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3 束の間の平穏

 あの出来事以来、俺は高校生活を真介と共に過ごすようになり、いつの間にかかけがえのない親友になっていった。  そうして時とともに、俺は真介を苦手としていた理由も、真介が放ったあの言葉のことも忘れていった。  季節は巡り、大学受験を迎える。  俺は将来、心理カウンセラーをやりたいと考えていたため、心理学を学ぶ大学への入学を希望していた。  特に深い理由があってのことではないが、人からの印象を気にしてばかりいた俺は、人からの好意や悪意を気にせず、少しでも楽に生きたいし、同じような人を助けたいと思ったのだ。 「真介のやつ、なんで進路のこと教えてくれないんだろ。それに、近々分かるだろうなってどういうことだ?」  俺は受験票を手に会場に向かいながら、独り言を呟く。  実は、真介は「受験する大学?秘密だ」とずっと誤魔化していた。  ぶつくさ文句を言いつつも、目的の会場に辿り着いて、足を踏み入れる。 「え?」  思わず驚きの声を上げたのは、真介の姿を会場に見つけたからだ。  真介はすぐに俺に気づいて片手を上げる。  近づこうとしたが、試験開始の時間が迫っていたため、諦めて席に着く。  あいつ、後で問い詰めてやらないとな。  と思いつつも、俺は自然と自分の唇に笑みが浮かぶのを感じた。  大学生活も真介と同じだったら、きっと……。  想像を膨らませるだけで胸が弾んだ。  気持ちが乗っていたおかげか、試験問題も難なく解いて、合格は間違いないと自信が持てた。 「真介、何だよ。お前もここ受験したのか」  試験が終わった後に問い詰めようと押しかければ、真介はしたり顔をした。  俺は真介にヘッドロックを仕掛けてふざけ合いながら、これからの未来に思いを馳せる。  絶対、楽しい大学生活送れそうだな。  真介と俺は無事に合格し、大学の入学式を迎えた。  俺は希望だけを胸にホールに入ったところで、背後から聞き覚えのある声に呼び止められる。 「あれ?真介?」  振り向いた俺は、心臓が握り込まれるような感覚を抱いた。 「か……影、鷹……」 「久しぶりだな。元気だったか?」  影鷹は何事もなかったかのようにして、俺に近づいてくる。 「元気……というか……」 「何だよ、よそよそしいな。入学式の後、一緒に飯でも行こうぜ。話したいこともあるし。な?」  腕を肩に回してくると、影鷹は囁いた。 「あの時のこと黙っていてやったから、俺と付き合ってくれるよな?」 「っ……」  影鷹の手が俺の下腹に触れ、ぐるりと円を描く。  ぞわりと鳥肌が立ち、振り払おうとした時、誰かが影鷹の体を引き離してくれた。 「真介……」  俺は救世主の正体にほっとして、笑みを向ける。  影鷹は真介を睨み付けると、舌打ちしながら立ち去った。 「ありがと」 「あいつも入学したのか。厄介だな」  影鷹が立ち去った方向を見据える真介の目は、射殺しそうなほど鋭い。 「式、始まりそう。ほら、行こう」  俺は真介の意識を逸らすべく、腕を掴む。  そうしなければいけない気がした。  俺は俺で影鷹のことが気がかりではあったが、流石に専攻までは違うだろうし、学内の生徒は多いため今は気にしないように努めることにした。  式を無事に終えると、サークルの勧誘が始まり、俺は後でじっくり選ぼうとチラシを受け取って回る。 「あ、どうもありがとうございます。考えときます」  一つ一つにそう笑顔で応えていると、横にいた真介がボソリと言った。 「マメだな」 「まあな、最初が肝心だから」 「あんまり愛想振り撒くと、後が怖いぞ」 「え?」  意味を問おうとした時、唐突に真介が俺の肩に手を回し、引き寄せてきた。  突然だからというのもあったが、その瞬間に風に乗って漂ったムスクの香りに、勝手に心が騒ぐ。  俺、何で男相手に。  