1 / 2
前編 ~亮太~
土曜の渋谷は、いつ来ても人が多い。
「レポート出した?」
向かいの智也が、チーズケーキをフォークで切りながら言った。
「出した」
「マジ?」
「何その反応」
「いや、お前昨日ゲームしてたじゃん」
「その前にやった」
「珍し」
「うるせえ」
俺はアイスコーヒーを飲んだ。
窓の向こうでは、スクランブル交差点を人が流れている。
「てか駅前のあれ行った?」
「あれって?」
「ラーメン。新しくできたとこ」
「あー。行った」
「どう?」
「濃い」
「それだけ?」
「いや、普通にうまいけど。濃い」
「語彙」
「お前食えば分かるって」
「じゃ今度行く」
「濃いぞ?」
「分かったって」
智也が笑った。
それから、チーズケーキを一口食べる。
少しだけ目が細くなった。
「……うま」
ふっと、顔が緩んだ。
その瞬間だった。
かわいい。
俺は固まった。
……は?
今、俺、何考えた?
智也が?
かわいい?
いや、ちょっと待て。
焦るな俺。
ケーキ食って笑った。
それだけだ。
好きなもん食って機嫌よくなっただけ。
なるほど。
……何がなるほどだよ。
「でさ」
智也がまだ何か話している。
「来週、月曜一限休講らしいぞ」
「……へえ」
「お前、取ってないじゃん」
「あ」
「聞いてないだろ」
「聞いてる」
「じゃ何の話してた?」
「……休講」
「その前」
その前。
何だっけ。
ラーメン?
いや待て。
それより何でこいつ急にかわいく見えた?
急に?
本当に急か?
俺は向かいの智也を見る。
黒いパーカー。
大学で何度も見たやつ。
髪もいつも通り。
顔だって、高校一年から見ている。
六年だ。
六年見てきて、何で今日?
「何」
智也が眉を寄せる。
「いや」
「さっきから見てない?」
「見てない」
見てる。
めちゃくちゃ見てる。
アホか、俺。
智也は不審そうにしながら、またケーキを食べた。
そういえば。
こいつ、チーズケーキ昔から好きだったよな。
そうだ。
高校のときも。
駅前のコンビニで新しいのが出たとか言ってた。
大学入ってからも、カフェ行ったらわりと頼んでる。
……俺、何でそんなの覚えてる?
いや、友達なら覚えてるだろ。
覚える。
たぶん。
じゃあ、智也が眠いとき左目からこするのも?
辛いもの食うと鼻が赤くなるのも?
機嫌悪いと返信が「うん」だけになるのも?
それも友達だから。
なるほど。
……いや待てよ。
友達って、そんな見るか?
「亮太」
「ん?」
「今日マジで変だぞ」
「そう?」
「そう」
智也が顔を覗き込んでくる。
近い。
俺は椅子の背にもたれた。
近い近い。
前からこんな近かったか?
いや、近かった。
こいつ昔から距離近い。
そうだ。
人混みで手まで出してきたことある。
あのとき俺、何したっけ。
リュック掴んだ。
……何でリュック掴んだんだ俺。
普通、手だろ。
いや違う。
今それはどうでもいい。
どうでもよくない気もする。
「熱でもある?」
智也が言った。
「ない」
「顔ちょっと赤くない?」
「店暑い」
「むしろ涼しいけど」
「暑い」
「はいはい」
智也が笑う。
まただ。
かわいい。
今度は、はっきり思った。
俺は黙った。
かわいい。
智也が。
俺は智也をかわいいと思ってる。
じゃあ何だ。
好き?
……好き?
いやいや。
ちょっと待て。
焦るな俺。
好きって何だ。
一緒にいると楽しい。
まあ、そう。
暇なら会う。
連絡来たら返す。
飯も行く。
映画も行く。
こいつが他の男に告られたって聞いたとき、なんか嫌だった。
好きな奴いるって言われたとき、もっと嫌だった。
あれ?
なるほど。
なるほどな。
……いや待て。
これ、俺ずっと好きだったんじゃね?
「智也」
「ん?」
「俺、お前のこと好きだわ」
智也のフォークが止まった。
俺も止まった。
言った。
言ったな、俺。
何で言った?
いや、言うだろ。
好きなら。
なるほど。
いや待て。
順番おかしくない?
もうちょっと考えるとか。
場所とか。
心の準備とか。
「うん」
智也が言った。
「いいよ」
「……何が?」
「付き合うんだろ?」
「え」
「違うの?」
「いや、違わない」
「じゃ、いいよ」
「……マジで?」
「うん」
智也は残っていたケーキを食べた。
普通に。
まるで、
今日このあとどこ行く?
くらいの返事で。
俺は両手を膝の上に置いた。
落ち着け。
顔に出すな。
普通にしろ。
大学三年。
二十一歳。
大人。
「そっか」
言えた。
完璧。
よっしゃああああ。
マジか。
付き合える。
智也と。
俺が。
え、うれし。
やば。
顔。
顔に出すな。
「亮太」
「何」
「めっちゃニヤけてる」
「ニヤけてない」
「いや、すげえよ」
「うるさい」
「分かりやす」
「うるさいって」
智也が笑った。
それを見て、また胸の奥が跳ねた。
ああ。
そっか。
これか。
これが好きってやつか。
今さら分かった。
遅すぎる気がした。
ともだちにシェアしよう!

