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後編
「えっ?」
何故、どうして『彼』が自分の家に来ているんだろう?
ドアを開けた瞬間、そう思って呆然としたが――その隙を突いて、彼は玄関に入ってきてドアを閉めた。それから今更ながらに髪を下ろし、部屋着代わりのスウェットに着替えていたことに焦る自分の肩に手を置いて。
「どうして、先に帰ったんですか? しかも、お金まで置いてっ」
「……足りなかったかい?」
「そうじゃなくてっ……恋人との初めての夜なんですから、格好くらいつけさせて下さい!」
「えっ?」
言葉は解るが、内容が理解出来なくて再び、間の抜けた声を上げてしまう。
そんな自分に、怒っていても綺麗な顔を悲しげに歪めると――彼は、ため息と共に俯いて話の先を続けた。
「……あの店に行ったのは、偶然じゃなくて。あなたが入って行くのを見かけて……でも、客でもママでもなくて。どういうことかって思いながらグラタンを食べて、気づいたんです」
「あの……何に?」
「記憶と、同じ味だって……俺、小学校の入学祝いで両親と一緒にこの洋食屋に来たことがあって。その時に、あなたに一目惚れして」
「えっ?」
「だけど、父が病気で亡くなって……母方の祖父母と暮らすことになって引っ越したんです。一人前になったら、会いに行こうと思ってましたけど……職場の歓迎会の後、ゲイバーに入って行くあなたを見かけて、追いかけたんです」
いくら何でも、小学生では覚えていない。と言うか、好きになった相手の初恋が自分だとは何だかとても申し訳ない。
そんな自分の前で一旦、言葉を切って彼が真っ直に見つめてくる。
「会いたかったですけど、男の俺に告白されて嫌われるくらいなら……会えるだけでいい。そう思っていました。でも、キッチンからのあなたの視線に気づいて……あなたから踏み出してくれたら、お付き合い出来るって思って。だから、ママに聞かれた時に年上が好みって言ったんです」
「ま、待って……」
「待ちません。もう、逃がしませんから」
ツッコミどころが満載過ぎて、思わず手を振ると――肩ではなく、その手を両手で包み込まれた。そして自分を見つめたまま、彼は言葉を続けた。
「昨夜で、終わらせるつもりはありません。両想いなんですから、恋人同士になりましょう……まずは、名乗らせて下さいね? その後、あなたの名前も教えて下さい」
一晩限りの相手と思っていたので、名乗りはしなかったし相手が名乗ろうとしても誤魔化した。
そのことに、今更ながらに気がついて――涙を流した自分に焦った彼に、昨夜同様「嬉しくて」と答えて笑った。
涙と共に痛みも流れ、胸にはただ甘い幸せだけがある。
そして彼もまた、同じように自分を抱き締めてその唇で涙を拭ってくれた。
―終―
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