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第51話 静かな曲
蛍祭りの一週間ほど前、アトラボでは当日の運用確認が行われた。
会議室には真壁修司と神谷俊のほか、高澤廉と名取圭吾がいた。
机の上には、会場図と進行表が広げられている。
高澤は一通り目を通してから、神谷を見る。
「演奏が終わったあと、配置は変えるんだよな」
「はい。ステージ側を減らして、蛍を見る範囲へ回します」
「切り替える判断は?」
「俺が見ます。現場の混み方で少し前後すると思います」
高澤が頷いた。
「分かった。そこは任せる」
次に真壁へ視線を向ける。
「暗くなってからは?」
「警備員が目立ちすぎない位置まで下げます。必要な場所だけ残す予定です」
「その方がいいな。安全のために、見に来たものが見えなくなるのは違う」
高澤は配置を変えようとはせず、確認した場所にだけ印をつけた。
名取が進行表を開く。
「出演者側は僕が窓口になります。古民家の朗読とステージの移動が重ならないように、時間は先に分けています」
「名取一人で全部拾う形にはなってないか?」
「なってません。契約と広報はそれぞれ担当がいます。僕は当日の進行だけです」
「なら大丈夫だ」
高澤はそれ以上触れず、神谷が動かした会場図へ目を戻した。
「気になるのは演奏が終わった直後ですね」
神谷がステージから蛍を見る範囲まで、指で線を引く。
「ステージにいた人が、そのままこっちへ動くので」
「止める?」
高澤が聞く。
真壁は首を横に振った。
「基本は流します。詰まりそうならこちらで調整します」
「分かった。判断は現場に任せる」
高澤は次の項目へ視線を移した。
「音は何時頃まで?」
名取が答える。
「暗くなる前には終わります。蛍が見え始める頃には、会場から音をなくす予定です」
「照明も落とす?」
「必要なところだけ残します」
「うん。それならいい」
会議はそこでほとんど終わった。
細かな方法を増やすより、誰がどこを見るのかを確認する時間だった。
資料を片づけながら、名取が端末を見る。
「三人、今ちょうど合わせてます」
神谷が顔を上げた。
「凪さんたちですか」
「はい。相沢さん、凪さん、澄川さん」
高澤も一度だけ顔を上げる。
「進行に問題は?」
「ないです。予定通りです」
「じゃあ俺は行かなくていいな」
名取が頷いた。
真壁も立ち上がる。
「私たちは、当日の動きをもう一度確認しておきます」
「お願いします」
名取も端末を持って立った。
「僕も行きます。音合わせが終わったあと、出演者側の動きも確認しておきたいので」
高澤は残った資料をまとめる。
「何か変わったら教えてくれ」
それだけ言って、三人を送り出した。
*
音合わせに使っている大型スタジオへ近づいた時には、すでに曲が始まっていた。
本番の特設ステージを想定し、三人の立ち位置も広めに取られている。
凪のギターが先に鳴っている。
相沢のピアノはその間を埋めず、少し遅れて必要な場所へ入る。そこへ澄川の声が重なった。
真壁は神谷と歩きながら、手元の会場図と三人の位置を見比べた。
人が集まった時に残す幅。終演後に出演者が抜ける方向。警備員を置くなら、どこまで後ろへ下げるか。
確認する場所はいくつもあった。
その間にも、澄川の声は届いている。
普段の大きな会場で聞く時とは違った。
強く押し出さず、音の前へ出るより、ギターとピアノの間に残った場所へ声を置いていく。
凪が少し引く。
相沢も音を減らす。
澄川の声だけが一度前へ出て、すぐにまた三人の中へ戻った。
少し離れたところでは、名取が演奏を聞きながら端末を確認している。
真壁は一度だけ澄川へ目を向けた。
こちらには気づいていない。
そのまま歌っている。
「終演後、この辺へ人が寄りすぎると詰まりそうですね」
神谷が会場図の一点を指す。
真壁も足を止めた。
「出演者を先に抜いてから、客側を流した方がいいですね」
「一人置くなら、この辺?」
「もう少し後ろでいいと思います」
神谷が印をずらした。
二人で図面を確認しているうちに、曲が終わった。
凪が短く何か言い、相沢が鍵盤へ手を戻す。澄川は水を飲んでから、また前を向いた。
二度目は、最初より音が少なかった。
音楽の仕組みまでは分からない真壁にも、違いは分かった。
誰か一人を目立たせるためではなく、夕方の場所に残すものだけを選んでいるように聞こえる。
神谷が会場図を畳み、スタジオの奥へ進む。
真壁も続いた。
最後まで立ち止まる必要はない。
背後から、澄川の声がもう一度入る。
祭りの日も、仕事をしながらこの声を聞くのだろう。
真壁は振り返らず、その声を聞いたまま歩いた。
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