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第52話 蛍祭り
会場へ入った時には、まだ空が明るかった。
古民家カフェの周囲には普段より多くの人が集まり、庭へ続く道には小さな案内が置かれている。少し離れた場所には特設ステージが組まれ、祭りの準備はすでに整っていた。
真壁修司は神谷俊と一度だけ全体を確認してから、それぞれの持ち場へ分かれた。
朗読が行われる古民家側では、南條事務所の声優たちが出入りしている。来場者の流れはまだ穏やかだったが、終了時間が近づけば外へ出る人が重なる。
真壁は無線へ短く返しながら、道路側から入ってくる人を見た。
家族連れや年配の夫婦、カフェを目当てに来たらしい人もいれば、出演者の名前を見て来たのだろう若い客もいる。同じ場所へ向かっていても、それぞれが見ているものは違った。
少し離れたところでは、神谷が別の警備員と話している。手を上げて位置を変えたあと、こちらを見た。
真壁も頷く。
それだけで足りた。
しばらくすると古民家側から人が出始め、朗読が終わったことが分かった。声優たちの姿を追う人もいたが、立ち止まりが増える前に名取圭吾が制作側から流れを分けている。
真壁も正面へは出ず、少し離れた場所から人の動きを見た。祭りの雰囲気を壊すほど警備を前へ出す必要はなく、立ち止まりが増えそうな時だけその間へ入る。
特設ステージの周囲へ人が集まり始める頃には、空の色も少しずつ変わっていた。
真壁はステージ正面には入らず、出演者が動く側と客が集まる側の間を行き来しながら、人が増えすぎている場所だけを拾っていく。
一度、ステージ横を通った。
そこに澄川律がいた。
凪隼人と何か短く話し、そのあと相沢涼の方を見る。
衣装というほど作り込んだものではなく、普段の大きなライブより軽い。夕方の屋外に馴染む服だった。
澄川は真壁に気づいていない。
気づく必要もない。
真壁も声をかけず、そのまま通り過ぎた。
少し先では、名取が出演者側の動きを確認している。
「真壁さん」
呼ばれて足を止める。
「終演後、三人ともすぐ裏へ戻します」
「分かりました」
「そのあと、客側が一気に動くかもしれません」
「神谷さんと合わせています」
「お願いします」
名取はそれだけ言って、またステージ側へ戻った。
演奏が始まる少し前、神谷から無線が入る。
『道路側、問題なし。駐車場も落ち着いてます』
真壁も周囲を見ながら返した。
『こちらも問題ありません』
やがて、会場のざわめきが少しずつ下がっていく。
凪のギターが鳴った。
遠くからでも分かる。
そのあとへ相沢のピアノが入り、強く前へ出ないまま音を残した。
その間へ、澄川の声が重なる。
真壁はステージを見なかった。
目の前を横切る人、少し前へ出すぎた子ども、立ち止まったまま後ろを振り返る客。仕事として見るものはいくつもある。
それでも、声は届いていた。
音合わせの時より少し柔らかく、周囲の空気に押し返されることもなく、その場へ静かに残っている。
真壁は立ち止まっていた一人へ、端に寄るよう声をかけた。
その間にも歌は続く。
澄川の声が前へ出ると、凪が音を残し、相沢がそこへ少しだけ入る。誰かが前へ出るたびに、別の誰かが引いていく。
その動きが一度だけ気になって、真壁はステージを見た。
澄川が歌っていた。
照明は弱く、まだ残っている夕方の光の中で立っている。
大きな会場で見た時より、ずっと近かった。
それでも真壁はすぐに周囲へ視線を戻した。
曲数は多くなかった。
最後の音が消えると拍手が広がり、真壁は無線へ手を伸ばした。
『終演。配置切り替えます』
神谷からすぐに返事が来る。
『了解』
ステージ側にいた警備員が少しずつ下がり、人の流れも動き始めた。
真壁は一度だけ前へ出て、詰まりかけた場所を広げる。
出演者側へ向かおうとする人には、すでに名取と制作スタッフが対応していた。
真壁が見るべき場所は別にある。
空はもうかなり暗くなっていた。
演奏が終わると、会場から音が少しずつ減っていく。スタッフの声も小さくなり、照明も必要な場所だけが残された。
人の流れは、特設ステージから草地の方へゆっくり移っていく。
蛍を見る時間へ変わり始めていた。
真壁は配置を確認しながら歩く。
さっきまで澄川の声があった場所は、もう静かだった。
その静けさの中で、遠くの草の上に小さな光が一つ浮かぶ。
すぐに消えた。
真壁は足を止めず、そのまま次の位置へ向かった。
まだ勤務中だった。
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