモノはいらなくなりました……』 (あれ、どこかで聞き覚えのある声?) 「理子さんっ、彼が出てる!!」  普段落ち着き払った克巳さんが、珍しく大声を上げた。すぐさま駆け寄って、ふたりしてテレビ画面に釘付けになる。  そこにはクセのない長い髪を、艶やかに揺らしながら印象的な瞳を細め、どこか切なそうな顔をした、さっき逢ったばかりのイケメンが、テレビのCMに出ていた。 『さぁ、僕の渇きを君の力で癒しておくれ!』  掠れた声で言い放ち、コインを三枚自動販売機に投入して、細長い指でボタンを押す。すぐに落ちてきたペットボトルを優雅に手にとり、素早くキャップを空けると喉を鳴らしながら飲む姿に、釘付けになってしまった。  生で逢ったときも思ったけど、動きの一つ一つに妙な色気があって、目が離せなくなる。  やがてイケメンはペットボトルを、頬に当てながら流し目をしつつ、 『僕のハートをぎゅっと鷲掴み! 四ツ矢サイダー!!』   爽やかに決めセリフを言って、ふわりと柔らかく微笑んだ。 「彼、……芸能人だったんだね。すごくビックリした」 「芸能人――?」  驚きのあまり呆然としている私をまじまじと見て、克巳さんがくすりと笑う。 「理子さんの笑顔も好きだけど、隙だらけのその顔、何気に好きかも」 「えっ!? なな何で」 「ふふ、結構可愛い。あの、ちょっと待ってて。今、四ツ矢サイダーの会社のホームページ見てみるよ」    テレまくる私を尻目にスマホを使って、イケメンについてわざわざ調べてくれた克巳さん。 「さっきのCM、今日から放映予定だったみたいだね。えっと彼の名前は、葩御 稜(はなお りょう)だって。珍しい漢字を使っているから、多分芸名だろうなぁ」  ほら、これと言いながら、スマホの画面を手元で見せる。そこには上半身裸姿で寝転がりながら、こっちを見ている写真と一緒に、プロフィールが詳細に掲載されていた。 「稜、りょう……稜くんっ!?」  彼の名前を呟いている内に、頭の中に閃光のようなものが煌き、クローゼットの奥にあるダンボールを、慌てて引っ張り出す。 「理子さん、それは?」 「普段、使わない物をしまってあるんです」  言いながらガムテープをバリバリと引き剥がして、中からアルバムを取り出した。 「わぁ、これは理子さんが子どもの頃の写真だね。どれも可愛いなぁ」  嬉しそうに感想を述べる克巳さんを無視して、必死に彼の姿を捜す。いつも私の横に隠れているようなコだから、もしかしたら見つからないかも――パラパラ捲り続けていると、私が小学校一年生のあたりで、その姿をやっと発見した。 「いたっ! このコよ、さっきの彼!!」  その写真はランドセルを背負った私を、どこか羨ましそうに見つめている小さな稜くんの姿。サラサラの黒髪は今と違って、短く整えられていた。幼いながらも整った顔立ちは、あまり変わらない。 「羨ましいな。こんな頃からカッコイイんだから彼、人気者だったろう?」  克巳さんの言葉に、ゆるゆると首を横に振った。そんな私を見て、不思議そうな表情を浮かべる。 「それがね、友達がいなかったの。小さい頃から子供服のモデルをしていて、そのことをネタによくからかわれていたなぁ。そんな小さい稜くんが可哀想で、意地悪しているコを見つけては、よく怒っていたっけ」 「で、結婚の約束をしたんだ?」  アルバムから私の顔に、視線を移して覗き込む。ちょっとだけ焦れた視線が、何気に嬉しいかも。 「したのかなぁ? なぜだか思い出せなくって。私から見たら稜くんは、可愛い弟のような存在だったから」 「だけど彼は本気で、君を狙って逢いに来ていたよ。CMのオンエアに合わせ俺たちの前に登場し、わざわざインパクトを与えて、行動を起こしたんだからさ。その証拠がコレでしょ?」  私の手首をそっと掴んで、キスマークを露にした。 「安心してくれ。次は絶対に理子さんのことを、彼氏としてきちんと守ってみせるから」    キリッと顔を引き締めて私を見つめてから、躰をぎゅっと抱き寄せてくれる。それだけで安心感が、随分と増していった。 「ありがとう、克巳さん。すっごく頼りになるから安心出来ます」  稜くんの登場で私たちの絆が有り難いことに、より一層深まり――克巳さんの躰から伝わる熱が、さっきまでの不安をキレイに拭い去る材料になった。  しっかり者の彼氏がいればイケメンの稜くんが来ても、絶対大丈夫だって強い核心がある。  だからきっと大丈夫だって、このときは思っていたのに、稜くんを調べたことにより、じわりじわりと毒が忍び寄っていたなんて、私達は全然気がついてはいなかった。

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