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第6話

『レン様にも異界での生活があったことは存じております。けれど、レン様は本来この国の王子なのです。あの欲にまみれたクロードではなく、レン様こそがこの国の王となるべきなのです。何より……姉上との約束があります。レン様のことを、どうか守らせてください』  まるで、シェイクスピアの戯曲だ……。  物語のような出来事が現実に起こっていて、しかもそれに自分が関わっていることに、理解はできても気持ちが追いつかない。 『ランスの気持ちは、事情はわかりました……。だけど、本当に俺を守りたいと思うなら、異界、これまでいた世界にいた方がよっぽど安全じゃないですか』  言ってはならぬことを言っているかもしれない、そう思いながらも、廉は自分の気持ちを口にした。  ランスの言い分は理解できるし、自分をこの世界に戻したかったという心情もわかる。  ただ、それはランスの姉、守れなかった廉の母親との約束を守るためというランスの私情でもあるはずだ。  思った以上にランスから聞かされた内容は重たいもので、すぐに受け止められなかったこともあるだろう。  けれど、廉の言葉にランスは小さく首を振った。 『はい。姉上もそのつもりでレン様を異界へと送ったのだと思います。しかし、クロードは姉上がレン様を異界に逃がしたことを知っていました。いつかこちらの世界に戻ってくることを恐れ、レン様に災禍が訪れるよう魔術師たちに探させていたのです。レン様には姉上の守りがあって手が出せないため、周囲の人間にそれが降りかかるようにして。……思い当たる節は、ありませんか?』  ランスの言葉に、祖母のことを思い出す。  元々持病があったとはいえ、ここ数年の祖母の容態の悪化は医師も驚くほどだった。 『つまり……元の世界にいても、俺の周囲が何かしらの災禍に巻き込まれた可能性があるってことですか?』 『おそらく、その通りだと思います』  そういえば、これまで自分が親しくなった人間は何かしらの事情で廉の傍を離れなければいけない状況になっていた。  裕福だった中学の頃の友人は、親の事業が失敗して学校を退学することになった。事故にあったことが原因で進級できず、疎遠になった友人もいた。  命に関わるような出来事ではないし、廉が直接関わって何かが起こっているわけではない。偶然が重なっただけかもしれない。  けれどもし、ランスが言うようにそれが全てクロードのせいだとしたら。 『私に魔力があるとはいえ、異界にいてはレン様のことを守り切れません。事情を説明せず、レン様の意志を無視してこちらの世界に連れ戻してしまい、すみません。けれどどうか、私にレン様を守らせてください。私には、もう他に守るべき家族が……レン様しかいないんです』 『え……?』  ランスの話では、幼い頃に両親は亡くなっており、自分を育ててくれたのは姉であるハーミアだったという。  後見人であった祖父も数年前に亡くなってしまい、まさに他に家族がいないという状況なのだそうだ。  血のつながりという意味では、廉にも家族はいなかった。けれど、廉には祖母がいた。  それに比べ、大切な姉を亡くしたランスのこの十年は、どんなに辛く過酷なものだったのだろう。 『事情はわかりました。まだ、ちょっと俺自身混乱してるんですが……でも、俺を探し続けてくれて、ありがとうございます。俺も、家族ができて嬉しいです』  ランスが言っていることが全て真実であるのかどうかはわからない。  それでも、ランスが十年もの間廉を忘れず、探し続けてくれたことだけは確かだった。 『レン様……』  ランスの紫の瞳が僅かに揺れた。そして、その腕を伸ばし、廉の身体を抱きしめた。 『ありがとうございます、レン様。私は必ず、あなたをお守りし、王にします』  廉は決して小柄な方ではないが、長身のランスの腕の中には収まってしまう。  下心も何もない、肉親の、そして主従としての愛情。  それがわかっていても、廉の心臓は大きく跳ねた。 『お、王には……なれるかどうか、わからないですけど』  前王の子である廉は、血筋的には次期王となる権利は有しているだろう。けれど、日本で普通の高校生として育った自分が、異国の王になるなんて全く想像がつかない。 『いいえ。レン様は必ず、この国の王となられます』  はっきりと、まるでもう決まっていることのように、ランスが言った。  廉は緊張してしまい、耳元で囁かれる言葉を、ただ受け入れることしかできなかった。  次期国王を廉にする、ランスの決意は固いようだったが、当事者である廉はリアリティを感じられなかったし、半信半疑だった。  そもそも、濡れ衣であるとはいえ父である前王は反逆者として捕らえられていたはずだ。そんな父の息子である自分が王になるなんて、現国王のクロードは勿論、周囲が許すとは思えなかった。  けれど、ランスの話を聞くにつれ、可能性がないわけではないこともわかった。  始祖王の代から王に仕えているスペンシア家は、王家に次ぐ権力を持っている名家だ。  ランスの祖父である前侯爵は高齢で、さらに事件当時のランスも子供だったため、その時はクロードを止めることができなかった。  けれどこの十年のうちにランスは青年となり、侯爵家を継ぎ、多くの貴族たちから信頼を集めている。  さらに、クロードの悪評だ。前王を捕らえた当時はクロードに味方する者が多かったが、自身に近しい者だけで政治を行い、目に見えて腐敗しているからだろう。  国内情勢も日に日に悪くなっているため、クロードを批判する者が増えている。  王位を取り返す機会は十分にある。美しい笑顔でランスは言った。  そしてこの半年の間、ランスは廉のために多くの教師を呼んだ。  皆、廉が王となるための教育、所謂、帝王学を教えるために国内外から選ばれた選りすぐりの者たちだった。  元々廉は好奇心が旺盛で、勉強も好きだった。これまでの世界とは全く違う学問や歴史、習慣を学べるのも面白かった。  廉が優秀であることに、教師たちもすぐに気づいたのだろう。すぐにでも王立学院に入るべきだと、そうランスに進言した。  王立学院は、貴族や王族の子弟が学ぶための名門校で、歴代の王たちもそこで学んだのだという。  中等部と高等部に分かれており、高等部の入学年は十七歳。  こちらにいる間に十八になった廉は、本来であれば二学年だ。だが、こちらの生活に慣れるためにも、敢えて一年から編入させてもらうことにした。

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