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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉖

「確かに相田さんの態度でイライラしたのは確かだけど、それよりも年配の有権者に言われたことのほうが、かなりショックだったんだ。俺がゲイじゃなかったらあんな野次をされずに済んだのにって」  自分の席から見る稜の横顔は、とても悔しさに満ち溢れたものだった。その様子で気持ちの切り替えが上手くいかないだろうと判断し、隣にいるウグイス嬢に話しかける。 「アナウンス、さっきの打ち合わせはキャンセルする。しばらくは君ひとりでやってくれ」 「克巳さん、そうやって変な気を遣わないでよ」  いつもなら皆の手前、苗字で俺を呼ぶのに名前をこうして使った時点で、彼が正常な判断ができないことが分かってしまった。それを指摘したら、ますますドツボにはまるだろう。 (この後も商店街で遊説するというのに、どうやって稜を宥めたらいいか――)  顎に手を当て考えながら、流れていく車窓をぼんやりと眺めた。 「済まない、車を停めてくれ」  ちょうど駐停車のしやすい道路に差し掛かったので、タイミングよく告げた。運転手がハザードランプのスイッチを押し、停車させたのを見計らって、ぽんぽんと稜の肩を叩く。 「ウグイス嬢と座席をチェンジ。さっさと降りる」 「なんで!? ちゃんとやれるのに」 「そうやって、声に険の含んだ状態でアナウンスしたらどうなるか、君でも分かるだろ。いい加減に従ってくれ」  普段使わないような低い声で告げると、渋々といった感じで車から降りた。手早くウグイス嬢と座席を変えた稜が、沈んだ表情で後部座席に乗り込んでくる。  ワゴン車の一番後ろに座っているスタッフに、自分が座っていた席に変わるよう促した。  こうして最後尾列の左端に稜を座らせ、身体をくっつけるように座り込むと、彼が身に着けている右手の手袋を外し、恋人つなぎをしてやった。  みんなの手前、抱きしめるような抱擁ができないが、稜の中にある不快な感情がなるべく取り除けるよう、自分ができる最低限の接触を試みる。

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