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5 揺れ動く感情
「そう……。だから……そうなのね」
雨脚が強まり、完璧に施されていたメイクが落ちるのも厭わずに塩原はそう言うと、なぜか可哀想なものを見るような目で俺を見る。
「赤池君。後悔、しないようにね」
「え?塩原、どういう……」
塩原は俺の言葉には答えずに、スマートフォンを操作しながら歩き去った。
俺はどうしてか分からないが、塩原の言葉の意味を知ってはいけない気がして、追いかけることもできなかった。
「凌平」
塩原の後ろ姿をぼんやりと眺め続けていると、向こう側から一人の男が走り寄ってきて塩原に傘を差してあげるのが見えた。
「凌平」
俺は遠くに歩いていく二人の背を見つめる。
未練があるわけではないはずだが、終わり方が良くなかっただけに、もっといい方法があったんじゃないかと、考えて……ーー。
「凌平!」
真介の声にびくりとして振り向くと、濡れそぼった髪をそのままに、真介が顔を近づけてくる。
あ。キス、される。
そう思ったのに、俺は身動きが取れなかった。
真介が俺の顎を掴み、睨むような目つきで俺に口付けてくる。
なんて目で、してくるんだよ。
俺は笑いたくなったが、次に真介が放った台詞で笑いは吹き飛ばされた。
「見るなよ。俺以外を、見るな」
好きだとか、愛してるとか言われるよりも、殺されそうな目で言われる方が背筋が震えるなんて、俺もどうかしている。
唇を解かれ、抱き寄せようとしてきた真介の胸を押した。
「凌平」
「行くぞ。講義、始まる」
俺はそのまま踵を返して大学の方へと歩き始める。
真介は、なかなか後を追ってこようとはしなかった。
大学に戻ると、数分と経たずに講義が始まった。
さすがに影鷹の姿はないことに安堵したが、一方で、真介のことが気にかかった。
真介もこの講義に間に合ったのだが、隣に来ることなく、隅の席にひっそりと座っている。
この距離感、真介と仲良くなる前みたいだな。
俺は懐かしく思いながらも、一抹の寂しさを覚えて席を立つ。
席の移動は認められているのもあり、俺は何も言われずに真介の隣に行くことができた。
真介は俺に気がつくと、すっ、と視線を窓の方に向ける。
耳どころか、頬も僅かに赤い。
キスした時は何ともなさそうだったのに、照れているのかもしれない。
それに気がつくと、今さらになって俺にも気恥ずかしさが伝染した。
キス、しちゃったんだよな、俺と真介。
横目で真介を盗み見ると、ちょうど真介もこちらを見ていて目が合い、互いにぱっと逸らす。
好きかどうか分からない。
けれど、妙に胸がざわついて落ち着かない。
講義の間中、俺たちはお互いを意識し合って一度も口を利かなかった。
かといって、講義が終わったら終わったで、真介は俺を避けるように急ぎ足で出て行こうとする。
「待てよ。しん――」
「あ、いたいた」
真介を追いかけようとしたところで、講義室に二人の女子生徒が入って来て、俺の方へ駆けてくる。
「君、モデルやってくれない?」
「はい?」
「美香、あっちのイケメンも捕まえてきて」
「らじゃー」
言うが早いか、もう一人の綺麗目の女子生徒が真介の方に駆け寄って話しに行ったが、真介は相手にせずにいなくなった。
「美紀、あっちは駄目。取り付く島なし」
「そっか、やっぱ駄目か―」
「あの?どういうことですか?」
「ああごめん、自己紹介が遅れたね。私たち、漫画研究サークルやってるんだけど、君とさっきのイケメンでBL漫画描かせてくれないかと思ってね」
「びーえるって……え!?」
「昨日の校門まで二人で走っていく姿が、妄想を掻き立てられてね」
「そうそう。しかも手を繋いでたし」
「えーっと……それは別にそういうわけでは」
「あ!美香、美紀!ずるい。私たち映研が先だったのに」
誤解を解こうとするうちにも、さらに別のグループがやってきてしまう。
「見つけたのはあんたたちが先でも、声をかけたのはこっちが先だからね。じゃ、君、考えといて」
確か美紀と呼ばれていた方がそう言い置くと、美香と連れ立っていなくなる。
「全く、嵐のようね」
「だな。あ、俺土田慶臣っていうんだ。これでも映画研究サークルの脚本兼監督やってる。よろしく」
「あ、俺は赤池凌平です。よろしくお願いします」
大きな手を取り、握手を交わす瞬間、身に覚えのある視線を感じて振り返ると、真介がいつの間にか講義室に戻って来ていた。
あいつの視線、相変わらず、なんというか。
キスをした仲だというのに、ナイフを背中に突き立てられているような感覚になるのはなぜだろう。
まあ、真介の目つきのせいだよな。
俺は自分に言い聞かせながら、土田達と挨拶を交わし、真介の元へ向かう。
「あいつら、勧誘か」
「うん、そうだな。まあ、俺は真介のついでなんだろうけど」
「……お前が、ついでなわけないだろう」
「え?」
「いや、何でも……」
「いいや、聞き逃さなかった。もっかい言って」
「聞いてるじゃないか」
俺は真介といつも通りに接しようとして、肩を叩こうと手を伸ばしたが、軽く払われた。
「!」
「あ、悪い」
真介が謝ってくるが、俺はなんだか酷くショックを受けてしまう。
「……」
「ここじゃなんだから、移動するぞ」
真介は不自然に目を逸らしながら言う。
さっきは意識されているのが分かったが、今は顔色に変化がない。
相手の一挙手一投足に振り回される感覚は、塩原に対してはむしろ感じたことがなく、不安と焦燥ばかりが募った。
あれ……なんだ、これ。
「ほら、次の講義が始まる前に」
真介が、焦れたようにしてようやく俺と目を合わせる。
その瞬間、大きく胸が鳴った。
え?え?俺……。真介のこと……?
いやいや、まさかそんな。
でも、キス、嫌じゃなくて。
え?
俺は困惑しながら、真介の顔を穴が開くほど見つめる他なかった。
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