なんとか動揺を鎮めようとしているうちに、真介が囁く。 「向こう、見えるか?あいつがこっちを見てる」  言われて顔を上げれば、人垣の向こうに影鷹の姿が見えた。  こちらをじっとりと見つめている目に、俺は嫌な汗が浮かぶ。 「とにかく、できるだけくっついて歩け」 「え?なん……」  理由を問う前に、真介は強引に俺の手を掴むと、恋人同士がするように握る。 「ちょっと……」 「いいから。この方が欺けるだろ」 「欺けるって、え?」 「だから、俺と付き合ってると思わせたらいい」 「付き合ってる、て、俺と真介が?」  俺は動揺のあまり、大きい声を上げてしまう。 「しっ、気づかれた。近づいてくる」  真介の言う通り、離れた距離にいた影鷹がどんどん近づいてくるのが分かった。  この後は門から出て帰るだけなのに、反対方向に歩いてくることで、はっきりとその目的が見える。 「走るぞ」 「えっ、ちょっと……!」  俺は真介と手を繋いだまま、門の方へと走り抜けた。  背中に影鷹の視線が張り付いているような気味の悪さを感じながら。 「凌平。提案なんだが、俺と付き合う気はないか」 「は?えっと、どういう意味?」  大学を出てレストランで食事を食べている最中、真介は唐突にそう切り出した。 「考えてもみろよ。影鷹はお前を付け狙っているし、虫除けが必要だろ」 「って……言ってもな。寧ろあの手のタイプには逆効果じゃないか?真介にも危害が加えられるだろうし、下手に刺激せずにやり過ごした方が」 「それじゃ意味ないだろ」 「意味ないって?」 「お前の身を案じている俺の気持ちも分かってくれないか」 「それは……」  俺は水で食事を流し込み、考えをまとめようとする。  どうにか影鷹からの接触から逃れ続け、遣り過ごす方法を取るとすれば、4年間ずっと神経を磨り減らして過ごさないといけないだろう。  一方で、真介が言うように虫除けとして恋人のふりをしてもらうと、影鷹を刺激するリスクはあるものの、強固な関係を示せばやがては諦める可能性がある。  けれど。  俺は真介の目をじっと見つめる。  眼鏡の奥の切れ上がっている目を見ていると、底切れなさを感じた。 「真介は、それでいいのか?俺と付き合ったふりなんかしたら、彼女とかつくれないぞ」 「俺のことはいい。元より、そういうのは興味ない」  きっぱり言い切る様子に嘘は感じられなかった。  実際、高校生活の大半を共に過ごす中で、真介は一度たりとも女の話題を出したこともなかった。  そもそも真介は基本的に人への態度が辛辣で、それが原因で高校時代は嫌われていたため、そういうことをする相手自体が寄ってこなかったのもあるだろうが、酷く勿体ないことに思える。 「何だ?」  俺がじっと物言いたげに見ていたせいか、真介は怪訝そうな顔をする。 「いや、勿体ないなと」 「何がだ」  俺は何も考えずに、手を伸ばして真介の眼鏡を外す。 「こうしたら、すごく格好いいし、モテそうなのになと」 「……」  真介は目を驚きに見開いた後、逸らした。  耳が僅かに赤い。 「あれ、照れてる?」  からかえば、真介は眼鏡を奪い返し、仏頂面をする。 「からかうな。それより、さっきの話だ。よく考えてくれ」 「そう……だな、分かった。ちょっと数日くれ」  俺の返事を聞くなり、真介は伝票を持って立ち上がる。 「え?今日も?」  俺の声に何も返すことなく、真介は当然のように会計に向かった。  実は、真介と友人関係になって以来、毎回必ず奢ってくれている。  最初は遠慮していたが、真介は頑固で、全く譲らなかったので諦めた。  何かバイトしているからだろうが、また次の誕生日にでもちょっといいプレゼントを用意しないとさすがに悪いよな。  俺は水を飲み干し、真介の後を追って席を立った。

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