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後編 ~智也~
ったく。
遅いにも程があるぜ。
宮下公園へ上がるエスカレーターで、俺は一歩前を歩く亮太の背中を見ていた。
さっきから、こいつは機嫌がいい。
分かりやすい。
ちょっと歩いては振り返るし。
「人多いな」
「土曜だからな」
「知ってる」
どうでもいい会話まで、なんか浮かれている。
かわいいな、こいつ。
……いや。
苦労させられた、ほんと。
俺は小さく息を吐いた。
最初に意識したのは、高一だった。
文化祭の準備で自分のミスが原因で作業が遅れた日。
別に平気なふりをしていた。
亮太にも、
「帰ろうぜ」
としか言わなかった。
亮太も何も聞かなかった。
途中でコンビニに寄って、出てきたと思ったら、小さなチーズケーキを投げてよこした。
「何これ」
「お前これ好きじゃん」
「……よく覚えてたな」
「前言ってたろ」
それだけ。
励ましもしない。
慰めもしない。
そのあと、
「てか今日、数学の小テストやばくなかった?」
と全然違う話を始めた。
こっちは結構へこんでいたのに。
気づいてたくせに。
何も言わず、好きなものだけ覚えてた。
たぶん、あの辺だった。
俺が亮太を好きになったのは。
ほんと。
何でこいつに惚れたかな。
それから大学に入って。
いい加減、気づけと思った。
少し明るい色の服を着てみた。
「今日なんかちゃんとしてんな」
そこじゃない。
人混みで、
「はぐれそうだから、ほら」
と手まで出した。
こいつはリュックを掴んだ。
何でだよ。
カフェで、
「それ一口ちょうだい。そのフォークでいい」
とまで言った。
店員を呼ばれた。
新しいフォークをもらった。
余計な気遣い。
疲れた日に肩にもたれて、
「五分だけ」
と言ったこともある。
「最近ちゃんと寝てる?」
健康相談になった。
他の男に告白されたと話した。
「断った。好きな奴いるから」
そこまで言った。
「そいつとうまくいくといいな」
お前だよ。
表参道まで二人で出た帰り、
「今日、デートみたいだったな」
とまで言った。
亮太は、
「男二人で?」
と笑った。
あのときは本気で頭を抱えた。
まあ。
でも。
全部、無駄だったわけじゃないんだろう。
少しずつ。
少しずつ。
こいつの中に溜まってた。
今日、ケーキ食って笑ったくらいで急に好きになったわけじゃない。
たぶん。
そういうことにしておく。
その方が、半年頑張った俺が報われる。
「智也」
「ん?」
芝生の端を抜けたところで、亮太が止まった。
「何」
「……キスしたい」
俺も止まった。
…………。
早い。
いや。
まあ。
来るとは思ってた。
付き合ったんだし。
普通だ。
ここで慌てる方がダサい。
こっちは半年以上前から好きなんだぞ。
今日気づいた奴に負けるわけない。
「いいよ」
完璧。
余裕。
亮太が一瞬だけ目を見開いた。
「ほんとに?」
「付き合ってんだから、するだろ」
言えた。
格好いい。
完全に俺のペース。
亮太が少し近づいた。
俺は目を閉じた。
軽く触れるくらいだと思った。
最初は、そうだった。
一度。
短く触れる。
あ。
案外かわいい。
と思った。
二度目。
少し長い。
あれ。
三度目。
腰を引き寄せられた。
ちょ。
待って。
思ってたのと違う。
亮太の手が背中に回る。
離れかけた唇を追われる。
もう一度。
さっきより深い。
何。
何これ。
キスうま。
嘘でしょ。
聞いてない。
「……ん」
声が漏れて、俺は慌てて亮太の胸を押した。
唇が離れる。
「ごめん」
亮太が言った。
顔が近い。
「嫌だった?」
「……嫌じゃない」
即答してしまった。
くそ。
「なんか」
亮太が困ったように笑う。
「思ったより、したかった」
何それ。
「好きって分かったら、なんか……今までの分も全部したい」
重。
好きって自覚したの、さっきだろ。
何でそんな急に重いんだよ。
なのに。
まじ。
ダメ。
好き。
無理。
幸せ。
俺は一度深く息を吸った。
落ち着け。
ふぅ。
危なかったぜ。
まだいける。
俺は冷静。
恋愛ではこっちの方が先輩。
たかがキス一回。
「まあ」
俺はできるだけ平然と言った。
「悪くない」
よし。
戻った。
亮太が首を傾げた。
「じゃ、もう一回していい?」
…………。
「……好きにすれば」
余裕。
まだ余裕。
そう思ったのは、そこまでだった。
今度は最初から熱かった。
背中に腕が回る。
近い。
無理。
近いって。
好き。
まじ好き。
何これ。
幸せ。
ほんと聞いてない。
半年かけて落としたの、俺だろ。
何で俺の方がこんな。
唇が離れた。
俺は亮太の胸元を掴んだまま、しばらく顔を上げられなかった。
「智也」
「……何」
「顔、すごい」
「うるさい」
「赤い」
「うるさいって」
「かわいい」
俺は顔を上げた。
「それ言うな」
「なんで」
「いいから」
亮太が笑った。
また近づいてくる。
俺は少しだけ身を引いた。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「……もう一回?」
亮太が聞く。
ったく。
気づくのは、死ぬほど遅かったくせに。
「一回だけな」
そう答えながら、俺はもう笑っていた。
気づいてからは、早すぎる。
** 亮太のくせに……もう無理、幸せ。~親友がやっと落ちた。と思ったら~ (終わり)
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