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act:ゲイ能人・葩御 稜として②

「さて改めまして、もう一度ご紹介致します。モデルで俳優の葩御 稜さんです」 「こんにちは、ど~も♪」  テレビカメラに向かって、いつものように微笑み、再び右手を振ってみせた。 「稜さんってお呼びしますね。今日はプライベートについて、いろいろ突っ込んだ質問していきますので、どうぞヨロシク」  アナウンサーが原稿を手にして、にこやかに笑いながら俺の顔を見る。 「遠慮せずに、ど~ぞ♪」  緊張を解すべく、目の前に置いてあったお茶を一口飲んだ。 「えっと稜さんは幼い頃から、モデルのお仕事をされていたんですね」 「こちらが、そのときのお写真になります。すっごく可愛らしい」  アシスタント嬢が大きく引き伸ばした写真を、テレビカメラに向ける。  リコちゃんと仲が良かったときの、小さな自分がそこにいた。純真無垢で何も知らない、ただリコちゃんのことが好きだった俺―― 「カメラマンをしている父親と、読者モデルの母親の間に生まれたんですけど、性格の不一致が原因で離婚したそうなんです。その後、母親がファッションモデルで生計を立てながら、俺を育ててくれました。小さいときから、一緒に引っ付いていたせいでしょうか、いきなり声をかけられたんです。それがモデルになるきっかけで、いろんな服を着ることが出来て、すごく楽しかったですよ」  両親の離婚の本当の原因は、父親が若い女に走ったからだと、大きくなってから聞いたんだけどね―― 「ずっと、モデルのお仕事をされていたんですね。この中学から高校にかけてのお写真、雰囲気が一気に大人になったように見えます」 「ああ、それね――」  アナウンサーの言葉に誘導されるように、パネルが二枚並べられ、ちょうど比較しやすい状態になっていた。中学一年のときと、高校二年のときのものだ。 「成長期ですかね。背が伸びて、男らしさに磨きがかかったように見えます」  アナウンサーがしげしげとふたつの写真を見比べ、率直な感想を述べた。それに対し俺は、意味深な笑みを浮かべてやった。 「確かに成長期もあったけど、性長期のトラブルがあった時期だから。性長期の性はサガって漢字だよ、藤井さん」 「……トラブル、ですか?」  目の前のふたりは困惑した表情を浮かべ、顔を見合わせた。芝居がかっていないその様子は、さすがはプロというべきだろうな。 「俺がゲイになった、きっかけがあった時期なんだよ。ストレートだったのにさ」 「えっ――!?」 「とある有名プロデューサーに、テレビの仕事を回して欲しいという理由だけで、この身を勝手に売られたんだ」  眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべたら、アナウンサーが喉を鳴らした。 「それは一体、誰が仕組んだことなのでしょうか?」  少しだけ身を乗り出して訊ねてくる言葉に答えず、口元を両手で覆ってより一層、苦しそうな顔をしてみせる。そうして悲愴な面持ちを作りつつ意識を目頭に集中し、涙が出る様に頭の中から指令を出した。 「稜さん、大丈夫でしょうか?」  アシスタント嬢が傍に駆け寄り、しゃがみ込んで顔を寄せてきた瞬間、涙が溢れてほろほろと流れ落ちる。タイミングとしては、まさにばっちりというしかない。 「っ……ごめんなさい。昔のことを思い出したら、涙が出てしまって」 「これ、使ってください。稜さん」 「ひっく……ありがと」 「こちらこそ、お辛い過去をお聞きすることになり、大変申し訳なく思っています」  アナウンサーとアシスタントふたりから労わる言葉をかけられ、手渡されたハンカチで涙を拭いてから、重たい口を開く。 「このことを仕組んだのは……事務所の社長であり、実の母親なんです。自分の仕事欲しさに、息子を売ったんですよ」  俺の言葉に、スタジオ中が緊張感に包まれた。テレビの向こう側は一体、どんな風になっているのだろうか?  それよりも一番驚いているのは、社長である母親だろうな。どんな顔しているのか、直接見てみたいものだ。 「稜さんはそのことに対して、怨んだりはしなかったのでしょうか?」  跪いたままのアシスタント嬢が、窺うような声色で聞いてくる。 「そりゃあ猛抗議しました。俺をダシに使って、何やってるんだよって。そしたら、母親が笑いながら言ったんです。全ては俺の、マネージャーが仕組んでやったことだって。自分は何も知らなかったと、言い張られてしまいました」 「ではマネージャーさんに、真実をお聞きしたんですね?」 「当時は聞けなかったんです。俺が訊ねる前に、母親が解雇してしまったから。だけどあとから手紙をくれましてね、身体を大事にしてくれって。守ってあげられなくて済まないっていう、心のこもった謝罪の手紙でした」  両膝に腕を置いて、額に手を当てた。無様すぎる茶番劇に、笑いを堪えるのが必死な状態。テレビの向こう側は間違いなく、俺に同情しているだろう。 「お辛かったでしょう。実のお母様が、そんなことをなさるなんて」  アナウンサーが眉間に、深いシワを寄せた。 「今まで、育ててくれた恩がありますから。だけどソレのお陰でこっちの世界に足を踏み入れて、同じような手を使って、仕事することを学ばせてもらいましたからね。怨んでいたのは、最初の頃だけだったなぁ」  さっきの表情とは一転、可笑しそうにくすくす笑ってやると、目の前のふたりは唖然とした顔をした。 「稜さんは、逆境にお強い方なんでしょうか。普通はそんな風に、笑っていられないと思うんですけど」  この素早い切り替えは目の前のふたり同様に、テレビの前の視聴者も唖然としていることだろう。さっきの涙も演技だったのかと、憤慨するヤツがいるかもしれないけれど―― 「ようは考え方ひとつです。逆境を逆境だと思わなければいい。ラッキーにしなきゃ♪」  マイナスのイメージを払しょくするのに、お涙ちょうだいばかりじゃ、それを拭いきれないと思うんだ。落とし込んでからのプラス要因がなきゃ、この世界では長くやってはいけないからね。  何を仕出かすか分からない危うさや図々しさ、そして俺自身が本来持ち合わせている色香を使って、この世界でやっていくと決めたから。 「最近はワクワク動画の方で、人生相談をはじめられたとか?」  その言葉で画面が切り替わり、動画で相談を受けている映像が流された。俺の傍にいたアシスタント嬢が自分の席に戻り、にこやかに微笑みかけてきたので、笑い返しながら口を開く。 「俺ってバイセクシャルだから、どっちの気持ちも分かるんです。だから、いいアドバイスが出来たらなぁと思って、はじめてみたんですけど、自分が体験したことよりも、大変な思いをしている人が、世の中にたくさんいらっしゃいます」  小首を傾げて髪の毛をかき上げたら、アナウンサーが身を乗り出してきた。 「今後の活動は、どうなさるのでしょうか? お母様の件この場で堂々と、カミングアウトしちゃいましたけど」  その言葉に勢いよく立ち上がって正面を向き、テレビカメラを見据える。  俺を応援して、この場に送り出してくれたあの人に、胸を張って告白したいから、何があっても歯を食いしばって、頑張らなきゃならないんだ。 「勿論それは、事務所を辞めるつもりです! こんなゲイ能人の俺ですが、事務所に登録してやってもいいよって思った社長さんっ、ワクワク動画にご連絡待ってま~す♪」  ウインクをして、アピールするように右手を左右に振ってやった。 「今日のゲストは葩御 稜さんでした。貴重なお話を、どうも有難うございます」  そして俺のトークショーは、無事に幕を閉じたのだった。

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