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前編 ~亮太~

土曜の渋谷は、いつ来ても人が多い。 「レポート出した?」 向かいの智也が、チーズケーキをフォークで切りながら言った。 「出した」 「マジ?」 「何その反応」 「いや、お前昨日ゲームしてたじゃん」 「その前にやった」 「珍し」 「うるせえ」 俺はアイスコーヒーを飲んだ。 窓の向こうでは、スクランブル交差点を人が流れている。 「てか駅前のあれ行った?」 「あれって?」 「ラーメン。新しくできたとこ」 「あー。行った」 「どう?」 「濃い」 「それだけ?」 「いや、普通にうまいけど。濃い」 「語彙」 「お前食えば分かるって」 「じゃ今度行く」 「濃いぞ?」 「分かったって」 智也が笑った。 それから、チーズケーキを一口食べる。 少しだけ目が細くなった。 「……うま」 ふっと、顔が緩んだ。 その瞬間だった。 かわいい。 俺は固まった。 ……は? 今、俺、何考えた? 智也が? かわいい? いや、ちょっと待て。 焦るな俺。 ケーキ食って笑った。 それだけだ。 好きなもん食って機嫌よくなっただけ。 なるほど。 ……何がなるほどだよ。 「でさ」 智也がまだ何か話している。 「来週、月曜一限休講らしいぞ」 「……へえ」 「お前、取ってないじゃん」 「あ」 「聞いてないだろ」 「聞いてる」 「じゃ何の話してた?」 「……休講」 「その前」 その前。 何だっけ。 ラーメン? いや待て。 それより何でこいつ急にかわいく見えた? 急に? 本当に急か? 俺は向かいの智也を見る。 黒いパーカー。 大学で何度も見たやつ。 髪もいつも通り。 顔だって、高校一年から見ている。 六年だ。 六年見てきて、何で今日? 「何」 智也が眉を寄せる。 「いや」 「さっきから見てない?」 「見てない」 見てる。 めちゃくちゃ見てる。 アホか、俺。 智也は不審そうにしながら、またケーキを食べた。 そういえば。 こいつ、チーズケーキ昔から好きだったよな。 そうだ。 高校のときも。 駅前のコンビニで新しいのが出たとか言ってた。 大学入ってからも、カフェ行ったらわりと頼んでる。 ……俺、何でそんなの覚えてる? いや、友達なら覚えてるだろ。 覚える。 たぶん。 じゃあ、智也が眠いとき左目からこするのも? 辛いもの食うと鼻が赤くなるのも? 機嫌悪いと返信が「うん」だけになるのも? それも友達だから。 なるほど。 ……いや待てよ。 友達って、そんな見るか? 「亮太」 「ん?」 「今日マジで変だぞ」 「そう?」 「そう」 智也が顔を覗き込んでくる。 近い。 俺は椅子の背にもたれた。 近い近い。 前からこんな近かったか? いや、近かった。 こいつ昔から距離近い。 そうだ。 人混みで手まで出してきたことある。 あのとき俺、何したっけ。 リュック掴んだ。 ……何でリュック掴んだんだ俺。 普通、手だろ。 いや違う。 今それはどうでもいい。 どうでもよくない気もする。 「熱でもある?」 智也が言った。 「ない」 「顔ちょっと赤くない?」 「店暑い」 「むしろ涼しいけど」 「暑い」 「はいはい」 智也が笑う。 まただ。 かわいい。 今度は、はっきり思った。 俺は黙った。 かわいい。 智也が。 俺は智也をかわいいと思ってる。 じゃあ何だ。 好き? ……好き? いやいや。 ちょっと待て。 焦るな俺。 好きって何だ。 一緒にいると楽しい。 まあ、そう。 暇なら会う。 連絡来たら返す。 飯も行く。 映画も行く。 こいつが他の男に告られたって聞いたとき、なんか嫌だった。 好きな奴いるって言われたとき、もっと嫌だった。 あれ? なるほど。 なるほどな。 ……いや待て。 これ、俺ずっと好きだったんじゃね? 「智也」 「ん?」 「俺、お前のこと好きだわ」 智也のフォークが止まった。 俺も止まった。 言った。 言ったな、俺。 何で言った? いや、言うだろ。 好きなら。 なるほど。 いや待て。 順番おかしくない? もうちょっと考えるとか。 場所とか。 心の準備とか。 「うん」 智也が言った。 「いいよ」 「……何が?」 「付き合うんだろ?」 「え」 「違うの?」 「いや、違わない」 「じゃ、いいよ」 「……マジで?」 「うん」 智也は残っていたケーキを食べた。 普通に。 まるで、 今日このあとどこ行く? くらいの返事で。 俺は両手を膝の上に置いた。 落ち着け。 顔に出すな。 普通にしろ。 大学三年。 二十一歳。 大人。 「そっか」 言えた。 完璧。 よっしゃああああ。 マジか。 付き合える。 智也と。 俺が。 え、うれし。 やば。 顔。 顔に出すな。 「亮太」 「何」 「めっちゃニヤけてる」 「ニヤけてない」 「いや、すげえよ」 「うるさい」 「分かりやす」 「うるさいって」 智也が笑った。 それを見て、また胸の奥が跳ねた。 ああ。 そっか。 これか。 これが好きってやつか。 今さら分かった。 遅すぎる気がした。

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