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act:ゲイ能人・葩御 稜として③

 稜が、大事なことをテレビで暴露するかもというメールを送ってきたせいで、どうにも気になった俺は銀行を休み、テレビ局の裏口で待機していた。  ここで待機していても、彼に逢えるかどうか分からない――表の玄関から出てしまったら、そのまますれ違いとなってしまうだろう。  退院後、芸能界に復帰するために迷惑をかけた関係各所に、謝罪行脚をしていると電話をもらったきり、連絡が途絶えてしまった。メールをしても返事が来ず、自宅に赴こうかと思ったときに、待ちに待ったメールが着て。 『こんなに、しっぺ返しを食らうとは思わなかった。毎日お偉いさんに頭を下げる日々に、正直疲れ切ってしまったけど頑張るから』  これを読んで、マンションに向かう足が止まってしまったんだ。  いつも明るく振舞う稜が弱音を吐いている姿に、今直ぐに駆けつけたくなったけど、俺が行ったところで、何が出来るだろうかと……  逢いたい気持ちをぐっと堪えて、メールの返信すべく文章を考える。彼にこれ以上の負荷がかからないよう、当たり障りのないものにしなければ。 『あまり無理せず、頑張るんだよ。応援してる』  たったこれだけを打ち込むのに、えらく時間がかかってしまった。  本当はもっと伝えたいことがあったり、聞きたいことがあったせいで、長い文章を打ち込んだ、稜については貪欲な自分。そこから不要なものを一気に削除し、ここまで短いものに直して送信する。  返事が来たのがこれを送信した、一週間後の昨日だった。  ありがとうの言葉と一緒にテレビ出演のことが書いてあり、復帰の目途が立ったことに安堵したのだが――  稜が出演するという番組をスマホに映して、画面を食い入るように眺めた。久しぶりに目にする彼の姿に、胸が痛いくらいに高鳴る。  また少しだけ、痩せたんじゃないだろうか。ほっそりして見えるのは、小さい画面で彼を見ているせい? 「やっと、君に逢えたというのに――」  カメラ目線でこちらを見る視線と俺の視線は、残念ながら絡んでいないんだね。  君が見つめる先にいるのは、目の前の司会者とそして、テレビ画面のむこう側にいる視聴者なのだから。俺を魅了したその笑みは、たくさんの人を惹きつけるだろう。 「……あんなに、近くにいたのに――」  病院に毎日通ったせいか、一気に離ればなれになってしまった距離感を、改めて思い知ってしまった。  魅惑的な微笑を時折浮かべながら、背中まで伸びた髪をかき上げる仕草で思い出す。不安そうな顔した彼を抱きしめ、よく頭を撫でてあげていたことを。    傷ついた稜を少しでも癒してあげたくて、やってほしいことを訊ねたら。 『克巳さんの大きな手で、頭を撫でてほしい……』  頬をちょっとだけ赤く染め、小さな声で頼んできた。微笑みながら二つ返事でOKし、稜を抱き寄せてゆっくりと頭を撫でる。  瞳を閉じてされるがままでいる姿に、彼の中にある傷の深さを考え、それ以上は手を出さずにいた。ただひたすら、頭を撫でてあげて――  時折指に絡む柔らかい黒髪に、何度もドキドキしたっけ。黒水晶のような輝きを持つ瞳と同じくらい、稜の髪は俺の心を惹きつける道具だから。  そんなことを考えつつ、画面に映る彼の髪を人差し指で撫でてみた。触れたいと思えば思うほど、そこには温もりがなく、無機質なままで落胆を隠せない。  小さなため息をついてやり過ごし、改めて画面を見たら、先ほどまで浮かべていた笑みが一転、悲壮な雰囲気を漂わせながら唇を震わせる演技に、思わず微苦笑した。 『っ……ごめんなさい。昔のことを思い出したら、涙が出てしまって』  掠れた声で告げた途端に零れ落ちる涙。俺以外の人間は、簡単に騙されると推測される。しかし目は嘘をつけない――君のその瞳は涙で濡れているけれど、獲物を狙うような眼差しは、強い光を放ったままでいるから。 (稜、君って人はどこまですごいんだ)  あんな事件を起こした後に出る、生番組。間違いなくそれをネタにして、視聴率をとろうとするだろう。  だけど全部承知の上で、正々堂々と登場しながら笑みを振りまき、司会者のふたりを翻弄しながら、絶妙なタイミングで涙を流して番組の流れを見事に、自分のものにしてしまうなんて。  ハンカチで涙を拭いながらも、隙を窺う視線が目に映り、声を立てて笑ってしまった。  この番組を見ている人たちは今頃、彼に同情して心を寄せている頃か。事件を知っているからこそ、彼の生い立ちを見聞きして、更に同情を深める――  だが、これだけじゃ終わらなんだろう?  泣き落としている今の様子は、さしずめ野菊やクロユリみたいな華かもな。艶やかさはないけど、しっかりとした存在感はある。しかし……  そこからどうやって、いつもの大輪の花を咲かせるんだ? 人を惹きつけて止まない葩御 稜の姿を、どうやって見せてくれる? 『今まで、育ててくれた恩がありますから。だけどソレのお陰でこっちの世界に足を踏み入れて、同じような手を使って、仕事することを学ばせてもらいましたからね。怨んでいたのは、最初の頃だけだったなぁ』  肩を揺すって笑い出す稜に、司会のふたりはポカンとした表情を浮かべた。さっきまで涙を流していたというのに、この変わり様はさすがに、ついていけないのかもしれない。  俺も、随分と翻弄されたもんな――  目に映る、司会者と視聴者に向かって放たれる満面の笑み。ただ華やかというだけじゃなく、目の離せない何かを漂わせているせいで、つい見入ってしまうんだ。  綺麗な大輪の花が咲いたその姿を閉じ込めたくて、スマホを胸元に押しつけた。  残念ながら、綺麗な君を俺の独り占めには出来そうにない。圧倒的な存在感と光り輝くその姿を見たら、俺だけじゃなく他の人だって、君に手を出すだろう。  大輪の花びらを散らしながら、人々を魅了しやがてまばゆい光を放つ、星になるのかもしれない。 『克巳さん俺はね、アナタに二股かけられるような安い男じゃないの』  以前、吐き捨てる様に告げられた言葉を、今更ながらに痛感している。  芸能界に復帰するのには、俺の存在は荷物にしかならない。付き合ったところでデメリットしかないし、足を引っ張ることになる―― 「……身を引くなら、今このタイミングがベストだろう」  それに稜の活躍を影ながら応援するのも、案外悪くないかもしれない。表の玄関から出たならメールで別れを告げ、裏口から出てきたのなら直接顔を突き合わせて、別れを切り出そう。  別れると決心したくせに、胸が軋むように痛んで、涙が出そうになった。  奥歯を噛みしめて顔をあげたら、目に飛び込んできた真夏の青空。容赦なく照らし出す太陽はまるで、稜が浴びていたスポットライトのようだ。  突然現れた彼との出逢いから今までを、ぼんやりしながら思い出していたら、ギギッという音が耳に聞こえてくる。つられるようにそこを見たら、扉からひょっこり顔を出した稜と目が合った。 (直接、別れを告げなければならないのか――)  胸に押し当てていたスマホを、スラックスのポケットに滑らせ、笑みを浮かべてみせる。  多分これが、最初で最後に見せる笑みになる……

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